第3話 転移者 火乃宮 蓮(前編)

 目を開け体を起こし、白で統一された部屋を見ながら溜息を吐く。


(・・・夢だったということはなかったか・・・)


 ベットから出てテーブルに置いておいた時計の時刻を確認すると、時刻は5時半だった。昨日の女性が部屋へ来るまではまだ30分ほど余裕があった。

この格好のままで迎えるのも抵抗があるので、スーツへと着替え今日の自分のすべきことに考えを馳せながら椅子に座った。


(とりあえずは昨日考えていた通り身の安全が確保できるのかという点と、情報を集められるかという点だな。しかし・・・)


いろいろ方針を考えてみてもまず最初の一歩で躓いている事実を無視する訳にはいかなかった。


(とにもかくにも、意思の疎通が出来なければ何も始まらない・・・)


そう、それこそが最大の問題点なのだ。言葉が通じれば敵対者だったとしても、もたらされる情報を吟味して交渉することも可能である。しかし、意思の疎通ができない時点で全て手詰まりなのだ。


 グー・・・

考え込んでいると自分が昨日の昼から何も食べていないことに今更気づいた。


(仮に軟禁されているとしても目的は私を直ぐに殺すことではない。となれば食事くらいは出してもらえると思うがはてさて・・・)


 すると廊下から足音が近づいているのが聞こえてきて部屋の前で止まった。

・・・コンコンコン

ふと時計を見れば時刻は6時になっていた。私は椅子から立ち上がり扉のほうへ行きゆっくりと開けた。そこには昨日の女性が微笑みながら佇んでいた。そして彼女は口を開き・・・


「おはようございます。よく眠れましたでしょうか?」


!!!!!!!!!!!?


彼女の声は透き通るような声音でスッと胸の内に溶け込むようだった。だが、驚くべきは・・・


「えっ、言葉がわかる!なんで・・・」


微笑を浮かべる彼女は続けて伝えてきた。


「よろしければ状況をご説明差し上げたいのですが、少し長くなるかもしれませんのでお部屋に入れていただいてもよろしいでしょうか?」


「・・・分かりました、お願いします。」


 彼女に入室の許可を出しながら体を部屋の内側へ開き、招き入れた。テーブルの椅子を引き彼女に着席を促す。


「あら、ありがとうございます。お優しい方なんですのね、でも気遣いは不要ですよ。」


こちらの印象を良くし、より私に良い条件での話し合いとするための行為だったが、見透かされているのかそんなことを言われた。


「いえいえ、美しい女性への気遣いは男性として当然ですよ。」


言いながら対面の席へと腰を下ろした。


「まず私は筆頭シスターをしておりますクロスティーナ・インセムと申します。あなた様のお名前をお伺いしても?」


 自らの右手を胸に当てながら名前を告げて聞いてきた。その動作に目が惹きつけられると、露出はないもののその豊満な双丘に視線が固定されそうになるのを抑え自らの名前を告げた。


「私の名前は火乃宮ひのみや れんといいます。それで、いろいろと聞きたいことがあるのですが、クロスティーナさんにはどの程度の質問をさせていただいても差し支えないのでしょうか?」


彼女はフッと笑みを浮かべ、その瞳に理解の色が浮かぶ。


「火乃宮様はとても聡明な方でいらっしゃいますのね。ですがそう身構えないでください。とはいえこのような状況では難しいですよね・・・。申し訳ありません、火乃宮様の考えている通り重要な事項についての説明の権限を私は持ちえません。」


 やはり・・・。恐らくは昨日の眼帯の男性がどのような説明をするかを決めているのだろう、彼女は私の態度や考えを確認し懐柔するための使者のような可能性があるため、言葉や行動を選ぶ。


「ではクロスティーナさんが説明できることを聞かせてください。確認したいことがあれば私からも質問いたしますので、可能であればお答えください。」


そう言うと、彼女は真剣な顔を私に向けてきた。


「まずは謝罪を。この度は私共の世界の事情において火乃宮様を無理やり別の理

《ことわり》の世界へお呼びしたことに最大限の謝罪を致します。私の説明をお聞きし、どうしてもお許しいただけないようであれば、どうか私の身一つで怒りを収めていただけないかとお願い申し上げます。」


彼女はテーブルに頭をつけながら謝罪をしてきた。


「その謝罪を受け入れるかは話を聞いた後になりますので、続きをお話しください。」


顔を上げながら、真剣な表情を崩すことなく彼女は話を始めた。


かしこまりました。ではまずこの場所、いえこの世界のことからご説明させていただきます。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 彼女曰くここは私のいた世界とは異なるアスタルトといわれる世界であるということ。この世界は2つの大きな大陸に4つの国があり、それぞれオーラスト王国・ギルクローネ帝国・フロリア公国・アッセンブリー評議国とその真ん中に位置する島にアスタルト教国という5つの国で成り立っているということ。


