僕のあげたプレゼントをまだ君は知らない

じぐろもえたん

第1話

 『これからも絶対に一番最初におめでとうって言うからね!』


 いつだったか、彼女が満面の笑みで言ったその言葉を今でも覚えている。


 家が隣で誕生日が一日違いの女の子、浪川恵梨香。

 お互いの両親の仲が良く、家族間の付き合いが多かった。そのため必然的に何をするにも一緒だった。


 しかしそんな関係も終わりを迎えたのは中学に上がってからだった。

 恵梨香はもともと端正な顔立ちをしていたが、中学に上がり女性らしさも増してより一層魅力的になった。


 そしてそんな彼女と一緒にいることに対してどこか気恥ずかしさを感じ始め、少しずつ距離を置いた。

 そしてそのまま距離が開いて、会話も少なくなっていった。


 ちょっとしたことが原因で距離が開いてしまうことなんてありふれた話だ。

 今思うと、その気恥ずかしさは心の表れだったのだろう。




  ♦  ♢  ♦  ♢




 「ふぁ~」


 ベットから重たい体を起こしてあくびをする。まだ体は眠いと主張してくるがいつまでも寝ているわけにはいかない。


 ベットから降りて体を伸ばし、窓のほうに歩いていく。


 カーテンを開けると、朝を伝える太陽の光が視界を覆いつくす。咄嗟に瞼を下ろしてその光を遮る。そしてゆっくりと瞼を持ち上げると再び光が視界に入ってくる。


 気持ちのいい朝だが、気分のほうはそうもいかない。

 はぁ、と内心ため息を溢し部屋にあるもう一つの窓を開ける。すると視界の中にあるものが入ってくる。


 それは隣の家の窓、つまりは恵梨香の家の窓だ。加えて言うならばその窓は恵梨香の部屋のものだった。


 小さいころはこの窓を開けて、お互いに顔を覗かせ夜遅くまで喋りこけていた。そして二人とも母親に怒られるまでが日課だった。


 あの頃はお互いに手を伸ばしても届きそうになかったが、今は簡単に届くだろう。


 それに中学に上がったぐらいにこちら側の窓の鍵が壊れてしまい、もうずっと開かない。直せと言われているが日当たりも悪いこの窓は、昔みたいに恵梨香との会話に使う以外に意味がないためそのままにしている。


 そこまで考えてハッ、と気が付く。さっきから恵梨香のことについてばかり考えている。

 その思考を払うように頭を横に数回振り、ボサボサの髪を整えるために一階にある洗面台へと向かった。


 洗面台に着き顔を洗う。冷たい水が体に染み渡り、思考がクリアになる。寝癖を直してリビングへと向かった。


 「おはよう」

 「おはよ」


 キッチンから母さんが声をかけてくる。テーブルにはすでに朝食が用意されており、椅子に座り「いただきます」 と声を出して食べ始める。


 「もう、そんなにゆっくり食べてると遅刻するよ。ちゃっちゃか食べて早く行きなさい」

 「はいはい」


 そう言われるが時間的にはもう少し余裕があるため、テレビを見ながら食べる。


 そして食べ終えるともう学校に行かなければならない時間になっていた。歯を磨き、制服に身を包む。


 「それじゃあ、行ってきます」

 「あ、ちょっと待って!」


 玄関で靴を履いて家を出ようとしたら止められた。


 「あれ、ちゃんと持ったの?」

 「...持ったよ」

 「いいからもう一回確認しなさい」


 母さんがうるさいぐらいに念押ししてくるので鞄を開き確認する。

 ...入ってる。


 「ちゃんと入ってたよ」

 「そう、ならいいけど。気を付けていってらっしゃい」

 「行ってきます」

 

 今度こそ家を後にして学校へ向かう。すると同じタイミングで隣の家の扉が開いた。


 「...あ」


 出てきたのは同じ制服に身を包み、肩できっちりと切りそろえられている赤茶色の髪に、はっきりとした鼻筋と大きな瞳。うちの学校で1、2を争うほどの美貌の持ち主、恵梨香だった。


