9-7
階段の途中から、母お手製のクリームシチューの匂いが鼻を擽り始めた。その匂いだけで、胃袋が元気に活動を始める。先程まで気落ちしていたと言うのに、身体は旺盛に栄養を求めているなんて、我ながら現金なものである。
食卓につき、まろやかなシチューに舌鼓を打っている最中、携帯がメールの受信を知らせて来た。
送り主は、鈴原紗絵。
『うい~っす、心配かけた、ごめん。とりあえず腹決めた。明日から動き始めるから、和葉も放課後付き合う事、いい?』
いつも通りの紗絵の口調を文字にしたような文章に、ホッと胸を撫で下ろす。
すぐに返信をしようとした所で、母に窘められる。
「行儀悪い。ご飯食べてからにしなさい」
真っ当な正論を半分だけ聞き、私は大急ぎで――残念ながら私なりの大急ぎになってしまうのだが――それでも大急ぎでクリームシチューを平らげ、部屋へと引き上げた。
『うん、放課後は大丈夫。ところで私は何をすればいい?』
メールに文章を打ち込み、送信を押す前に、ふと手が止まる。
――何をすればいい、か……。
受け身な態度では、紗絵の力になれるか分からない。なので、メールの終わりを少しだけ変える。
『私は何をしたらいい? 何でも言って』
思案するが、情けない事に今の段階で自分に何が出来るのか分からない。受け身には変わらないのだが、少しだけ積極的な文章に変え、送信ボタンを押した。
5分程して、紗絵から返信が届く。
『あ~、ってか何をしたらいいのか私もよく分かってない。とりあえず、何人か頼りになりそうな奴らに声掛けておこうと思う。とりあえず、和葉は私の隣に居て。和葉の役割としては、一先ず私の癒し担当大臣だから(笑)』
――癒し担当?
肩でも揉ませられるのかと考えるが、その程度でいいならいくらでも、喜んで揉ませて頂こう。
そんな事を考えていると、紗絵から更にもう一通メールが届いた。
『そうそう、やるからには、本気出すから。そのつもりで宜しく! んじゃ、おやすみ~』
どうやら我が親友のジャンヌダルクは、戦乙女としてさらなる闘志を燃やしたようだ。
順哉さんのおかげだろうか?
英気を養う為に早めに休んだのだろう紗絵の元へ、野暮な返信を飛ばす事はせずに、一先ず、紗絵が持ち直しましたと言う内容のメールを順哉さんに打つ。
「順哉さん、とりあえず、紗絵が峠を越したみたいです、ありがとうございました。どんなメールを打ってくれたんですか、ハテナ……、と」
口に出して文章を確認している最中、一件の新着メールが届いた。
受信ボックスを開くが、そこに表示されているのは、見た事の無いアドレス。
――スパムメールかな?
何の気無しに開くと、煌びやかな絵文字がふんだんに散りばめられた、非常に可愛らしいメールが姿を現した。
『和葉ちゃん、メールでは初めましてだね。理音で~す。みっちゃんからアドレスを聞いちゃったので、早速送っちゃいました。さっきは急に帰っちゃってごめんなさい。ピアノのお稽古の時間だったの。せっかくお友達になれたので、これからも仲良くしてね。ばいば~い』
マッハのスピードで訪れた現実の不意打ちに、思考がさっぱり追いつかない。
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