第28話:奴隷商の息子は奴隷に苦行をさせる
この日の朝食後、俺は中庭のテラスで、庭仕事をしている者たちをぼんやり眺めていた。
親父はジュンテの店へ行ってくると街へ行き、アルノルトもそれに同行していた。
俺のお世話係はデルトとコラウスだが、コラウスは庭仕事に忙しそうだ。
庭師のコラウスは、背の低い男で、ちょこまかとよく働いてくれる。花木が好きらしい。
元はどこぞの田舎で農民をしていたそうだが、不作続きで奴隷として売られてきたと言う。
農民なら男の手は必要だが、コラウスは兄弟が多かったため次男が奴隷として売られたのだそうだ。
境遇を聞くと、つい甘くなってしまう俺だが、近頃は奴隷に対して厳しい態度をとるようにしている。
もちろん、態度だけ。実際は鞭を手に持っているだけだ。
だって、痛そうなんだもんな。SM用の鞭なら音ばかり大きくてそれほど痛くない
しかも、持ち手が男のシンボルなもんで、見た目が凶暴すぎた。
奴隷の女の子たちは、俺が鞭を持つたびに怯えた目で私語をやめ、必ず礼を取るようになった。
あの日、アルノルトと行った鞭打ちごっこが効いたのだと思う。
裏の井戸から水を運ぶデルトと、エルフの奴隷たちの姿が見えた。
デルトは、桶を一人で二つ軽々と持っているのに対し、エルフは一つの桶を二人で持っている。仲が良いことだが、効率が悪い。
俺は、妙に気になって庭木の下で草をむしっていたコラウスを呼びつけた。
「なぁ、エルフってそんなに力が弱いのか? あれを見ろ。二人で持っているだろう」
「はい……エルフが力が弱いというよりは、あの者たちが非力なのだと思います。桶は一番小さい物ですので」
よく見れば、エルフが持っている水桶はデルトが片手で持っている桶の半分くらいに見える。つまり、デルトが一度に運ぶ量をエルフは八倍の
それでは、デルトの手伝いをしているとは言えない。
「おいっ、そこのエルフ!」
俺は、エルフたちに呼びかけた。二人のエルフは、ハッとした顔で俺の姿を確認すると、慌てて膝を付く。
「礼はいい。ところで、その桶は一人では運べないのか?」
「……あっ、えっ、はい…… 申し訳ございません」
俺は、地面に置かれた桶を持ち上げて見た。さっぱり重くはない。おそらく、三キロ程度だろう。
金髪を一つ括りにしたエルフに、一人で持って見ろと命令してみた。
ちょっと、いやそうな顔をしたエルフだが、立ち上がると両手で桶の取っ手を掴むと、ゆっくりと持ち上げた。
かなり苦しそうで、顔が真っ赤になってきている。それで、歩かせてみるとガニ股になって、股間にブラブラ桶をぶら下げたようにして一歩ずつ歩いた。
うん、時間がかかりすぎるね。
「もういい。つまり、一人では持ち上げられても運べないってことなんだな」
「はい……申し訳ございません」
「謝ることはない。本当に持てないのか気になっただけだ。他の奴隷たちも同じように、この桶を二人で運んでいるのか?」
「はい。しかし、獅子人族の子だけは一人で持っていましたが私たちは、とても重くて……」
邪魔をして悪かったと言って、エルフたちを解放した後、俺はしばらく仕事をしている奴隷たちを眺めていた。
草抜きや、花殻摘みをしている者は力仕事ではないので、大して苦労していない。しかし、ゴミを焼却場へ持っていく者たちは、二人一組だ。
おそらく、一人で運べるくらい力があるのはマリレーネくらいか。
俺は、マリレーネの姿を探したが、庭にはいなかった。さらに食堂に行って見たが姿が見えず、そのかわりアーヴィアが床の掃除をしていたのでマリレーネの所在を訪ねた。
「えっと、マリちゃ……マリレーネは、トイレに行くって言っていました」
「そうか。アーヴィア。ちょっと腕を触らしてもらっていいか?」
ポッと頬を赤らめたアーヴィアが、頷いて俺のそばに寄ってくる。うん、かわいいね。
そっと、二の腕を両手で掴む。プニッとした柔らかい感触。おっぱいの柔らかさに通じるものがある。
残念なことにアーヴィアは、ふくらみがない小ぶりのおっぱいなので、触って違いを確認することができない。
いかん、いかん。おっぱいに気を取られてしまった。
「ちょっと腕を曲げて、ここに力を入れてみろ」
怪訝な顔をしながらも、腕を曲げて力こぶを作ろうとする。しかし、力が入っているのは顔ばかりで、ひとつも腕の筋肉に力が入っていなかった。ようするに、ここの奴隷たちは非力なのだ。
トイレへと向かう。この世界の人はトイレとは言わず『便所』と呼ぶのだが、俺がいつもトイレと呼ぶので奴隷たちもトイレと呼ぶようになっていた。
元は倉庫に使われていた土間の部屋は、今では腰までの高さに板が建てられて、仕切りの中に便壷が置かれて共同トイレとなっている。
マリレーネの姿が見えなかったので、一つ一つ中を見て回る。床でも掃除してるのかな?