 「お、おはよう」

 「...おはよう」


 朝の挨拶を交わすだけで会話が続かない。

 疎遠になってからは一緒に登校することもなくなり、クラスも違うため会話自体が久しぶりだった。


 妙な空気に耐えられず、一人で学校に向かって歩き始めた。その後ろを恵梨香がついて歩いてくる。


 たった一言、『一緒に行こう』 といえば済む話ではあるが、その言葉は喉につっかえて出てこない。

 そんなむず痒い登校を済ませて学校に着いた。靴を履き替えて自分のクラスに向かう。その時にはもう恵梨香の姿は見えなかった。


 クラスに着き、友達への挨拶を済ませ自分の席に座り、鞄を開く。

 中に入っていた教科書や筆箱を取り出し、最後の一つを取り出す。それは小さな赤いプレゼント袋。


 母さんが家を出る前にうるさく言っていたのはこれのことだ。

 どうしたものか、と悩んでいると後ろから誰かが声をかけてきた。


 「おはよ」

 「おはよう、真司」


 咄嗟に鞄の中にしまい、後ろを振り返る。そこにいたのは高校からの友達である真司だった。二年間クラスも同じで何かと馬が合うやつで日頃からよくつるんでいる。


 真司はジロジロと顔を覗き込んでくる。


 「な、なに」

 「最近、妙に眠たそうな顔してるけど寝不足か?」

 「まぁ、ちょっとね」

 「いくら夜にしかエロ本を見れないからって、成長期なんだからきちんと寝ないとダメだろ。」

 「そんなわけないでしょ」


 母親みたいなことを言ってからかってくる真司に対して呆れた口調で返事をする。

 見られていなかったことに対して内心ホッとする。


 その後軽く駄弁り、時間が来たので真司を席に返して、鞄を机の横に掛けた。チャイムが鳴り担任の先生が教室に入ってきて今日の学校が始まった。



  ♦  ♢  ♦  ♢



 午前の授業が終わり、昼休みになった。

 クラスの中は少しずつ騒がしくなっていく。


 「確か今日は購買の日だよな? 飯買いに行こうぜ」

 「分かった」


 真司に誘われて教室を出る。真司と違って弁当派なのだが、母さんが毎日弁当を作るのは大変だからという理由で週に一日、購買で買って食べることにしている。今日はその日だ。


 購買へ向かっている途中にあるクラスの前を通る。すると中から女子の声が聞こえてきた。


 「誕生日おめでとう、恵梨香!」

 「おめでとう!」

 「ありがとう」


 視線を向けるとクラスメイトに囲まれてプレゼントをもらっている恵梨香の姿があった。

 恵梨香の両手にはたくさんのプレゼントが抱え込まれており、とても嬉しそうだった。そしてそのプレゼントの山の中に赤いプレゼント袋があることを確認できたので、すぐに前を向いて歩きだす。


 「あれ、恵梨香ちゃんが持ってるプレゼントの中に良祐の鞄の中に入ってた袋と似てるものないか?」


 突然真司がそんなことを言い始めた。


 「おまっ! 見えてたの!?」

 「まぁな」


 満面の笑みを浮かべる真司。


 「その反応、やっぱりあれってお前のやつだよな」

 「...そうだよ」


 ここまでバレているのならば隠していても仕方がないため正直に話す。


 「知り合いに頼んで渡してもらってるんだよ」

 「へぇ。恵梨香ちゃんは良祐からのプレゼントってことは知ってるの?」

 「いや、知らないはず。その子からのプレゼントってことにして渡してくれって伝えてるから」

 「えぇ!? どうして!」

 「高校生にもなって彼氏でもないただの幼馴染からのプレゼントなんて喜ぶか普通? それに恵梨香が男からプレゼントもらったなんて知られたら周りがなんていうか分からないだろ」

