Episode2-B 本命チョコの行方

 数か月前の他大学との合コンで、俺は同い年の由華(ゆか)と知り合い、付き合うことになった。

 

 俺&由華の友人たちとで楽しんだクリスマスパーティー、由華と2人きりでのお正月の初詣……と順調にデートを重ね、ついに由華と過ごす初めてのバレンタインが目前に迫ってきていた。


 そのバレンタインの数日前、俺のL〇NEにダチの秀喜(ひでき)からメッセージが届いたんだ。

『バッチリきめた由華ちゃんが、有名スイーツ店でお前へのチョコ選んでるなう。』ってよ。


 ”なう”(=今)という超新鮮な目撃情報。

 さらに、秀喜は”チョコレートを選んでいる由華の写真”までも送ってきた。

 その写真は、ガラス張りの店内にいる由華を店の外から写したものだった。


 おい、人の彼女を盗撮すんなよ、と俺は秀喜にイラッとした。

 さらに無神経なことに、俺が由華と過ごすバレンタインのネタバレ――由華が俺のために選んでいるチョコレートのネタバレまでをもしやがった。


 けれども秀喜に文句を言うより、ネタバレされてしまったとはいえ由華と過ごす初めてのバレンタインへの期待の方が俺の中でより勝ってしまったらしい。


 由華が俺のために、チョコレートを選んでくれている。

 横文字というか外国語に弱い俺でも、この有名スイーツ店の名前ぐらいは読める。

 たぶん、ピエ……ピエール・ロワイアルだよな。

 スマホでパパッと調べてみたら、何やら海外の王室御用達ブランドらしい。つまりは有名で高級で、なおかつインスタ映えまでするお洒落なチョコレートということか。


 そんなチョコレートを俺のために選んでくれている由華は――”写真の中の由華は”、何だかいつも雰囲気が違っていた。

 顔は確かに由華だ。由華に間違いない。

 でも……秀喜の「バッチリきめた由華ちゃん」という言葉通り、これは大人女子のキレイめコーデってやつなのか?

 由華の普段のデートでのファッションとは少し系統が違う、というよりも経済的なランク自体が数段上の装いだ。

 特に着ているコートなんて、いかにも高そうなものであることは写真越しにも分かる。


 それに、”写真の中の由華”はブランド物に疎い俺でも名前を知っているルイ・ヘヴンのバッグを腕にかけていた。

 由華の奴、高そうなコートだけじゃなくて、こんなハイブランドのバッグまで持ってたのか?

 なんか俺が知っているはずの由華の趣味とはやっぱり違っている気がするも、”顔は確かに由華だ”。

 まあ、母親や祖母からのおさがりという可能性だってあるし、貧乏大学生の俺に気を遣ってデートの時には持ってこないようにしていただけかもしれないし……

 何はともかく、数日後のバレンタインが楽しみだな。




 2月14日。バレンタイン当日。

 俺のアパートにやってきた由華は、頬をピンクに染めて「はい。これ、バレンタインのチョコレートだよ」と、”青と白のふわっふわのリボンでラッピングされたトラッドチェック柄の箱”を俺に渡した。


 ん?

 数日前に、ネットでググった――画像検索したらババッと表示されたピエール・ロワイアルのパッケージとは、随分と趣が違っている。

 それに、箱には店のロゴすら印字されていなかった。


「”これ”ね、美波(みなみ)と一緒に作ったんだ。美波も彼氏に手作りチョコレート渡したいって言ってたから、一緒に頑張ったの」


 由華が言う”美波”とは、由華の話に一番良く出てくる由華と同じ大学に通う女友達――おそらくは由華の親友ポジションの美波ちゃんのことだろう。

 彼女の姓はおぼろげだが顔はしっかりと覚えているし、由華と知り合った合コンで儀礼的にその場の全員とL〇NEを交換をしたから、俺も一応は彼女とつながっている状態だ。

 それに、美波ちゃんは昨年のクリスマスパーティーにだって、自分の彼氏と一緒に参加もしていた。

 いや、ンなことよりも、由華の奴、今、”手作りチョコレート”って言ったよな? 確かに言ったよな?


