第170話 トレーナ攻略戦 中編 2
「これは・・・。主戦場はしばらく膠着するな。」
マイトランドが呟くと、キスリング大佐はそのカジキマグロの様に太い腕を組みながら尋ねた。
「主戦場はどの様になっている?」
キスリングの質問に、マイトランドはペンと羊皮紙を手に取り、目にした主戦場の状況を羊皮紙に描きなぐると、キスリング大佐に説明した。
「この手前にある塹壕に、こちらの前衛の軽装歩兵と重装歩兵が入り、敵後方部隊から銃撃、砲撃、投石、弓撃を受けている状況ですね。対してこちらの前衛は飛び道具がなく防御に徹している状況です。特に銃撃においては、頭を出せば敵にその頭を撃ち抜かれる距離です。これではお味方の前衛は前進はおろか後退することも難しいでしょう。」
第11騎兵師団からの戦況報告を受けたイブラヒムも含め、塹壕戦に至るまでの経緯を手短に説明を済ませると、その後の前衛部隊の進退について自分の意見をキスリング大佐に伝えた。
「ほう。それがお前の所見か?」
「はい。」
この時、カルドナ王国軍第4軍参謀ジュリオ・グラッツィアーニ大佐には一つの誤算があった。
敵ウェスバリア軍前衛を前方塹壕に招き入れた際、即座に前方塹壕に配備してあった油に火矢で火を放ち一網打尽にする計画であったが、敵前衛の数の多さに、火矢が足元の油まで届かず、結局塹壕戦に移行してしまったことだ。
距離を置いた敵に対抗手段を持たいない前衛歩兵は、空から降ってくる無数の飛来物に、盾を隙間なく張り巡らせることによりウェスバリア軍前衛歩兵、は敵の策を無意識のうちに看破したと言えよう。
これにグラッツィアーニ大佐は壁上兵器のトレビュシェットの投石に火と油を混ぜるなどして大型火球の投石を実施させたが、ウェスバリア軍魔導砲兵の的確な対空防御にその全てが阻まれ、効果を得られなかった。
更にグラッツィアーニ大佐を困らせたのは、空からの敵情偵察に出た空戦隊からの報告で、ウェスバリア第2軍は後方土塁と塹壕を繋げる為に、戦闘工兵部隊が土塁から、塹壕の構築を開始していると言う報告であった。
誰もが古典的だと思えるこの作戦は、先に登場した戦闘工兵部隊の魔導掘削により行われる。
まず第一段階で3日間をかけかなりの距離がある後方土塁と前方塹壕までを接続、第二段階をもって前方塹壕の裏手に新たに弓兵用の塹壕を構築し、第三段階をもって敵銃歩兵が構える後方塹壕と接続するという作戦であり、最終段階にて敵城門までの侵攻を考えられたものであった。
これはウェスバリア軍第2軍総司令官ツェッペリン大将自らの功案であり、司令部にて行われた軍議を鑑みるに、帝国軍の再度侵攻を期待しての作戦であると推測される。
主戦場はマイトランドの読み通り、ウェスバリア軍、カルドナ王国軍、双方共に大した損害を出さぬまま時間だけが経過することになった。
キスリング支隊もこの間、何度かの敵の誘い出しを実行したが、3度目ともなると、学習をしたカルドナ王国軍が西地区に滞在する2から3個連隊規模である第72騎兵師団を動員、大規模騎兵部隊の投入に、騎兵を漏らさず掃討することは出来ないと判断されたため、止む無くこの作戦を中断、ハーゼ大隊はカルドナ王国軍第4軍司令部に敵の撤退を報告した。
だが3日後、キスリング支隊には好機が訪れる。
長期戦になると踏んだカルドナ王国軍第4軍マリオ・ガリボルディ中将は、アンプロージョ少将に、敵の補給路を断つ作戦を提案、人員補充を終えた足の速い第72騎兵師団7000名、第3混成団第15近衛騎兵連隊3300名の、騎兵のみをもって敵の後方補給部隊を急襲する作戦に打って出た。
第72騎兵師団と、第15近衛騎兵連隊は全速力で進軍、キスリング支隊の射程南限界をかすめるガンディーノ、ノーネ、を通る経路にてピネロロで一度補給を受け、一気に北上、第72騎兵師団はジェンティナ、ディコアッツェを通過するルートで、第15近衛騎兵連隊は西側フロッサスコ、クミアーナ西部と通る経路で、ヴァイエにて敵後方補給路を遮断するという任務を帯びて2月11日にトレーナ南門を発した。
ハーゼ少佐は折を見て支隊本隊へと連絡を取ると、キスリング大佐は即座に第11騎兵師団へと報告を上げた。
これを受けたトゥルニエ少将は、第2軍総司令部へと第11騎兵師団の進発をもって報告。本隊を離れヴァイエ周辺に第11騎兵師団12000騎を配置すると、少数の斥候を放ち、敵第72騎兵師団の到来を待ち受けた。
一方でマイトランドは、第11騎兵師団の負担を軽くすることを提案。クミアーナ西側の森林地帯にて、魔導砲兵連隊であるキスリング連隊のみでこれを叩くことを進言した。
「お前は、何を言っているんだ?近接戦闘において騎兵部隊に我々魔導砲兵が勝てる訳がないだろう。シャンタル連隊の救援が必要だ。お前は利口なのか?馬鹿なのか?どっちだ。」
キスリング大佐はマイトランドの進言に苦言を呈すると、マイトランドは振り返りほくそ笑んで答えた。
「まず砲兵が騎兵に勝てない道理はありません。地形を利用すれば、被害を出さずに勝てるでしょう。むしろ叩くのであればここしか無いかと。」
「と言うと?策があるという事か?」
マイトランドは再び振り返ると、作戦について説明した。
傾斜のあるクミアーナ西部において、頂上に設営された予備の砲陣地に対し、敵騎兵部隊の利点である速度と突破力はその急な斜面の為に失われる。
予備の砲陣地前面にパイクを配備すれば、敵は突撃を実行できない。
「敵が接近した場合についてはどうする?我々は砲兵だからな。白兵戦が出来ない者が多いぞ。だが敵は腐っても白兵戦の得意な騎兵だ、馬を降りたとて1/3の我々に勝てない筈がないだろう。」
「もちろん事前の砲撃で、敵は相当数減らす必要があります。こちらには優秀な前進観測班と偵察がいますからね。近接戦闘に置いては、事前に広範囲に水属性魔法を展開して、雷属性魔法による近距離砲撃を実施、撃ち漏らしがあった場合も対空手などで撃退すれば問題ないでしょう。どうですか?」
「そうか、わかった。やってみる価値はありそうだな。」
事前に水属性魔法と雷属性魔法を使った魔導砲撃の有効性を示していたことから、キスリング大佐は二つ返事で提案を了承。連隊全砲班をクミアーナ西側山頂部の予備陣地へと移すと、砲陣地前面にパイクを作成、アツネイサ、ポエルを警戒へと進発させた。
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