第8話 野盗討伐(1)

 野盗たちの拠点は驚いた事に普通の寺だった。


 子どもたちの言う事を疑っていた訳ではない。

 放置された廃寺あたりを野盗の類が占拠しているのか、と想像していただけに驚いた。


 むしろ普通よりも余程綺麗で広い寺だ。

 住職だけでなく何人もの僧侶もいる。


 野盗と寺がグルになっていた。


 子どもたちに魚や鳥獣を狩らせたり、山菜やキノコを採取させたりしてそれを領内で売る。

 狩猟採取以外の時間は子どもたちに雑用をさせて、自分たちは怠惰たいだむさぼっているのか。


 座の権利を有している寺と武力を有している野盗。

 利害が一致したようだ。


 子どものような社会的な弱者を食いものにするとか、完全に腐ってやがる。

 この時代、寺社が腐っているのは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。


 俺の中にわずかにあった正義感が沸々とたぎる。


 子どもたちの話通りならそろそろ夕食を終えた頃だ。

 先程偵察に出した者からの報告では台所あたりから煙が出ていたそうなので間違いはないだろう。


 寺の方を見ながら、この戦いでの二つの課題に思いを巡らせる。

 ここは戦国の世だ。生き残るには他者を押し退けるだけでなく自身の手を汚す必要もある。その第一歩がこの戦いだ。


 先ず一つ、俺はここで野盗を、人を斬る!

 もう一つは、作戦が失敗して子どもたちが人質に取られた場合だ。


 人質となった子どもたちを気遣って味方の兵士たちに犠牲を出す訳にはいかない。


 そのときは子どもたち、いや、浮浪児たちが犠牲となるのを躊躇ためらわずに野盗の討伐を続行する。


 俺の視線は寺へと歩いて行く子どもたちに自然と向けられた。

 寺の門からおよそ五百メートルの場所で一人の子どもがこちらを振り返った。


 最年長の少年、宗太だ。つられるように全員が俺を振り返る。

 誰もが不安そうな顔をしていた。


 俺は振り返った子どもたちを安心させるように微笑む。


「どうした、不安か?」


 俺の言葉に何人かが素直にうなずいた。

 そんな彼らを勇気付けるように俺は自信満々に言い放つ。


「安心しろ! 私たちは強い。そこいらの山賊や野盗など一ひねりだ。正々堂々、真正面から打ち破ってみせる!」


 俺の言葉に子どもたちは安心したのか力強くうなずいて寺の門へと走って行った。


 ◇


 安心しろか、それは全てが上手くいったら、の話だ。

 俺は彼らの事を意識の外に追い出そうと頭を強く振った。


 こんなところで情に流されていてはこの先大勢の兵士たちを無駄に死なせるだけだ。

 兵士の後ろには妻もいれば子どももいる。彼らを路頭に迷わせたり悲しませたりしたくない。


 今日だけじゃない、これから先も、だ。犠牲が出るのはやむを得ない。

 だが、最小限の犠牲で止める。


 そんな決心を改めて固めたところに新たな報告が届いた。


「殿、寺の中から笑い声や大声での会話が聞こえてきました」


「そうか、ありがとう。配置に戻っていいですよ」


 一礼してすぐに持ち場へと戻る侍の後姿から寺へと視線を移す。

 かたわらに控えていた善左衛門ぜんざえもんが口を開いた。

「どうやらここまでは順調のようですな」


「ここからだ」


「良い心がけです。順調に進んでいるときこそ慎重になるべきです」


「ここから全てが始まる。領内の改革を推し進めるぞ。善左衛門、あてにしているからな。改革を成し遂げるまで死ぬなよ」


 善左衛門のこうべが静かに垂れた。


 ◇


 寺から少し離れた森の中に身を隠していた俺のもとへ次々と伝令がやってくる。

 寺を包囲する形で配置した各部隊の伝令が準備の整ったことを知らせる伝令だ。


「殿、久作様の隊配置に付きました」


「右京様の隊配置に付きました」


「十助隊、整いました」


五郎作ごろうざ様の隊、完了です」


内蔵助くらのすけ様、完了いたしました」


 集まった兵は百三十名。

 内情は臨時で集めた領民の若い衆が三割以上を占める。


 これを六隊に分けて野盗の本拠地となっている寺を包囲するように配置した。

 正面は俺の指揮する本隊三十名。


 うん、次々と飛び込んでくる伝令の報告を聞いていると、まるで戦をしているような気分になる。

 実際は単なる野盗討伐でしかないのだが。しかも奇襲攻撃だ。


 作戦は単純。

 先程の子どもたちが大量の魚と酒を手土産に持って戻る。


 そして、『会いたがっている大人がいる』『夜、改めて訪問するので門の外で会って話をしたい』『もちろん話を聞いてくれるなら礼金を払う』といって幾ばくかの金と『彼らと手を組んで甘い汁を吸いたい』と記した手紙を野盗の頭に渡す。


