第57話 策謀 6
人の噂という物は恐ろしいもので、すぐに尾鰭が付き自力で泳ぎだす。
マイトランド達が流したライナーとライナー班の噂も、人伝いにどんどん大きくなり、平民班の間では敵味方関係なく、ライナーは何故か“泥棒貴族クリシュマルド”の二つ名で呼ばれるようにまで発展していた。
これには新貴族であるライナー本人もたまったものではない。自分だけ馬鹿にされるのならまだしも、家名であるクリシュマルドが馬鹿にされているのだ。当然犯人捜しを始めることとなった。
だがこの犯人捜し、予想以上に難航することになる。ライナー班の噂が酷いせいで、平民がまともに取り合わないからである。結果犯人捜しを諦めざるを得なくなってしまう。
更にはグレンダ軍の大将である、グレンダにも疑われる始末。
「次こそ、次は、次の模擬戦で、手柄を上げれば、汚名も返上できるはずだ。」
ライナーはそう呟くと、拳を固く握ると机に叩きつける。正直いい感じに煮えたぎっていると言えよう。
元はと言えば、前回の模擬戦で、歩兵にあっけなく壊滅に追い込まれ、その後、敵味方の歩兵に踏みつけられたことが原因だと、本人は思っている。
当然、ライナーの思考としては、次の模擬戦で功績をあげ、汚名返上できればば、“泥棒”の不名誉な二つ名も、返上できると思う訳である。
「なに?また予備部隊?ふざけるな!我々は戦力ではないという事か!」
グレンダの命令、戦場の配置もまた辛辣な物であった。信用置けないライナー班は予備部隊として待機、有事の際は何処へでも駆けつけよ、という物だった。
これにはライナーも激怒する。敵の部隊が少ないのだ、いくら騎兵と言っても、到着するときには歩兵に囲まれているか、戦闘が終わっている可能性が高いからである。
「なんとか、なんとかせねばならんな。」
必死で手を考えるが、なかなか思いつかない。当然だ、このままグレンダの指示に従うのが、最善の手で、それ以上の手はないからである。
だが、ここでライナーは最悪の手を思いついてしまう。
「寝返るか。戦功上位を貰えれば、寝返っても良いな。」
調略されるのではなく、自ら進んで、離反すると決めてしまったのだ。
「そうなれば、あちらの誰かに渡しを付けてもらわんといかんな。クレアにでも頼んでみるか。」
ライナーがクレアと呼んだのはフレデリカの副官クレアの事で、実は幼馴染ともいえる程家が近く、入隊前からこの二人は良く見知った仲である。
ライナーはクレアに書簡を送ると、返答を待った。
その日の夜、
「マイトランド、クレアの所に、こんなものが届いたのだが。」
そう言ってライナーからクレアへの手紙を見せたのはフレデリカであった。
「うわっ。いい感じに焦っているな。放っておけ、とだけ伝えておいてくれ。その内面白いものが見れるぞ。」
マイトランドがフレデリカに伝えると、事態はマイトランドの思い通りに進んでいった。
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第三回目の模擬戦10日前になると、貴族用の食堂で、業を煮やしたライナーは、クレアに迫る。
「クレア、どうして返事をくれないんだ?俺はずっと待っているのに。ここで返事を聞かせてくれ。頼む。」
まるで、復縁を迫る男の様であった。
クレアはフレデリカの言いつけ通り、無視を決め込みその場を立ち去ろうとすると、ライナーはクレアの進行方向に何度も回り込み、頼み込む。
「なあ、頼むよ。お願いだ。クレアだけが私の希望なんだ。」
やはり復縁を迫る男の様であった。
逃げ切れないと悟ったクレアは、ライナーへ耳打ちする。
「今日夜、隊舎裏で。」
耳打ちが終わると、ライナーは両の拳を握り、天高く突き上げると、叫び声を上げた。
「しゃあああ!」
この後、僅かの間だが、クレアとライナーが、交際しているという噂が立ったのは言うまでもない。
この日の夜、ライナーはクレアと会うため、新貴族女性用の隊舎裏へと足を運ぶ。
そこでライナーがクレアの到着を待っていると、誰も予想しなかった事件が起こる。
運という物は珍妙なもので、不運な者はいつまでたっても、その不運に付きまとわれるものなのだ。逆に運の良い者は、常に強運だ。強運だとか、豪運というスキルがあるのもまた頷ける。
あまりに不審な行動を取っていた、ライナーは巡回の衛兵に見つかり、取り抑えられてしまったのだった。
貴族、新貴族と言えど、女性隊舎に侵入するのはご法度である。
“泥棒貴族”と呼ばれ、地に落ちた新貴族ライナー・クリシュマルドの二つ名は、“下着泥棒”の名に改められる。
もはや不名誉な二つ名に、”貴族”という言葉すらつかなくなってしまったライナーの名声と信用は、さらに奈落の底へと失墜することとなってしまった。
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