 「たしかに...」


 中学に上がってからは疎遠になっていたが誕生日プレゼントだけはあげ続けていた。これは母さんが毎年必ずあげろと言ってくるからだ。


 腐れ縁の幼馴染からのプレゼントなんか喜ばれるわけもないのに。複雑な気持ちを抱えてそんなことを思う。


 「お前も大変なんだな」


 真司が背中を軽くポンポン、と叩きながら慰めるようにそうなことを言ってきた。


 「よし、今日は俺が奢ってやる! 好きなものかっていいぞ!」

 「そう? じゃあ、お言葉に甘えて...」


 真司が奢ってくれるというので購買に向かおうとしたら。


 「あ、あの!! 良祐さん。今お時間いいですか?」


 声をかけてきたのは見知らの女子生徒だった。

 この学校はリボンやネクタイの色によって学年が区別されており、彼女は青色、つまりは一年生だ。


 この子から声をかけられる理由が分からず、戸惑う。それに先約は真司のほうであり、すぐに返答することができない。


 「良祐、俺のことは気にしなくていいから行ってこい」

 「え、でも...」

 「いいから、行ってこい」


 背中を押されて送り出された。真司がいいって言うからには行くしかないか。


 「えっと、じゃあどこに行こうか?」

 「え、あぁ、校舎裏まで来てもらえると助かりますぅ...」


 尻すぼみに声が小さくなっていく。何とか聞き取り、顔を真っ赤に染めている彼女と一緒に校舎裏に行く。


 そして校舎裏に着き、向かい合う形に立つ。

 何度か深呼吸をして、何かを決意した彼女は両手をギュッと強く握りしめ叫ぶように声を発した。


 「ず、ずっと前から好きでした!! お付き合いしていただけないでしょうか!?」

 

 告白だった。

 鈍感主人公みたいな感性は持ち合わせていないため、薄々感じてはいた。


 誰かに好意を持たれることは嬉しいから、彼女の気持ちは素直に嬉しい。しかし彼女の求めている答えはこんなことではない。


 勇気をもって告白してきてくれた彼女に真剣に向き合う必要がある。それがどんな結果になろうとも目をそらしてはいけない。 


 「ごめん。君の気持ちに応えることはできない」

 「そう、ですか...」


 短くそう伝えると彼女は震える声でそう答えて、静かに俯いた。そして彼女の足元に雫が落ちる。

 そしてすぐに顔を上げた。


 「...分かりました。お気持ちが聞けて嬉しかったです」


 無理やり笑顔を張り付けた彼女はそう言って去っていった。

 別に悪いことをしているわけではないのに胸の奥に軽い罪悪感が芽生えるのを感じた。


 教室に戻ると真司が一目散に駆け寄っていた。


 「で、どうなった。付き合うのか?」

 「付き合わないよ」

 「そうなのか。結構かわいい子だったと思うけど」


 付き合わなかったことが少し意外だったのか首をかしげる真司。


 「あ、もしかして好きな子がいるからとか? 誰が好きなんだよ、教えろよ~」

 「え...別に」

 「そうなのか? なら好きな子ができたら教えろよ」


 真司はつまらなそうにちぇ~、といって購買で買った昼食を食べ始める。


 「真司、まさかとは思うけど自分の分だけ買ってきたわけじゃないよな?」


 ビクッ、と肩をはねらせた真司は目を泳がせる。


 「あー、何がいいか分からなくて買ってないや。てへぺろ」

 「全然可愛くないし」


 昼食を食べている真司を横目に、再び一人で購買に向かって歩き始める。



  ♦  ♢  ♦  ♢



 今日の授業がすべて終わり、放課後となった。

 部活に向かう者、教室に駄弁り始める者、帰路につく者。ここからは各々の時間である。


 教科書などを鞄に詰め込み、席を立つ。

 真司は部活があるためすでに教室にはおらず、特に長居する理由もないため早急に教室を後にした。


 学校の敷地内を出て一人で歩いている。学校から家までは近くもなく遠くもない距離だが、なぜかいつも長く感じる。

 恵梨香と一緒に登下校していた頃は、登下校が長いなんて感じたことがなかった。


 (この道も一緒ならきっと...)


