【新説昔話集#2】うらしま亀の恩返し

すでおに

うらしま亀の恩返し

 むかしむかし、ある男が海で釣りをしていました。


 近くで子供たちが騒いでいるので、見るとみなで一匹の亀をいじめています。棒で突いたり、ひっくり返したり。

 男は見かねて

「そんなことをしたら可哀そうだ。これをあげるから止めてやれ」

 持っていたまんじゅうをあげました。

 すると子供たちはいじめるのを止め、美味しそうにまんじゅうをほおばりながら帰って行きました。

 男はひっくり返った亀を起こし

「もう捕まるんじゃないぞ」

 と言って海に帰してあげました。


 次の日のこと。

 また男が海で釣りをしていると、一匹の亀が近づいてきました。昨日の亀でした。亀は男の側に来て言いました。

「昨日はありがとうございました。お礼がしたいので背中に乗って下さい。竜宮城にお連れします」

 男は驚いて「竜宮城?」と聞き返すと

「海の中にあるお城です。乙姫さまがご馳走をご用意してお待ちしております」

 と亀は男に告げました。

 その時です!

 突然岩陰から一匹の鬼が現れました。

「海の中の竜宮城だと?面白い。俺を連れて行け」

 鬼は亀に凄みました。

 十尺はあろうかという大きな鬼に、亀と男は震え上がって身動きをとることもできません。

「何をしている?早くしないとお前たちを殺してしまうぞ」

 亀は恐れおののき、鬼を乗せ、立ちすくんだままの男を横目に海に潜っていきました。


 さあ大変です。

 鬼が着くと竜宮城は大騒ぎになりました。逃げ惑う者、隠れる者。

 しかしそんなことはお構いなしに鬼は竜宮城で大暴れ。城中を荒らし回り、金銀財宝を全て奪い取りました。

 すると今度は

「酒だ!酒だ!酒を持ってこい!ご馳走も忘れるな!」

 酒を用意させるとひとりで酒盛りを始めました。

 次の日も、その次の日も、朝から晩まで呑み続けました。

 一週間もすると城中の酒を呑み尽くし、ご馳走も平らげてしまいました。

「どうした?もっともっと酒を持ってこい!」

 乙姫様が

「もうお城にはお酒はありません」

 と言いましたが

「なに?嘘を吐くと承知しないぞ」

 鬼は城の中を探し始めました。

「ひっくひっく、酒はないか」

 赤ら顔であちこち探し回っていた鬼は、一つの戸棚を見つけました。中には何やら箱が入っています。開けてみるとたくさんの小判が入っていました。

 その箱は「玉手箱」と言って、城を訪れた客人に贈る土産でした。

「まだこんなものを隠していやがったか」

 鬼はそう言って小判を全て奪うと

「代わりにこれを入れてやろう」

 すぅ~~と大きく息を吸い込み、はあぁ〜〜と白い煙を吐き出しました。

 鬼の吐いた煙は、人間が浴びると一瞬で老人になってしまう、とても恐ろしいものでした。

 鬼は玉手箱に煙を入れるとそっと元に戻し、ひっひっひと笑いながら戻って行きました。


 こうして城中の酒を呑み干し、財宝を奪い尽くした鬼は陸に帰ることにしました。

 亀に乗った鬼は

「またすぐに戻って来てやるぞ。それまでに酒を用意しておけ。わっはっはっは」

 そう言い残して帰って行きました。

 鬼の背中が見えなくなるのを見届け、乙姫様はようやく胸をなでおろしました。

 しかし、その時です!

 亀が戻ってきます!

 心臓が止まりそうなほど驚きましたが、よく見ると違う亀です。背中に乗せているのは人間の男でした。

 その亀は乙姫様の元へ来ると言いました。

「この方は私がいじめられているところを助けてくれました。お礼をしたくお連れしました」

 男は名を浦島太郎と言いました。

「これはこれはよくお越しくださいました。どうぞお入りください」

 そう言ったものの乙姫様は困りました。歓迎の宴を開こうにも酒はなく、ご馳走もほとんど残っていません。

 乙姫様は仕方なく鬼の食べ残しを出すことにしました。残り物を寄せ集め、端を切り落としたり裏返したりと盛り付けを工夫し、何とか見栄えだけは整えました。とても申し訳なく思いましたが、貧しい村で育った太郎にはそれでもご馳走に見えました。

「うわぁ、凄いご馳走だ。うまいうまい。こんなに美味しいものを食べたの初めてだ」

 手を打って喜びました。


 次の日になりました。

 竜宮城には客人には翌日帰すという決まりがあります。竜宮城は時間がたつのがとても早く、ここではたった一日でも陸では百日過ぎてしまうからです。本来なら浦島太郎も帰さなければなりません。

 しかし乙姫様には心配がありました。

 鬼の言葉です。

「またすぐに戻って来てやるぞ。わっはっはっは」

 太郎を帰すなら亀が乗せていかなければなりません。

「陸で鬼が待ち伏せているかもしれない」

 不安に思った乙姫様はもう少し太郎を城にいさせることにしました。

 そしてまた宴の時間になりました。食べ物は昨日より少なくなっています。そこで少しでも場を華やげようと考えた乙姫様は鯛と平目を呼んで言いました。

「もうお酒もご馳走も残っていません。客人をもてなすため舞を踊ってくれませんか」

 鯛と平目は

「めっそうもございません。舞など踊ったことはありません」

 と断わりました。

 しかし乙姫様に

「大丈夫です。一生懸命踊れば喜んでくれるはずです」

 そう言われ、鯛と平目は渋々、ぎこちないながらも、舞を披露しました。

 貧しい村に生まれ、舞など見たことがない太郎はとても感激して

「これはこれは結構な踊りだ」

 と手を叩いて喜びました。


 そうこうするうちにすっかり竜宮城を気に入った太郎は、乙姫様が何も言わないのをいいことに、当分居座ることにしました。

 乙姫様も鬼の待ち伏せを恐れ、太郎が帰ろうとしないのを内心喜んでいました。

 そのうちに新しい酒と御馳走が出来上がり、太郎はますます気分が良くなって、すっかり竜宮城に腰を落ち着けました。そしていつの間にか一年経ち、二年経ち、気が付くと三年の月日が流れていました。


 さすがに三年も経つと太郎も家が恋しくなりました。

「家に帰ることにします」

 と乙姫様に言いました。

 陸の上では三百年が経ち、もう鬼もいないだろうと乙姫様も胸のつかえが下り

「そうですか。分かりました。ではお土産を差し上げましょう」

 太郎を戸棚の前まで連れて行きました。

「この玉手箱を差し上げます」

 手に取ってはっとしました。たくさんの小判が入っているはずなのに、とても軽かったのです。乙姫様はすぐに鬼の仕業と気づきました。

 しかしもう後には引けません。箱を渡すと苦し紛れに太郎に言いました。

「この箱を差し上げますが絶対に開けないでください」


 こうして太郎は箱を大切に抱えて帰って行きましたとさ。

 おしまい

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【新説昔話集#2】うらしま亀の恩返し すでおに @sudeoni

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