第22話:奴隷商の息子は、下着採寸に立ち会う

 翌朝、親父には、店に勝手な指示を出したことを詫びたが、あっさりと許してくれた。

 怒られるんじゃないかと、ちょっぴり緊張していたから拍子抜けしてしまう。


「そういうところは、お前の爺さんに似ているな」


 親父は、祖父と俺が似ていると言って、ニコニコしていたが、誰ですか祖父って。

 あとでアルノルトに聞いたら、親父は二代目だそうだ。

 ということは、俺は三代目になるってわけか。


 不思議なもので、親父が仕事をしている姿をここ二ヶ月の間、一度も見たことがなかった。

 家にいるのか出かけているのか、正直わからない。客が訪ねて来る様子もない。

 ましてや奴隷を店へと送り出す指示をしている姿も見ていない。


 いったい、店に奴隷を送り出すのはどうしているのだろう?

 一人売れたら、一人補充するという形なのだろうか。

 どの奴隷を送り出すか、誰が決めているのか見当もつかなかった。

 わからないことは、直接本人に聞けばいいんだ! とのことで、親父に聞いてみる。


「ところ父さん、店に出す奴隷は父さんが決めているのですか?」

「ああ、それか……それはだな。これだよ、これ」


 親父が取り出したのは、紙の束を糸で綴じたノートだった。

 俺は、以前そのノートに何やら書き込んでいる親父の姿を見ていた。

 やはり、帳面をつけているのか。


「拝見しても?」

「ダメだ、これは私のものでな。お前にいずれは譲ることになると思うが、今はダメだ」


 なんだそれ? 跡継ぎになったらそのノートが引き継がれるということか。

 それほどのものなのか。


「わかりました。跡継ぎになった時の楽しみにしておきます」

「そうか、そうか。ずいぶん物分かりがよくなって安心したよ。お前が、見せろと詰め寄ってきたらどうしようかと肝が冷えたよ」


 がははと笑った親父の言葉を聞いて、そっか、その手があったかと後悔した。

 いまさら、見せろと詰め寄っても、さっき俺が言った言葉を逆手にとって断られるのがオチだ。


 良い息子を演じてしまったことを後悔する。

 周りの者には、まだ以前の怖いニートがいつ顔を出すのかと戦々恐々としている者も少なくない。

 最近は奴隷たちも、少しは慣れてきたのか、以前ほどあからさまに怖がる者も少なくなっていた。


 俺は、自分の部屋に戻ると机の引き出しから紙を取り出し、眺めた。

 この先、俺がしたいことリストだ。


 この数ヶ月の間に、俺は多くの奴隷とは関わりを持たないように意識していた。

 名前すら知らない者たちばかりだ。名前を知っている奴隷は、三人だけ。


 犬人族のパオリーアに、獅子人族のマリレーネ、そして狐人族のアーヴィアだ。

 パオリーアは、俺の前ではおとなしいが奴隷たちには言うべきことをはっきりと言う。

 それでいて、奴隷たちから慕われていた。

 マリレーネは、ムードメイカーで奴隷たちの面倒見もよく、仕事もよくできた。

 最初の頃は反抗的だったが、俺に気軽に話しかけてくれるようになり、彼女と会話することをとても楽しんでいる。

 アーヴィアは見た目こそ幼女っぽく、どこか陰のある子だったが素直でいい子だ。


 この三人を俺は手放したくなかった。

 だから、誰が店に送り出す奴隷を決めているのか知りたかった。

 親父には、この三人は俺の手元に置いておきたいと言うべきなのだろうか。

 それとも、早く跡継ぎになるほうがいいのか。


 跡継ぎか……

 俺の性格では、奴隷商人としては甘いと思う。

 おそらく、現時点では俺のやり方では成功しないかもしれない。

 しかし、この世界から奴隷制度はいずれなくなるだろうと思っている。


 この国が成熟した時、奴隷制度廃止に目が向けられる時が来るはずだ。

 それは何十年後になるかもしれない。逆に数年後かもしれない……

 いずれにしてもその時、奴隷商人としての役割は終わることになる。

 その前に、ある程度の商売の方向性を考えておかなければならないのだ。


 その方法は、徐々に形となってきていた。絵図はできつつあった。

 それで成功するかどうか、その見極めが必要だ。そのために、奴隷商店で実験したいことがあった。

 つい、昨日は商店で助けを求め涙を流す奴隷を見て、カッとなった俺は、自分が描いた理想を押し付けてしまった。

 それによって、店主のジュンテ兄弟にも迷惑をかけてしまっただろう。

 だが、一歩踏み出すきっかけになったのも事実。


 できることなら、この屋敷にいる奴隷たち全員を手元に置いておきたい。

 しかし、そんなことをしては、商売にならず、いずれは廃業ということになりかねない。


 幸い、親父は俺の好きにしていいと言ってくれた。

 失敗しても、金はいくらでもあるという。

 チャレンジする時に金の心配をしなくて良いのだから、お金持ちの家庭に生まれて良かった。