 ありもしない妄想に乾いた笑みが自然とこぼれる。


 (...でも、もしあいつも同じ気持ちだったら)


 その先は考えることはしなかった。なぜなら自らその未来を手放したのだから、そんなことを考える権利はない。

 そこからは代り映えのしない風景を眺めながら家まで歩いた。


 「ただいま」

 「おかえり」


 家に着くと母さんがいた。今日は午前だけ仕事で、午後からは家にいたらしい。

 鞄を自分の部屋に置き、制服を脱ぐ。今日は課題も出されていないし、予習もすることがないのでリビングに行き、二人でテレビを眺める。


 「そういえば、エリちゃんにちゃんとプレゼント渡した?」


 突然母さんがそんなことを言い出した。エリちゃんとは恵梨香のことだ。昔からそう呼んでいる。


 「まぁ、渡したよ」

 「そっか。エリちゃん喜んでたでしょ」

 「まぁ、ね」


 クラスメイトからプレゼントをもらっているときの恵梨香はとても嬉しそうだった。だから嘘ではない。


 「そっか」


 母さんはまるで自分のことのように喜んでいた。

 そこからはリビングにはテレビの音だけが響き渡っていた。


 そして日が傾き始めた時間、夕食の準備をするために母さんがソファから腰を上げる。そしてそれを見て何か手伝おうかと一緒に立ち上がった。


 「何か手伝うよ」

 「いいのよ。これは母さんの仕事だから」

 「でも...」

 「ん~、じゃあお風呂洗ってきて」

 「分かった」


 こうなったら引き下がらないことを知っているため、母さんが先に折れて手伝わせてくれる。

 言われた通りお風呂掃除が終わり、「先にお風呂入っていいよ」 と言われたので湯船を沸かす。


 その間リビングで待っていると。


 「そういえば、明日の夕食で何か食べたいものとかないの?」


 キッチンから顔を覗かせてそう声をかけてくる。


 「うん。特にないかな」

 「もう、誕生日なんだから何が食べたいかぐらい言っていいのよ」

 「だって母さんの料理は何でもおいしいから」


 うちの家族は誕生日に派手なことはしないが、毎年腕によりをかけて豪華な料理を作ってくれる。


 毎年リクエストを要求されるが、どんな料理でもプロレベルで美味しいので本当に何でもいい。


 「でも、いつもの母さんの味とちょっと違うけど一段と美味しいんだよね」

 「そりゃそうよ」


 母さんは褒められたことが嬉しいのか、胸を張って誇らしげにしている。こんな母親を持つことができて幸せ者だな、と実感する。


 そこでお風呂の準備ができたことを告げるチャイムが鳴り、お言葉に甘えお風呂を一番乗りする。


 その後、帰ってきた父さんと母さんと一緒に三人で夕食を食べてリビングでのんびりする。


 気が付くと既に時刻は11時を回っていた。そろそろ寝るか、と思いリビングを後にする。


 「おやすみ」


 両親にそう言って自分の部屋に向かう。部屋の灯りをつけて開きっぱなしだったカーテンを閉めるため窓に近づく。


 恵梨香の部屋の明かりはついておらず、きっと家族でお祝いをしているのだろう。それは関係ないことだと自分に言い聞かせるようにカーテンを閉めた。


 明日の学校の準備を済ませ、少しだけスマホを弄った後、灯りを消してベットの上に横になった。


 暗闇の中、脳裏に焼き付いている今日の光景。小さいころから変わらない恵梨香の笑顔。


 (もしあれが誰からのプレゼントか知ったら、どんな顔をするんだろ。喜ぶのかな。それとも迷惑そうな顔をするのかな)


