第11話 開胸
ザッ、ザッ、ザッ。
俺はフェネルをおんぶして歩いていた。
帝都郊外にある街の宿屋まで後もう少し。
「マスター、苦しそうです。重い?」
「はあっ、はあっ、そんなことはない。フェネルは軽いよ」
急いでいるのには理由がある。
一刻も早く、フェネルの胸部を開き、内部で何が起きているのか確認しなければならない。
鼓動もそうだが、嫉妬の心というスキルも気になる。
もしかして、ハート型の部位に何か起きているのでは?
他の魔巧人形なら、屋外で開胸するのに抵抗はさほどなかったが、フェネルにはとてもそんな気になれない。
今のフェネルを見ていると、より一層その思いを強く感じる。
☆☆☆☆☆☆
「フェネル、しばらく眠ったふりできるか?」
「はい。マスター」
俺は帝都郊外の街に着き、他の店には目もくれず宿に向かう。
大通りに目立つように建っている一番良さそうな所を選ぶ。
ここは帝都に近いためか、商人がよく泊まっているようだ。
「えと、一人……いや、二人部屋をお願いします。空いている部屋で一番良いところを」
「承知いたしました。お連れ様は、いかがされましたか?」
「ああ平気だ。疲れて眠ってしまった」
深夜に俺たちのような二人連れは珍しいのだろう。宿の主人は丁寧な口調の中、少し怪訝な顔をする。
俺は背負っているフェネルをちらりと見て、再び主人の方を向く。
「お客様、一番良い部屋はややお値段が——」
「ああ、問題ない。前金だ」
そう言って、じゃらりと金貨を渡すと急に愛想がよくなる店主。やはり、帝国では金の力は大きい。
「部屋は三階で、これが鍵でございまう。何かあれば何なりと声をおかけ下さい」
「ありがとう」
鍵を渡され、階段を上っていく。
そして部屋に入り、荷物を降ろしフェネルをベッドに横たえた。
「ふうっ……」
やっと一息つける。
まさかこんなに疲れるとは思わなかった。
あの魔巧人形との戦闘からここまで、緊張しっぱなしだったからな……。
でも、これでようやく落ち着けるが、寝る前に——。
って、見るとフェネルは立ち上がっていた。
「フェネル治ったのか? 具合はどう?」
「問題ありません。戦えます、マスター」
「そうか。ちなみにいつから?」
「……少し前からです」
一瞬言い淀むフェネルだが、すぐに返答する。
少し曖昧な返事が気になったけどまあいいか。
「マスター。兵器庫はどこでしょうか?」
「うん? どうして?」
「マスターがお休みになるのなら、兵器庫で待機しようと思って」
フェネルは夜になると、兵器庫で待機することを軍から命じられていた。
俺は宿舎や夜営時は宿泊用テントで過ごさせたいと考えていた。余裕がないのなら、同室にしてくれと上長に掛け合ったことがあった。でも、あくまでフェネルは兵器扱いのままで、結局最後まで認められなかった。
だから、フェネルは兵器庫で他の魔巧人形と共に夜を過ごしていた。
軍の魔巧人形は喋ったり会話ができるわけじゃ無い。フェネルは寝る必要が無いため、一人で、無音の真っ暗な兵器庫で朝を待っていたようだ。
俺が太陽と共に迎えに行くと何事もなかったように挨拶をしてくれた。
長い長い夜の時間、フェネルは何を思っていたのだろう?
「いや、これからは一人で過ごすことはないよ。今日は俺と一緒にこの部屋で休もう」
「え……はい!」
フェネルが戸惑いを見せつつも、元気よく返事をした。見ると、少し口元が綻んで顔を上気させている。
そんなフェネルの表情にドキリとしつつも、先に確認しないといけないことがあった。
「フェネル、服を脱いでベッドに横になって欲しい」
「はい、マスター」
躊躇無くドレスを脱ぎ始めるフェネル。今まで負傷が疑われるときはこうして確認してきた。
何か異物が体内に入り込んでいないか、損傷が発生していないか。
整備のためフェネルの裸は何回か見てきたので、別段何か感じたりすることはない。
下着姿になり、白い肌が露わになる。しかし、一目見ただけで前と明らかに違う。皮膚はしっとりとし艶やかさが増している。
「下着も脱ぎますか?」
「うん……上だけでいい」
しゅるりとブラを外したところで、膨らみの先の色づいた所が一瞬見え俺は反射的に視線を外した。
今までこんなこと無かった。
俺は今まで、人間と同じように接しつつもどこかでモノのように見ていたのか?
でも今は、一人の女の子にしか見えず、息づかいまで聞こえてきそうな姿を直視することができない。
「マスター?」
「い、いや、胸は両腕で隠すようにしてくれないか?」
「? ……はい」
僅かな間の後、フェネルはベッドの上に横たわった。
両腕で胸を抱えるようにして隠している。
こ、この姿はこれで……。フェネルが慕ってくれるのをいいことに、すごーく悪いことをしている気分になる。
いや、俺はフェネルを管理しないといけないんだ。そう思うことにする。
フェネルを見下ろす俺に、彼女は少し口の端を下げて聞いてくる。
「マスター、顔が真っ赤です。いつもと違います」
「あ、い、いやこれは……なんでもない大丈夫だ。心配しないでいい」
「……はい」
そう言って、彼女は脇腹を見せるように横向きになる。
フェネルを開胸するため、脇腹にある繋ぎ目……スリットに指を差し込むわけだが。
……ない! 繋ぎ目が——。
「フェネル、触れるよ?」
俺はフェネルの脇腹に指を置きつーっと滑らせる。すべすべとした滑らかな手触りで、温もりすら感じる。
しかし、肌にあるはずのスリット——つなぎ目が見つからない。
「あっ……」
指先が肌に触れると、ぴくっと反応するフェネル。そして僅かに熱っぽい吐息を漏らす。
えっ?
触れただけでは、特にこの脇腹の辺りは何も感じなかったはずなのに。
「んっ……あんっ」
「ご、ごめん!」
俺は思わず、フェネルの肌から指を離した。
「いえ、そのマスターの指が……気持ちよかったです」
頬を紅潮させつつ、そう呟くように言うフェネル。
戸惑うフェネルの姿にかえって俺は冷静になっていく。気持ちいい? 今までフェネルがしなかった表現だ。
「フェネル、本当に身体は異常がないのか?」
「はい。マスター」
その声はいつものフェネルのもの。
俺は余計な疑念を振り払うよう頭をぶんぶん振り、とりあえず開胸するのは諦めることにした。
本格的に胸腔内を調べるのは、カレンの国に行ってからにしよう。
それはそれとして、脇腹以外の部分にも継ぎ目はあるはず。次は彼女の腕を手に取りそれを探る。
「マスター、くすぐったい……ひあっ」
手、足、背中……。
うーむ。元より繋ぎ目がほとんど分からないフェネルの皮膚だったけど、どこもかしこも肌は滑らかで見つけられなかった。
俺はフェネルの内部を見るのを諦めた。
「もう今日は休むか。フェネル、お疲れさま。もう楽にしていいよ」
「ふぅぅ。はい、マスター」
「この部屋は風呂付きのようだから、汗を流そう。フェネル、先にお風呂に入っちゃって」
言ってから気付く。
それはフェネルも同じだったようだ。
「マスター、私にお風呂の入り方を教えて下さい」
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