第162話 急変 1

「皇帝陛下、本日の戦況報告にございます。」


 ハイデンベルグ帝国皇帝ヴィルヘルムへの報告の場である御前会議には、帝国5公爵と軍務、国務、工部、内務、外務、司法、商務をそれぞれ統括する帝国7長官に各次官、憲兵総監、教育総監、警邏総監、親衛隊長、皇宮警衛総監、陸軍長官、海軍長官、の7名を加えた、計27名のみにより行われる。


 軍務長官でもあり、帝国侯爵でもあるジャン・ヴォルフガング・フォン・ラブルテッドは、陸軍長官ハインリヒ・エッケハルト・フォン・ボーゼンフォルト元帥と共に、既に第1から第15軍団までを投入しているアウジエット戦線、第17、18軍団のカルドナ戦線での戦況を事細かに説明し、停滞しているガリア戦線への新たな戦力の投入準備の承認を受ける。

 続いて戦線の拡大により国境を広げることとなった、フォンガル・オスリスト・スベロニア三重帝国へ潜伏させている諜報機関エネルより、三重帝国に帝国との開戦の風潮が濃厚になったとの報告から、当初より準備させていた第23軍団、第24軍団の他に第39軍団を三重帝国国境への配備の上申をすると、最上段に座し各報告を聞いていたヴィルヘルムは報告半ばに右手を上げると報告を中断させ、傍にいたオットー・ヨアヒム・フォン・ビスマルクに目をやると、ニヤリと笑い口を開いた。


「良いではないか。精強なる余の陸軍は。だがあまりに早く戦果が上がりすぎるよ。」


 無論の事戦果が上がることや、勝ち続けていることへの文句ではない。戦果が上がり続けていることへの喜びを言葉にした結果であろう。


 ラブルテッドは、ヴィルヘルムの右手が降りると報告を続けた。

 もちろん良い報告ばかりではない。その一つはウェスバリア軍の侵攻の遅延である。

 前時代的な情報通信を行うウェスバリアに対し最新の情報を供与して共同作戦を実施しようにも、その情報が末端まで伝わるには早くて1週間以上かかる。これではどの様にしようとも共同作戦など出来るはずもなく、ただただ不必要な同盟国と言っていいだろう。

 しかし、ウェスバリア議会は帝国皇帝ヴィルヘルムへ迎合する手腕が極めて高い。

 金を借りる場合や、救援を受ける場合などがいい例である。

 したがって、ハイデンベルグ帝国の国民の約半数以上はウェスバリアに良い感情を持っていない。

 現に御前会議出席者である国務長官ラブルテッド以下8名は、周辺国最弱国とみなされるウェスバリアとの準軍事同盟を破棄するべきと考えており、ヴィルヘルムの鶴の一声さえなければ、今すぐにでも侵攻し併合すべきとの意見を持つ強硬派である。


 全ての方面での報告を終えると、この強硬派のウェスバリアへ感情を逆なでするように、最高齢の外務長官フーベルタス・フォン・ハルターシュタッドが、その長く蓄えられた白い髭を触りながら皇帝ヴィルヘルムへ進言した。

 

「陛下。ウェスバリアへ第3世代通信魔道具である01式を供与されてはいかがでしょうかな?元々供与されている通信魔道具は短距離専用で使用されていた20程前の魔道具。短距離以外は伝令に頼っていることでしょうな。これではウェスバリアも共同作戦などできますまい。通信さえ整えばウェスバリアも数の内に入りましょう。01式はもう既に前線部隊では使っておらぬようですし、どうですかな?」


「うむ。ハルターシュタッド、お前の思う様にすると良い。」


「陛下の広いお心にウェスバリアも感謝する事でしょう。時に陛下、新式銃も前線全ての部隊へ行き渡っている様子、これを気に旧式の帝国銃も全てウェスバリアに供与されてはいかがですかな?南方戦線であるカルドナ戦線のガーランド、クラウゼンなどはウェスバリアが勢いを増せば喜びましょう。」


「よきに計らえ。」


 ヴィルヘルムは、ウェスバリアへの供与全てをハルターシュタッドへ一任すると、その口を堅く閉ざした。


 帝国軍のカルドナ王国への侵攻は、北部一帯のカルドナ領の制圧を主とし、ヴェーネ、ジェノビアラインに敵を封じ込め、第17、18軍団をもって戦線が縮小したカルドナ王国へにらみを利かせ、第16、23、24、39軍団をもって、帝国を自称する三重帝国への侵攻をすることにあった。

 この帝国の計画に対し、ウェスバリアの侵攻に当たってウェスバリアの要求は、グルナブルットからトレーナ南東の沿岸都市ジェノビアまでのカルドナ領である。したがってこの要求は帝国の計画と全く重なることは無い。

 皇帝が右を向けばウェスバリアも右を向き、皇帝が白と言えば黒い物も白くなる。ウェスバリア議会が、帝国の利害を中心に自国の領土の拡張を考える様になったのは、偏にハルターシュタッドの外交手腕の高さと言えよう。


 御前会議において、ウェスバリアへの新たな魔道具、武器の供与が決まると、ハルターシュタッドは前もって集めていた魔道具、旧式銃の輸送を外務次官に任せ、次官を先に退出させると、皇宮警衛副総監オスカー・フォン・ハインリヒ・ユンラー大将により急報が飛び込んだ。


 敬礼もせずに顔を真っ青にして会議室へ飛び込んだユンラー大将のこの急報は、全帝国臣民に激震を走らせる報であり、この報により全ての帝国軍はその進軍を一時止めることとなった。

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