 いつまでもすねかじるつもりはないが、今はありがたく齧らせてもらおう。



 ――――コン、コン、コン


 ドアをノックする音がする。

 入れと声をかけると、アルノルトが入って来た。


「下着屋の女将がいらっしゃいました」


 昨日、奴隷たちが身につける下着の採寸を頼んだのだ。


「わかった。大広間にお通ししろ。それと、奴隷たちも大広間に集めてくれ」


 アルノルトにそれだけ指示をすると、俺は女将に挨拶するため部屋を出た。



 ◆


 大広間に入って、女将に挨拶していると奴隷たちが次々と広間へと入ってきた。

 俺の姿を見て、目を伏せている。これから、何をするのか聞かされていないようだった。

 俺も言っていないし、指示もしていないのだから当然か。

 昨日、パオリーアに下着を買ったことなど、知らない者がほとんどなのだろう。


 ふと、入り口に立つパオリーアに目がいく。

 俺が近づくと、ぺこりと頭を下げたパオリーアがにこりと笑った。

 いい表情だ。いつもより魅力的に感じる。


「悪いが、お前は他の者の採寸を手伝ってくれ」


「かしこまりました」


 大きく開いた貫頭衣の胸元に、大きくてすばらしい谷間がのぞいていた。


 これって、もしやブラをしているのでは……見事な二つの丘は、先端を押し上げられている。

 ブラをして形を整えたパオリーアの胸は、目をみはるほど大きかった。

 買ってよかったよ! ブラチラ最高!


 いかんいかん、俺は妄想モードに入りそうなので頭を振って、気持ちを切り替えた。

 奴隷たちは、列を作り立っている。

 ざわざわと私語をする者が増えてきたところでアルノルトが一喝すると、しーんと静まった。

 なかなかやるじゃないか、アルノルトさん。


 おもむろに、パオリーアが貫頭衣を脱ぎ捨てると下着姿になった。

 おぉーっと歓声が上がる。俺も、一緒におぉーと歓声をあげた。美しい肢体に純白の下着。

 尻の半分までしか布が覆っていないローライズなパンツは、腰の横で紐を結ぶようになっている。


 大きくせり出した尻にピタリと張り付く布は、神々しく輝いていた。

 思わず、手を合わせている自分に気づく。ありがとう、パオリーア。


 パオリーアが、自分の下着姿を見せて、「みんなに、この下着を作るための採寸をするから、順番が来たら服を脱ぐのよ」と、指示を出す。

 うん、なかなかリーダーっぽいじゃないか。年長者だけのことはある。


 静かに並んでいる奴隷たちの中で一人ごそごそと服を脱ぎ捨てた奴隷がいた。

 誰だよ、気の早い奴は。


 よく見るとマリレーネが、さっさと服を脱いですっぽんぽんになっている。

 大きなおっぱいがブルンブルンと左右に揺れる。


 『蝶の羽ばたきが地球の裏側で竜巻を起こす』なんて言葉があるが、マリレーネのおっぱいの揺れが世界の果てで嵐を起こしているかもしれない。

 そんなことを、俺はマリレーネの豊かなおっぱいを見ながら考えていた。


 約三十人ほどの奴隷たち。

 全員が華奢な体つきで、豊満な奴隷が一部を除き見当たらない。

 エルフは特に細身で、俺のイメージとは大きくかけ離れていた。

 巨乳エルフというのはこの世界にはいないのか、全員がペチャパイだ。


 それにひきかえ、マリレーネは腹筋は割れ、腕にも筋肉が浮かび上がっている。いったい、何を食ったらそんな体になるんだ。しかも、巨乳だし。

 巨乳トップスリーは、マリレーネをトップに、パオリーアが来て、もう一人は名前は知らないが赤い髪の奴隷だ。


 ふと、アーヴィアがこちらを向いていることに気づき、目が合った。

 だが、すかさずプイッとそっぽを向く。まだあの子には嫌われているようだ。


 俺は、全員の採寸が終わるのを眺めていた。

 裸になった女の子が次々と採寸されているのを眺めていると、まばたきを忘れていたのか、目がシバシバする。つい、前のめりで見てしまったいたようだ。

 これじゃ、まるで変態オヤジだな。




 女将を迎えに来た馬車の前で、女将は俺に感謝の言葉を言った。

 こちらこそだ。


「はじめて奴隷商人のお屋敷を拝見しましたが、想像と違っていました。あの……失礼ながら、私もっと奴隷たちが酷い扱いを受けていると想像していました。でもこちらの奴隷たちは、みなさん楽しそうに笑顔で驚きました」


「いいんだ。酷い扱いをしていた時期もあったのは事実。もし、女将のように勘違いしている人がいたら、教えてあげてほしい。奴隷商人ソレの奴隷たちは大切にされて幸せそうだったと」

「ええ、ぜひ。では、納品の時にまたお伺いします」


 その後、王都ダバオではおしゃべりな女将が、奴隷商人のお屋敷には美人の奴隷たちばかりいて、とても大切にされて過ごしていたと言いふらしたという。

 おかげで、店の方の売り上げが上がっていくことになるのだった。

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