仕切りは腰ほどの高さしかないが、姿が見えない。
少し奥の仕切りの前を通った時、人影が見えた。
「わわわっ! ……ニートさまぁっ!!」
便器に座ったマリレーネが慌ててパンツをずりあげようとしている。
「ごっ、ごめんなさいっ! 気にせず、ゆっくり用を足してくれ」
「で、できるわけねぇ! ……あっ、すみません。すぐ出ますので……」
すぐ出るって、なんのことだろう? どっちの意味とも取れるが。
気まずい雰囲気になってしまったので、ひとまず外で待つことにした。
それにしても、おしっこしてるとは思いもしなかった。
これは、ラッキーというか、アクシデントというか。
「……あ、あの……ニート様、突然こんなところに、どうされましたか?」
「ちょっとな、奴隷たちがあまりにも非力だから、なぜだろうかと思ってな」
俺は、奴隷たちが非力なのは人種の特徴なのか、それとも彼女たち個人の問題なのかがわからなかったので、マリレーネに聞いてみた。
「ウチは、
「な、なんだよ。なんでニヤニヤしてるんだよぉ」
「すまない。それにしても筋肉がすごいな」
俺より力こぶがあるんだから、すごいとしか言えなかった。
「ニート様は筋肉のある女は嫌いか?」
この娘は、時々タメ口になるけど、付き合いやすくて嫌味がない。女の子とあまり喋ったことがない俺でもスッと会話に入れるのもありがたい。
「いや、むしろ好きだ。お前は、腹筋もしっかり割れているし、出るところは出て、絞るところは絞っている。いいと思うぞ」
「ほ、本当ですか! やったーっ!」
満面の笑顔で、ガッツポーズを取ると俺の腕に手を回す。腕にむにゅっとお山の感触。うん、可愛いけどベタベタしたら他の奴隷に見られるとマズイからやめておこうね。
たしかにマリレーネは、アスリートのような体型をしている。それに比べて、他の奴隷たちは細すぎた。
今まで、スレンダーで美しい体だと思っていたが、エルフやアーヴィアの力のなさは異常だ。
「エルフたちは、元から力が弱い種族なのか?」
「いいえ、あの子たちが力がないだけと思いますけど……」
少し考え込むようにしていたけど、マリレーネはエルフでも普通の人間と同じくらいの力はあると言う。
デルトも奴隷たちが非力なだけだと言っていたが、この娘も同じことを言うとなると本当に筋肉不足なのだろう。
マリレーネは聞くと、毎日腕立てと腹筋、スクワットをしているという。
なるほど! 俺は、思いついた。奴隷たちに体力をつけさせよう。
◆
翌日から、昼までの仕事が終わると体力作りをさせることにした。
まずは、敷地内のランニングだ。歩いてもいいから、約一時間走りっぱなしにした。この世界にはまだ時計がないそうだが、一刻を図る砂時計が屋敷にはあった。
とにかく、歩いても良いから動け! 前に進め! と鞭を地面に叩きつける。
すると、泣きながらでもひたすら敷地の塀沿いを走る。
アーヴィアは半周もしないうちに、ぜぇぜぇと喘ぎながら歩いているし、エルフはほとんど止まってるかのような歩く速度で、何度か
獣人族の何人かは、息も切らせずに走り通したが、中には筋力が衰えてしまっている者も多かった。
「も……、もう、許して……ください……」
肩で息を切らし、大きく口を開けて呼吸する奴隷たちも、なんとか脱落者が出ずに一刻を走りぬいた。
正確には歩いていたんだけどな。
「少し休憩する。まずは、流した汗のための水分補給だ! だが、飲み過ぎるなよ、気分が悪くなるからな」
「……はい」
弱々しい返事が聞こえてくる。マリレーネだけは、汗をかいているものの、すでに息は整い余裕で地面に寝転がっていた。
「はぁ、はぁ……パオ姉さん…… どうして私たちがこんな目に……」
「し、知らないわ……でも、ニート様のことだから、何か理由があるはずよ」
パオリーアも体力がなかった。いつものお姉さん然とした凛とした姿はなく、今は四つん這いになり肩で息をしている。
四つん這いを後ろから見てる俺としては、尻尾で服の裾が持ち上がりお尻が見えているので目のやり場に困る。
あれ? パンツはどうしたのかね。
しばらく、休憩を取った後は全員を二列に並ばせた。アルノルトには、事前に体力作りのメニューは伝えてある。
だから、俺は鞭を持って立っているだけだ。
「全員、二列に並んだら両手を頭の後ろで組むんだ!」
まるで囚人である。全員ホールドアップ状態。たぶん、この世界でホールドアップといっても伝わらないだろう。
「頭の手を決して離すな! そのままの位置で尻を落とせ。その時に膝はつま先より前に出ないように気をつけろ」
アルノルトは的確に教えた通りにスクワットの指導をする。
はじめからやり過ぎると翌日がつらいよ。きっと明日は筋肉痛だ。
体力作りは、続けることが重要なのだが、筋肉にも休養が必要。そのため、ローテーションで鍛える部位を変えてるようにしている。
かくして、この日から奴隷たちの苦行が始まった。
もちろん、理由なんて説明していないので、彼女たちにとってはイジメとしか思えないんだろうけどね。
そのへんはアルノルトに任せておこう。
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