第5話 幕間 教皇グリエル

 ここは教皇の私的な部屋。白で統一された部屋の中には値が張りそうなアンティーク調の家具と絵画が飾られていた。その中には二人の人物が話し合っていたが、お互いの体勢がその力関係を物語っている。男性の方は豪華な革張りの柔らかそうな白い椅子に腰掛け、対面の女性の方はその手前で立ちながら話をしていた。


「それで、君の見立てを聞かせてもらえるかね。」


教皇が腕を組ながら鋭い視線をクロスティーナへ投げ掛けていた。


「かしこまりました猊下。あのレンという人物は対応を誤れば教会にとって極めて危険な存在になり得ると考えます。」


「それは彼のステータスを見て総合的に判断しての事ということかね。」


教皇はクロスティーナに命じて彼の死角から鑑定の魔法を使わせ確認をさせていた。


「能力については彼の世界がどのような発展をしていたかに左右されますので、この世界と同様な発展段階であれば問題ないですが、そこは手綱の握りかた次第でしょう。称号については死を運ぶ者というものが気になります。」


「その言葉通りであれば直接もしくは間接的に死を運んでいたのだろうな。」 


「おそらく後者でしょう、彼は戦闘に関しては素人です。あの身のこなしでは新兵にも後れをとるかと。」


クロスティーナの言葉はもっともで、教皇でさえも彼の戦力はその辺の農民よりも低いと感じていた。


「となると、彼の広めた物が多くの人々の命を奪っていたというわけだな。それが彼の作ったナイフなどの武器であれば問題ないのだが、今後監視が必要だな。」


「この際、武器を作らせた後に処分してしまえばよろしいのではないですか?」


真面目な表情を崩すことなく聖職者とは思えない提案をするクロスティーナに教皇は微笑を浮かべ諭すような口調でその提案を部分的に否定する。


「教会を想う君の気持ちは理解しているが、彼が直接手を下さなければ悪魔の消滅が出来ないという可能性も考えると、終わった後になるな。」


「しかし彼の力では直接悪魔と戦うことはできないでしょう。いかがいたしますか?」


少しの思案の後に教皇は口を開く。


「やり方はいくらでもある。厳しく訓練を課して力を付けさせるか、最悪結界で悪魔を囲って聖騎士たちに攻撃させ足を止めさせたのち、最後の止めを刺してもらえればよい。肝心なのはこの世のことわりの外の力で殺せばよいのだからな。」


 教皇は彼のステータスなどから彼がこの世界の理からかなり離れている存在と考えていた。それは悪魔を確実に消滅させるだけの力があるということに他ならない。そして実際に悪魔を消滅させることができるのならばその先のことも考えておかねばならなかった。


(教会が召喚した人物が名声を浴びれば悪魔なきあとの世界において教会は主導的な役割となる。あとは不安要素であるあの者を処分し功績を教会にすげ替えればこの世界はアスタロト教会の、いや私の物になる。)


野心の見え隠れする鋭い教皇の瞳を見ながらクロスティーナは一抹の不安を感じていた。


(あの死を運ぶ者という称号は今まで見たことがない。武器屋の主人だってそんな称号無かった。それに統治者というのも気になる。猊下は彼の者の事を下に見ておいでだ、先手をとられるのは不味い。危険と判断すれば命令なくとも即座に私が処分しなければ。全てはアスタロト教会のために。)


 クロスティーナはステータスの不気味な称号を彼が伝えなかったことに不信感を抱いていた。とはいえ、召喚された彼も教会や教皇、クロスティーナに対して大きな不信感は持っているのだが、それを知るすべは今のところなかった。


「では取り敢えずあれに護衛をつけるか。人選はクロスティーナに任せるので出発までに顔合わせをしておいてくれ。」


一通り考えが纏まってきたのか、教皇がクロスティーナに指示を与えた。


「かしこまりました。では聖騎士を男女一名ずつと、私も同行いたします。」


「君もかね。」


逡巡を見せる教皇にクロスティーナが先に口を開いた。


「はい、彼の能力は未知数ですし、どのような考えを持っているかも分かりません。であれば、最初から接している私の方が安心させられます。また、いざというときにも対処可能です。」


 クロスティーナのいざという時と教皇の考えるいざという時は違うのだが、教皇は彼女を同行させるメリットについて考えただけだった。


「そうだな、君は聖女として名が売れている。君も活躍すれば教会の信者も増えると言うものだ。頑張りたまえ。」


 それぞれの思惑は別の場所にあるが、この場でそれを指摘するものは存在しない。悪魔を消滅させるということは一致しているが、その過程やその後の事などには決定的に違いがあった。

そして各国の思惑も違うところにあり、この世界の混迷が始まっていた。

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