第21話:奴隷商の息子は奴隷の下着を買う

 大通りだけでなく、広場になったところにも露店が立ち並び、客がひしめき合っていた。

 店の多さと人の数は、さすが王都というだけのことはある。


「王様の城はどの辺りだ?」


「あの向こうに先の尖った屋根が見えると思いますが……」


 アルノルトが指差した方向を見ると、たしかに先端が尖った塔の一部が見えた。

かなり遠いな。


「あれか……。なぁ、王様が住んでいるところって見学できるのか?」


「それは無理です。遠くから眺めるくらいにしたほうがいいでしょう」


 アルノルトに静かにさとされた。

 何を言ってるんだコイツって思われたかもしれない。

 たしかに、観光地化された宮殿ではないのだから、見学できないのは当然か。


 黙ってついて来るパオリーアに、欲しいものがあったら言うように、と伝えていたが、遠慮しているのか何も言わない。

 たしかに、奴隷の身分でアレが欲しい、コレが欲しいなど言えるわけがないよな。

 良さそうな物を見つけたら、俺がみんなに買ってやろう。


 その前に、噂の小さなパンツだ。


 この街にも流行りの小さなパンツがあると聞いている。

 それは、マイクロビキニなのか、それとも紐パンなのか……娯楽がなかった俺は、こんなことでウキウキと楽しい気分になった。

 せっかく来たのだ。できることならみんなに買って帰りたい。


「女が身につける下着はどこで売っているのだ?」


「はぁ……私にはちょっと分かりかねます。……少しお待ちください、聞いてまいります」


 アルノルトは、近くで果物を売っていたおばちゃんに声をかけていた。

 なにやら、ひどい剣幕でののしられている。

 もしや、あなたが履いているパンツはどこで買ったのですか? って聞いたんじゃないだろうな?


 おばちゃんの剣幕にたじたじになりながらも、さすが執事だ。

 しっかりと、怒られながらもいくつか下着を売っている店を聞き出していた。




「こちらの店のようです」


 一番人気店だと言われた店にたどり着く。

 店先からは中の様子は見えないが、店の扉が開くたびに若い女性が出て来た。

 女の園に男の俺が入るわけにはいかないので、パオリーアに店へ偵察に行かせる。


「パオリーア。あの……今流行りのパンツがあるか……見て来てくれ」


「流行りですか? どんな感じのものでしょうか?」


「いや……知らないんだ。これくらいの小さなパンツだと思うのだが……」


 俺は、ちょっぴり赤面しながら手で三角形を作る。おにぎりぐらいの大きさかな。

 もちろん、見たことがないから想像だけどね。


 戸惑いながらも、一人で入っていくパオリーアを見送ると、アルノルトとしばらく外で待っていた。

 女の買い物は長いと聞いていたが、パオリーアはすぐに出て来て言った。


「私にはよくわかりません。いろんな種類があって……」


「そ、そんなに種類があるのか! そ、それでは、パオリーアが欲しいものを買ってこい」


「はい……でも、どういったものを選べばいいのか……」


 パオリーアが申し訳なさそうに困り眉で訴えかけるので、仕方なく一緒に行くことにした。

 女の園に男が二人も入るのは、他の客にも迷惑がかかるということで、俺が行くことに。

 いや、決して入りたかったわけじゃない。

 パオリーアが、俺について来てくれという目をしていたからだ。


「いらっしゃいませー!」


 笑顔で振り返った店員の女が俺の姿を見て、眉を寄せる。

 招かざる客が来たと思ったのが表情でわかった。

 それでも後ろに立つパオリーアを見ると、商魂たくましく話しかけてくる。


「すまないが、この娘の他に三十人ほどの娘がいる。その娘たちの下着が欲しいのだが、まとめ買いはできるか?」


「申し訳ございません。こちらのお嬢様のものでしたら見繕うことができますが、下着は着ける方の体型で大きさが変わって来ます。合わない下着はかえって体型を崩してしまうのです」


 三十着の下着はこの店にとっては儲けるチャンスだと思うが、この女店員は誠実な対応をしていると感じた。この店に任せていいだろう。

 一つ目の店で良い出会いができたと、自分の運の良さを誇った。


 店員は、大口の客と思ったからか、それとも男がいると邪魔なのか、奥の個室へと案内してくれた。


「旦那様の奥様でしょうか?」


「いいや。俺は奴隷商ソレの息子でニートと言う者だ。欲しいのは奴隷たちが身につける下着なのだが……」


 驚いた店員の女性は、パオリーアと俺との顔を交互に見比べていた。

 ちなみに、この女店員が、店主だそうだ。女将さんということか。


「奴隷商の方でしたか。最近は奴隷にも下着を身につけさせるものなのですね。わかりました。もしよろしければ、お屋敷の方へサイズを測りにお伺いすることも可能ですが……」