 アスタルト教とはこの世界に唯一存在する宗教で各国に信者や教会が存在する大きな組織でもあるとのこと。そして現在位置はそのアスタルト教国の教会本部内にいるということ。


 王国・帝国・公国は1級貴族から5級貴族によって国を統治しており、評議国は民衆から選ばれた代表者での合議制を取っている。教国は教皇が国の舵取りを行っているが、信者はみな平等であるという教えの元、教国の国民皆が国の行く末を決める立場にあるということ。


 さらにこの世界には魔法があり、火・水・土・風・光・闇の6種類で、一人1種の才能を持ち生活に役立てていること。


 そしてこの世界に危機が訪れた為各国との協議の末に、教会に保管されている古文書の知識から世界を救う為に希望となる人物を召還したということだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「大雑把な説明で申し訳ありませんが、あまり細かいところまで伝えると時間が掛かってしまいますので、火乃宮様が確認したいことがあればご質問ください。」

語り終えた彼女がこちらに投げかけてきた。


「では4つ聞かせてください。1つ目は私の身の安全が保障されるかということです。」


「火乃宮様は私どもの世界の救世主となりうるお方です。アスタルト教の名を持って危害を加えることがないように各国との確認はできております。」


「では2つ目はこの世界の歴史や魔法について書かれている書物があれば見てみたいのですが。」


「かしこまりました、用意いたします。ですが、魔法の書物の中には禁書もございますので全てというわけにはいきませんがよろしいですか?」


「それで構いません。3つ目に昨日は意思の疎通ができなかったのが、何故急にできるようになったのか教えていただけますか?」


 私は扉を開けた時に見た彼女の表情からその理由を知っているという確信をもって尋ねてみた。すると思ったとおりの淀みのない返事がされた。


「それはこの世界の理に火乃宮様の肉体が慣れたからということです。書物にはこれまで6人の召喚があったと記してあり、そのどの場合でも6時間ほど経過すると言葉や文字が分かるようになったとあります。これを教会ではこの世界のことわりに順応したからではないかと仮説を立てております。」


(そういえば起きた時に時計を見て、普通に時刻を認識できていたな・・・)


そう考えながら、渡された時計の文字が読めていた点に思い当たる。


「ありがとうございます。最後に私を元の世界に返すことは可能ですか?」


「大変申し訳ございません、過去の書物を見ても元の世界のお返し方は分かっておりません。ですのでこの世界での生活に不自由がないようなサポートを教会が保障させていただくということになります。」


土下座するような勢いで頭を下げてきた彼女がすまなそうな表情でこちらを窺うように頭を上げてきた。


「そうですか、分かりました。とりあえずは聞きたいことはこれで結構ですよ。」


「・・・よろしいのですか?火乃宮様の一番聞きたいことはまだ残っているのではありませんか?」


 少しだけ困惑気味の表情を浮かべながら彼女は私に問いかけてきた。私は目の前の女性がどれほどの知恵者であるか確認するためと、私をどれほどの人物か見定めているかを認識しているとの意味を込めて伝えた。


「その説明は昨日の眼帯の男性・・・教皇様からされるのではないですか?」


また少しだけ目を見開きながら彼女は頷いた。


「火乃宮様は私の想像以上の方でいらっしゃいますね。おっしゃる通り、召喚の目的は世界の危機を防ぐためですが、具体的にあなたに求める行動についてはこの後、教皇様よりのお言葉になられます。」


「ではクロスティーナさんの言う謝罪を受けるかはその後に判断しましょう。」


 ここでこの話は終わりという意味を込めて話題を変えた。


「頼みごとがあるのですが、お恥ずかしい話空腹で食事が摂りたいということと、身体を綺麗にしたいのですが可能でしょうか?」


「はい、準備はできております。まず湯浴みの後に朝食を摂っていただけるようにしております。お身体を清める者をお付けいたしましょうか?」


微笑みながら問いかける彼女の目を見て、拒否の意思をのせて返答する。


「いえ、自分で出来ますので結構ですよ。」


クロスティーナは満足した表情をしながらこの後の予定について話した。


「では湯浴みへとご案内いたします。お召し物につきましては浴場にて準備しております。またその後食堂へと移動していただき朝食を食していただいたのち、教皇様とのお話をしていただく運びとなっております。よろしいでしょうか?」


「ええ、お願いします。」


部屋を出ると、先導する彼女の後姿を見ながら自らの思考に耽っていた。


(まるで子供の頃の小説だな、あの頃は異世界の人々を助ける勇者に憧れたりもしたが、いざその状況になればそんな無邪気にできないな。戻れないことを前提に動かなければならないし、なにより先程の質問にクロスティーナは明確な返答を避けていた。この教会は信用できない・・・)


 そう考えながらこの後の教皇とのをどう乗り切るかの準備をしながら歩いていく。

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