 考えても意味がないことだとは分かっている。だから考えるのはやめよう。

 だってあいつは俺からのプレゼントってことは知らないのだから。


 そんなことを思いながらゆっくりと意識を手放して、今日が終わる。












  ♦  ♦  ♦  ♦













 インターホンのボタンを押す。すると家の中から「はーい」 という声とともに足音が聞こえてくる。そしてすぐに玄関の扉が開く。


 「いらっしゃい」

 「お邪魔します」


 夜遅くにもかかわらず、嫌な顔一つしないで迎えてくれる。


 「あれ、それって...」


 そして視線は胸元に注がれる。それを優しく手で包み込んで答える。


 「はい、大事なものです」

 「そう。よかったわね」


 優しく微笑んでそう短く声をかけてくれる。それにつられるように自然と表情が緩む。


 「遅くなっちゃたけど、お誕生日おめでとう! もうすっかり大人ね」

 「ありがとうございます」

 「それにしてももうそんな時期なのよね。時間が経つのって早いわ」


 お祝いの言葉をもらい、軽い世間話をしながら家の中に招き入れてくれた。


 「いつも夜分遅くにすみません」

 「いいのよ! それよりそっちはいいの? 夜更かしは肌に響くよ?」

 「そんなことは些細なことですから」


 寝静まった家の中に二人の微笑む声が現れては消える。

 持ってきた材料をキッチンに置かせてもらい準備を始める。


 「あの子ったら、何か食べたいものはないのって聞いても『特にない』 とかいうのよ」

 「そう、なんですか」

 「あ、でも私の料理よりも美味しいから何でもいいって言ってたわよ」

 「...そうなんですか」


 ニヤニヤしながらそんなことを言われた。自分でも頬に熱を帯びるのがわかった。頬が緩むのを必死に抑える。


 誰かに美味しいって言われることは嬉しいけど、やっぱりみんなから言われるより一番うれしい。


 「それにしても、材料まで用意してこなくていいのに」

 「好きでやってることですから」

 「そう?」


 話しながら準備を進めていると、もうすぐ12時になる。まだ準備中だがそろそろ行かなきゃいけない。


 「あの...」

 「ふふ、行ってらっしゃい」


 すべてを見透かされているようで、優しく微笑みながら送り出される。


 リビングを出た後、階段を上がり目的の部屋に向かう。鍵はついておらず、物音を立てないように静かに扉を開ける。


 ベットの上から静かな寝息が僅かに聞こえてくる。ベットに近づきカーテンの隙間から差し込む月光に照らされているその寝顔を見下ろす。


 サラサラした黒髪に、少し前までは幼さが残っていたが今はその面影がなくなり男の子らしい顔つき。

 最近は顔を合わすだけで、まともな会話すらしなくなってしまった男の子。昔はとても仲が良かったと思っている。


 「は気付いていないかもしれないけどは知ってるよ」


 誰にも届かないその声は暗闇に溶けて、霧散する。そして首からぶら下がっているネックレスに触れる。


 「僕のプレゼントを買うために、毎年この時期だけ慣れないバイトをして疲れて寝不足になっていること。


 友達に頼んで自分からのプレゼントということを隠して渡してくれていること。


 好きな人は? と聞かれると反射的に『恵梨香』 って言いかけて誤魔化してること」


 膝を折り、顔を近づける。


 「そして君は知らない。

 それらを知られているということを。

 ...僕が君をずっと好きだってことを」


 時刻はもうすぐ12時。秒針はカチッカチッ、と12の文字に向かって時を刻んでいく。


 もうすぐだ。

 君がしてくれているように僕もこっそりとプレゼントを渡す。


 料理もそのうちの一つだけど、それだけじゃ足りない。気が済まない。


 秒針が12の文字と重なった瞬間、彼の額に口付けを落とす。

 心の底からの親愛と祝福を込めた、そんなキス。


 本当は唇にキスをしたいが、それは彼のほうからしてほしいという僕の密かなわがまま。


 形の残るプレゼントはあげない。君に届かないかもしれない。でも今はそれでいい。

 誰よりも早く祝福できるだけで、それでいい。


 「誕生日おめでとう。今までも、そしてこれからも大好きだよ」


 僕があげたプレゼントをまだ君は知らないのだから。



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