「……手作り? このチョコ、手作りなワケ?」


「うん、そうだよ。自分で言うのもなんだけど……すごく綺麗に、そして美味しく作れたと思うの。食べてくれると、うれしいな」


 由華の頬がピンクから赤へと、さらにほんのりと染まっていく。

 俺が”何も知らなかったなら”、この由華を本当に可愛いと、そして心から愛しいとも思えただろう。

 けれども、違う。


「あのさあ、お前……お前が買ったチョコレートは、いったい誰にやったんだよ。ピエール・ロワイアルとかいう店のチョコは?」


「……え? 何のこと?」


 由華の頬がこわばった。

 頬の赤みは消えゆき、白へと近づいていく。


 別に俺は、海外ブランドの高級チョコレート>>>由華の手作りチョコレートと考えているわけじゃない。

 ”お前が俺のために買ったはずの本命チョコ”はどこにいったのか? 誰にあげたんだ? って聞いているんだよ。


「わ、私、ピエール・ロワイアルのチョコレートなんて買ってないよ。そもそも、お店に行ったことだってないのに」


「……とぼける気か? 店に行ったこともないだなんて、良く言えるよな。ちゃんと、証拠があンだよ」


 俺は、秀喜から送られてきた例の写真を見せた。

 由華は真っ青になっていた。

 まさか、自分の姿を――自分の裏の顔を誰かに見られたうえ、写真まで撮られている思いもしなかったのだろう。


 俺だって、この写真がなかったら、単なる秀喜の見間違いだと由華を信じる選択をしていたかもしれない。

 でも、これだけ明確な証拠――お前が浮気者の淫乱ビッチだという証拠があるのだ。


「こ、これ、私じゃないよ! 私にすごく似てるし、髪型だって同じだけど私じゃない! それに私、こんなコートやバッグだって持ってないもの!」


「………自分が写っている写真を見て、よく私じゃないとか言えるよな」


 俺は、由華をギッと睨みつけた。

 由華はビクッと後ずさった。

 由華の目に大粒の涙が浮かび始めていたも、俺の口は止まらなかった。


「何、その顔? 泣いたら俺が許すとでも思ってんの? 黙ってないで言い訳でもしたらどうなんだよ? 例えば『実は双子の姉妹がいました』とか、『この写真は私のドッペルゲンガーです』とかよ(笑) ま、糞ビッチに成り下がったお前の言うことなんて、何一つ信じる気にはなれないけどな」


「ひ、酷い……」


「は? 酷いのはお前だろ。本命チョコは別の男に渡して、キープくんの俺には”手作りチョコレート”とか言っとけば喜ぶとか思うなよ。将来、お前みたいな女が、結婚しても平気で不倫とか托卵する女になるんだよな。いや、案外、お前が写真の中で持っていたブランドバッグだって、すでにパパ活とかでおっさんに買ってもらったモンじゃねーの」


 俺の口はなおも止まらなかった。

 俺を裏切った汚物でしかない糞ビッチに、もっともっと思い知らせてやりたかった。


「……馬鹿にすンなよな! ンなもん、いるかっての!」


 由華からのチョコレートを掴んだ俺は、それを壁へと投げつけてやった。

 箱の中のチョコレートが粉々に砕け散ったであろう音が聞こえた。

 だが、まだまだ不十分だ。

 俺は上からそれをグシャッと踏みつけてもやった。


 由華は、わあああああっと泣きながら俺のアパートを飛び出していった。

 ほんの少しだけ、胸が痛まないわけでもなかった。

 でも、俺を虚仮にしやがったお前が全部悪いんだ。

 お前からの糞チョコは木端微塵に粉砕したも、糞ビッチな”お前そのもの”を殴らなかっただけでも、有難く思えっての。




 後日。

 案の定というべきか、俺は由華の親友・美波ちゃんとその女友達2人の合計3人にファミレスへと呼び出された。

 由華の連絡先を俺のスマホから削除&ブロックした時点で、由華関連の女どもの連絡先も削除&ブロックしておくべきだったが、そこまでは考えが至らず、女どもからの呼び出しをくらってしまった。


 俺が粉砕したあのチョコレートは、由華と美波ちゃんとの合作でもあったわけだし、美波ちゃんは自分の思いも踏みにじられたような気でいるんだろう。


 まったく、こんな時、女はすぐに女の味方をするよな。

 由華の奴、自分に多大な非があるってのに、俺だけが悪いように話を”盛りに盛って”女どもに伝えたんじゃないのか。


 美波ちゃんたちからのおおよその話、というか懇願は予想がつく。

 「由華だけど、ちょっと魔が差してしまっただけなの。由華が本当に好きなのはあなただけだから、もう一度、由華とのことを考えてあげて。由華を許してやって」って具合だろ。


 俺は、そんな懇願をされても、首を断固として横に振るつもりだった。

 それでもなお、食い下がってくるようなら言ってやろうとも思う。

「そんなに由華の味方をするってことは、お前らも案外、影では同じようなことしてんじゃないの。”類は友を呼ぶ”っていうしさぁ(笑)」と。



 しかし、俺の予想に反し、ファミレスで俺を待っていた女たちは、親の仇でも見るような目で俺を睨みつけてきた。

 由華との復縁を取り持とうとする表情には、到底見えないんだが……



 水拭きされたテーブルの上に、美波ちゃんが自身のスマホを俺へと向けて置いた。


「いろいろと言いたいことあるんだろうけど、まず最初に”これ”を見てもらえる?」


 美波ちゃんの人差し指が画面をスッスッと滑った。

 ”上目遣いでバッチリきめた表情の由華の写真”――インスタ〇ラムのプロフィール写真だ。

 

 あの糞ビッチ、インスタ〇ラムのアカウントまでも”俺の知らないアカウント”を持っていやがったのか?