「そうか、そいつはありがたい。その方法なら一人一人、体型に合う物を買うことができるな」


 女店主は、満面の笑みで何度も頷くと明日の昼過ぎに伺いますと言うので、了承した。


女将おかみよ。すまないが、この女の下着をひとつ選んでほしい」


 俺はパオリーアを指差して言った。

 パオリーアは巨乳だからブラも必要だろうと、上下で選んでくれるように伝える。

 女店主はお任せくださいと、店内にパオリーアを連れていった。


 しばらく待っていると、パオリーアが戻ってきた。何やら慌てている様子だ。


「あの……ニート様。パ、パンツですが……紐になっているものと、ヘソの方まである大きなパンツと、ドロワーズというものがあるらしく……ニート様のお好みは……」


 可愛い顔を真っ赤にして言うと、訴えるような目で俺を見た。


「紐パンだ!」


 俺は間髪入れずに紐パンと伝える。

 パッと明るい表情になったパオリーアは、店内へと戻っていった。

 俺の好みなど聞いてどうするのだろうか。

 獣人族は尻尾があるため、パンツのお尻側がどうなっているのか気になったが、プロの店主に任せておけば問題ないだろう。


 そこからさらに待つこと十分ほどで、小袋を抱えたパオリーアが戻ってきた。

 下着を買ったことが恥ずかしいのか、小袋を強く抱きしめている。

 そんなにきつく抱き締めなくても取り上げたりしないからね。


「旦那様。本日の分はお代をいただいてよろしいでしょうか?」


「もちろんだ。その他の分も前払いしても良いが……」


「それは、後で人数分の下着を納品してからで結構です。旦那様は身元がしっかりしていますから、後でも問題ありません」


 そのわりには、今日の分はしっかり徴収するのだから、どこまで本心か疑わしい。

 商売上手とはこのことを言うのだろう。



 ◆


 俺たちは、奴隷商店の裏手に停めている馬車まで戻ると、店主ジュンテに挨拶をしてから屋敷へと戻った。

 アルノルトに、また店に視察に行くから手配しておくよう命じる。


「ニート様。奴隷にこのような施しをしてよろしかったのでしょうか? 今までのニート様でしたらどうせすぐに脱ぐのだから服なんて不要、ボロ布でも渡しておけと言っておいででしたのに。いえ、決して反対しているわけではございません。むしろ、私は奴隷たちを大切にしてくださって心から感謝しております」


「いいんだ。下着があるとないとでは、大きく違うからな」


「はぁ……そういうものですか」


「そうだ。女は下着を履いていないと、あの、その……む、虫が入っても困るしな」


 虫は入らないだろう、と一人ツッコミをして苦笑いした。

 まぁ、下着は目の保養だ。

 ラッキースケベで見えるのは、ナマの尻よりもパンツの方が格上なのだ。俺の中ではだが……


「パオリーアはどうだ。迷惑だったか? お前も奴隷に必要ではないと思っているのか?」


「いえ……うれしいです。必要かどうかわかりません。でも、こんな高価なものをいただいて、私はその見返りとしてこの身を捧げることしかできません」


「……いいんだ。気にするな」


 俺は、パオリーアが抱きしめている小袋を見る。

 取り上げたりしないから、そんなに強く持たなくてもいいんだよ。


「アルノルト。昔の俺の言葉、俺の命令は忘れてくれてもいい。真逆の方針を立てることもあるだろうが、今の俺の命令をしっかりと覚えておいてほしい。今までの俺なら絶対しない、言わないことを言うだろう。戸惑いもあるだろうが、俺が今までと違った事をやろうとしているのだと、そう認識してくれ」


 アルノルトは、過去の俺とのギャップに苦しんでいるかもしれない。

 きっと、俺がこの世界に来た朝と、その前日までとでは全く違ったはずだ。こいつにとっては、朝令暮改で驚いただろう。


「かしこまりました。さきほど、店主におっしゃったお言葉、よくわかりませんが、奴隷たちのことを思ってくださっていることに感動しました」


「あ、私も……私も、うれしかったです。こんなにも奴隷のことを考えてくださっているのかと」



 俺としてはついカッとなって言ってしまったので、やっちまった感がハンパない。まぁ、いいか。

 その後、二人はやたら俺を褒め称えてくれた。そんなに褒めても、何もあげないよ。


「ところで、パオリーアの下着を買うのが目的だったのでしょうか?」


 アルノルトは、ちらっとパオリーアの顔を見てから俺に言った。


「えっ? 違う違う。奴隷たちみんなに買おうと思ったのだ。流行りのパンツだそうだからな」


「そうですか……さすがでございますね」


 アルノルトは、訝しげに俺を見てきたが、パオリーアは満面の笑みを浮かべ、ありがとうございますと頭を下げた。


 パオリーアは本心で感謝してくれているとわかる。

 だが、アルノルトは何も買ってもらえなかったからと嫌味を言っているようにも思える。

 次は、こいつにも何か買ってやろう。

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