 その間に他の子どもたちは寺の中にいる子どもたちを出来るだけ一箇所に集める。

 普段のこの時間は馬小屋にいるそうなので馬小屋に集めるよう指示をしてある。


 それが無理ならどこか適当な場所に集まって白旗を揚げるように白旗も数枚持たせていた。

 野盗の頭がのこのこ出てきたところで、その頭と門番を始末する。


 続いて正門から三十名の兵が隠密裏に侵入して数名の兵士を割いて馬小屋に集まった子どもたちの保護。

 並行して残る二十名余りの兵士が後片付けをさせられている子どもたちがいる台所から討ち入る。


 野盗が騒ぎに気付く頃を見計らって五つの部隊が五方向から寺の壁を越えて乱入。

 力攻めで制圧する。


 完全武装で三倍の兵力を以って酔っ払い相手に不意打ちを仕掛けるんだ、負けるはずがない。

 心配なのは中の子どもたちが巻き込まれないかだ。


 こればかりは運もある。

 申し訳ないが彼らの強運を信じる事にしよう。

 

 兵は既に配置済みだ。

 寺の正門付近で野盗の頭を迎えるのは俺と善左衛門。


 他の俺の隊の連中は寺の正門から死角となるようそれぞれ周囲に身を潜めていた。


 ◇


 子どもたちが寺に入ってから、かれこれ三時間。

 ようやく門が開いた。

 姿を見せたのはヒゲ面の野盗と先程の子どもの一人、宗太だ。


 野盗は案内をした宗太を先に門から出すと、自分は門から半身を覗かせた状態で辺りをキョロキョロと見ている。

 随分と慎重だな。


 それに子どもを盾にするとか、予想は出来たけど卑怯なやつだ。

 そして宗太からは野盗一人、見張りを含めて周囲に大人がいないとの合図がでた。


 完全に油断をしている。

 野盗らしくていいじゃないか。


 門の隙間から辺りをうかがう野盗に向かって歩き出す。

 商人の格好に扮した俺と善左衛門は怯えるような素振りを見せながら近づいて行く。


 すると、野盗は俺たち二人が丸腰である事を確認したのだろう。

 余裕の笑みさえ浮かべて先に出していた宗太を押し退けるようにして門から出てきた。


 クズだ、この野盗は間違いなくクズだ。

 野盗は宗太から受け取った銀の入った布の袋を左手でもてあそびながら話し掛けてきた。


「てめぇらか? 俺様に会いたい、ってのは?」


「はい、私は竹中様の領内で商いをさせて頂いております――」


 野盗は俺の言葉を強い口調で遮ると、手に持った銀の入った袋を目の高さまで上げる。

 なるほど。欲にかられて一人出来たのか。バカなヤツだ。


「てめぇの事はどうでもいい! 用件をさっさと言いな。それと、まだ持ってるんだろう? そいつも寄越よこしな!」


「若旦那、これを」


 善左衛門が野盗の言葉にすかさず自分の懐から財布を取り出して俺に渡した。

 野盗の目が財布に注がれているのが分かる。


 俺は野盗から目を逸らすようにして財布を放り投げると怯えた演技を続ける。


「こ、これが、き、今日持ち合わせている、全てです」


 野盗は俺が放り投げた財布に視線を向けてこちらを見ようともしていない。

 そして財布を拾いながら口を開いた。


「じゃあ、話を聞いてやる。用件を言いな」


 上機嫌な野盗の声が聞こえた。

 続いてくぐもった声が聞こえ、ドサリッと何かが倒れる音がする。


 振り向けば二十本近い矢を全身に受けて、ハリネズミのようになった野盗が地面に転がっていた。

 即死のようだ。

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