 付き合っていた頃には、確か「ネットに顔出すの恥ずかしいよ」とか、ぶりっ子してやがったけど”こっちのアカウント”じゃ、しっかり顔出しじゃねーか。



 ……え? 

 このプロフィール写真は、確かに由華だ。

 ”顔は確かに由華だ”。

 だが、何か違う。どこかが違う。

 それは、化粧の濃さと仕上げ具合の緻密さか?

 いや、そもそも”名前が”違う。

 プロフィールに生年月日までもご丁寧に明記している”この人”は、由華より4才年上だ。

 しかも、どうやらすでに既婚者らしい。


 美波ちゃんがが無言のまま、人差し指をスッスッスッと滑らせていく。



 ピカピカの真新しい、ルイ・ヘヴンのバッグの写真。

 写真とともにあった投稿は……


※※※


 主人からのバースデープレゼント。

 私が前に欲しいって言っていたのを主人は覚えていてくれたのです。

 大感謝&大感激の人生最高のバースデーとなりました!

 やっぱり結婚っていいものですね。

 素敵な結婚生活を手に入れることができて、私はとっても幸せ者です。

 これからも、ずっと主人と仲良しでいられますように。


※※※


 文才が全く感じられない投稿文。

 そして、”ピエール・ロワイアルのチョコレート”の写真の投稿もあった。今年の2月14日の投稿が……


 ”由華と瓜二つのこの人”が、いかにもセレブっぽいうえに生活感皆無のダイニングで、日焼けした肌に妙にビカビカと白く光る歯が印象的な少しばかり成金臭のする旦那さんと、赤ワインを傍らにチョコレートを美味しそうにつまんでいる写真が……



 ってことは、つまり……バレンタインの数日前に、秀喜の奴から俺へと送られてきた盗撮写真に写っていたのは由華ではなく、このインスタ〇ラムの人妻だったということか!


 由華じゃなかった!

 由華は嘘なんてついていなかった!

 ”本当に”由華じゃなかったんだ!


 あのバレンタインの日、”由華からの本命チョコ”は俺の手の内にあったのだ。

 それなのに、俺は……俺は……!!!


 俺は思わず、美波ちゃんのスマホを握りしめてしまっていた。

 手の平から噴き出てくる汗が、スマホをかすかに湿らせていく。

 

 美波ちゃんがフーッと溜息をついた。


「私たちだって、最初はビックリしたよ。このインスタグラムの人、由華とほぼ同一人物レベルに顔が瓜二つなうえ、髪型までも同じだし……それに、遠く離れた場所にならまだしも、同じ生活圏内にここまで似ている人がいるなんて、”偶然の一致”にしても怖いって思うぐらいだった。このご時世に、SNSの全体公開は脇が甘いとは思うけど、”この人”がこうして全体公開してくれていたおかげで、私たちは由華の無実を証明できた」


 女たちは俺を一斉にジロリと睨みつける。


「……わ、分かったよ。俺が誤解していた。由華とやり直す。由華と話せるかな? 俺が話したいって言ったら、由華はすぐにここに来てくれるかな?」


「は? 今さら何言ってんの? 由華はもう、やり直す気なんてないんだよ」


「……え? い、いや、でも、俺が誤解してしまったのは無理ないだろ? ”世の中にはそっくりな人が3人いる”とかいうけど、まさか……こんな近くに……ここまで似ている人がいるなんて、普通は思わないだろ? そもそも、俺のダチが由華そっくりのこの人の写真を勝手に撮って送ってきたことの方が悪くないか?」


「確かにあなたが……あなたたちが由華を誤解したきっかけは、由華とこのインスタグラムの人の顔が瓜二つだったという”偶然の一致”には違いないよね。でもね……由華の心が粉々に砕け散ってしまったのは、あなたに信じてもらえなかっただけじゃなくて、あなた自身が由華に投げつけた酷い言葉と”暴力”によってだってことが分からないかな? 後からいくら謝っても、取り返しのつかないことってあるんだよ」



「――もういい? 私のスマホ、早く返してよ」と美波ちゃんが俺の手からスマホをひったくった。


 鞄からハンカチを取り出した美波ちゃんは、スマホをゴシゴシとぬぐった。

 女たちは、汚物でも見るような目で俺を一瞥し、去っていった。



――完――


注)作中の「ピエール・ロワイアル」と「ルイ・ヘヴン」は、本作にだけ登場する架空のブランド名です。

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