Episode10-F まさか、ここは……!
私はパスタが大好きだ。
米よりもパスタ、パンよりもパスタだ。
パスタへの愛を思う存分に極められる、今の時代に生まれて本当に良かった。
私のパスタ好きを知ってか知らずか、”誘拐犯”も私にパスタばかり食べさせてくれた。
ちなみに誘拐犯は老婆だ。だが、ヨボヨボのお婆ちゃんなんかじゃなく、やけに体が大きいうえに強そうなババアだ。
不愛想で厳つい老婆は、私に三食きっちりと毎回違う味のパスタを運んできた。
この監禁場所の近くには、どうやら川があるらしい。
それに人の足音や声だって聞こえないわけではない。それらは一人や二人のものではなく行列というか団体のようだ。
叫び声をあげたなら、誰かが気づいてくれるかもしれない。
だが、私はそれをしなかった。ううん、できなかった。
お腹いっぱい、もうこれ以上はないというほど満腹で幸せな状態になってから、家に帰るつもりだった。
そうこうしているうちに幾日も経った。
そろそろ家に帰らなきゃ……私の家に……でも、私の家ってどこにあったっけ?
そもそも、私はどこの誰だっけ?!
何も思い出せない。
パスタを運んできた老婆も、私の混乱と恐怖を察したらしかった。
「思い出しても現世への執着が強くなるだけだ。このまま外へ出て川を渡っちまった方がいい。あんたは毒蛇に噛まれて死んだ。それだけで充分だ」
私は死んだ? 毒蛇に噛まれて?
まさか、ここは……!
カーッペッと痰混じりの咳をした老婆は続ける。
「私は奪衣婆だよ。あんたみたいな娘だった時代もなく、生まれた時からババアでこれからもババアさ。現世だけじゃなくて三途の川もいろいろ様変わりしていっているから、今の時代に亡者の服を剥ぎ取りなんぞしたらセクハラで訴えられちまう。ここから少し先の賽の河原にいる地蔵虐だって、私と同じ開店休業状態さ。あんたみたいに不慮の事故で親より早く死ぬ子もいれば、実の親に殺されちまう子だっているのに、そんな子をさらに虐め倒すなんて非難の的にしかならないからね」
ブエックションと大きなくしゃみをした奪衣婆。
「私はあんたの守護霊ならび指導霊一同に頼まれたんだ。『大好物のパスタを腹いっぱ食べさせてやってくれ。幸せで満腹な状態のまま三途の川を渡らせてやってくれ』と。あまりにもしつこかったし、私も奴らの涙についほだされちまってさ。あんたのために、パスタなんてハイカラなモンをせっせと作り続けるなんて柄でもないことしてたんだよ」
(了)
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