第6話:奴隷商の息子は臭い奴隷が嫌い②

 


「お呼びでしょうか?」


 執事のアルノルトは、ドアの前で一礼すると部屋に入ってきた。

 狐耳の少女は、不安そうな顔でアルノルトの陰に隠れるように立っている。


「奴隷たちの住んでいるところが見たい。案内してくれ」

「なぜ、そのような。何をなさるおつもりですか?」


 執事らしく、毅然とした態度で接してくれて俺はうれしい。なにしろ、今朝ここで目をさましてから女の子たちはみんな怯えているから、どうも居心地が悪かった。だが、執事のアルノルトは、普通に話ができるのでありがたい。命令口調だと、こうもすんなりと会話ができるのか。


「アーヴィアの体が臭い。それに、その足、虫に噛まれたりして傷だらけだ」

「はい……そ、それがなにか?」


 怪訝な顔をしたアルノルトは、チラッとアーヴィアの足を見る。やせ細った足には、無数の虫刺されと掻きむしった跡が無数にあった。


「それが何かだと? 気づかないのか。不衛生なんだよ。かわいそうだろ!」

「はっ、確かに不衛生ですが……ニート様は以前、奴隷は体を洗う必要はないと……」


 え、俺そんなこと言ってたの?

 ……マジか、だからアルノルトはキョトンとしてるんだ。


「前言撤回する。俺は臭いのが嫌いなのだ。特に頭がくさいのだけは我慢できん」

「え? ニート様。以前は、獣は獣の匂いがしないと興奮しないと……そのように仰っていましたが」

「そ、それは、あれだ……その時の気分だ。さぁ、とりあえず、奴隷がいる環境を視察する。案内せよ!」


 アルノルトは短く返事をすると、奴隷が住む棟まで案内してくれた。

 アルノルトが先頭で、俺がついていき、その後ろにアーヴィアが歩いている。

 時々、気になって振り返るとアーヴィアと視線があったが、プイッと下を向かれてしまう。

 やはり、どうやら嫌われているらしい。


 想像以上に大きな屋敷に驚いた。

 壁は石造りで床は木でできている。見上げると大きな木材で床組を作り、板張りとなっているのが見えるので外壁が石造りで、そのほかは木造の建物だった。

 廊下にはいくつも部屋があったが、まったく人の気配がない。


「部屋が多いけど、これ全部何に使ってるんだ?」


 俺の問いに、アルノルトは短く答えた。


「このお屋敷はもともとご領主のお住いでしたが、お引越しされ、それをご主人様がお買い求めになりました。そのため、空き部屋が多いのです」

「では、この家の使用人はどこで寝泊りを?」

「別館でございます」


 無駄に大きいだけの屋敷。使われてない部屋がこれだけ多いと掃除も大変だろう。

 俺は、まだこの世界に来て一日も経っていないのでこの世界のルールはわからないけど、もう少し有効活用してはどうだろうかと思った。


 異世界というと西洋の中世っぽい世界を想像していたが、窓から見る限り前の中東っぽい感じに思えた。砂漠でも近くにあるのかもしれない。



 ◆


 想像以上に劣悪な環境に奴隷たちは置かれているのがわかった。

 建物は二階建てだが、一階は大きな部屋に仕切りをいくつか作り、その一区画ごとに十人ずつの奴隷が入れられていた。

 檻ではなかったので、想像していたよりはマシかと思ったのだが、とにかく臭い。糞尿の臭いだけでなく、残飯の匂いというか、排水溝の匂いというか、俺の鼻がバカになってしまうのではないかと心配するほどだった。


「便所はどうなっている?」

「便器は、あの部屋の隅にある壺です」


 アルノルトが指差した方を見ると、確かに大きな壺が置かれている。その上に板を乗せてあるが、それが便座ってことか。

 俺がしばらく部屋の様子を見ていると、多くの奴隷たちが跪いて頭を床にこすり付けるようにしている。


「男の奴隷は二階か?」

「いいえ、男の奴隷は現在はいません。それも覚えておられないのでしょうか? 以前に、子供ができては売り物にならないからと、男の奴隷は仕入れないことにされたのですが」


 それも俺が元凶か。まぁ、確かに子供ができては困るだろうけど、男手がないと奴隷たちも何かと生活が苦しいだろうに。


「本館のほうには風呂はあるのか?」

「いえ、ご主人様とニート様がお使いになる浴場だけでございます」

「お前たちは? 使用人たちの風呂はどうしている?」

「私とデルト、それにコラウスは離れに水場がありますので、そちらで体を洗っています。使用人は私を入れて三人で、雑事は奴隷を使うようにと以前ニート様が」


 わかったと答えたものの、過去の自分が本当に鬼畜だったのだと思い知らされた。見ていてかわいそうだけど、この世界のルールがわからない以上、余計なことは言えない。だが、この奴隷たちが売り物だとしたら、もう少し大切に扱っていいのではないだろうか。


 俺は、後で親父にその辺りのことを聞くことにした。

 それより、使用人が三人いたことを初めて知った。アルノルトにデルト、それにコラウスの三人か。名前からして男性だろう。

 この屋敷には、親父と俺、そしてこの三人が男ってことになる。

 後で、会って話がしてみたい。


 室内や二階など一通り見て回ったが、一階は獣人族が寝泊りし、二階はエルフや人間の奴隷が寝泊りしていた。

 エルフは、数人だけだったが暗くてよく見えなかったが、今度この目で見てみたい。

 あぁ、ゲームの続きしたかったなぁ。奴隷ハーレムの世界に戻りてぇ。


 一通り、視察を終えるとアルノルトに尋ねた。


「状況はよくわかった。この奴隷の中にリーダー格の娘はいるのか?」

「はい、パオリーアが年長者で、その者が取りまとめをしておりますが、それがなにか……」


 俺は、全員が髪と体を洗い終わったら報告するようにと伝えてその場を去った。

 アルノルトが、最後にみんなに向かって指示を出す。


「お前たち、これから順番に髪と体を洗え。ニート様は臭いのが嫌いになられた! 今後、臭い奴は容赦なく鞭打たれると思え! これから順番に、別館の水場に行け。全員だ。パオリーアの指示に従うこと!」


 うんうん、それでいい。とりあえず女の子は綺麗にしておかないとね。

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