8-2

 大急ぎで用意をした私が玄関に戻ると、何があったのか知らないが、3人はすっかり意気投合していた。テンションの高い女三人、朝から姦しい事この上ない。

 階段から降りて来た私を見るなり、母は声を上げた。

「何よあんた、頭ボッサボサのままじゃない」

「ちゃんと梳かしたよ?」

「これで? 本当に下っ手くそなんだから~、道子ちゃん、紗絵ちゃん、一分待って貰っていい?」

 苛つくような口調とは裏腹に、母は意気揚々と居間へと向かい、すぐさま櫛を片手に戻ってきた。

 玄関前に座らされ、母曰くボサボサのままの頭に、櫛を当てられる。

 ――時間無いってのに~。

 そう思いながらも、若干気分がいいのは、幼い頃からの条件反射によるものだろうか?

 道子と紗絵がこちらをにまにました顔で眺めて来ているので、若干居心地は悪いのだけれども……。

「はいOK」

 母が私の頭を両手でポンポンと叩き、終了の合図を出す。

「それじゃ、行ってきま~す」

「行ってきま~す」

「はい、行ってらっしゃ~い」

 紗絵と道子の挨拶に、母が陽気な笑顔を返した。

 ――なんて晴れやかな笑顔だ。

 その顔を見て苦笑しか出て来ないのは、私が彼女の実の娘だからだろうか?

「行って来ます」

 申し訳程度に呟く。

「和葉のお母さん、面白いね。話してたらこっちまで楽しくなって来るわ」

 道子が楽しそうに、初対面の母について語り出した。

「そうかな?」

「あれで料理も上手くてさ、朝から娘の頭に櫛を当てられる位余裕があって、ついでに気風もいい。和葉のお父さんは、いい人見つけたってもんだよ」

 紗絵が語る母は、すでに私の知っている母では無い。

「ところで、今日はどうしたのよ? そもそも、家の場所よく分かったね?」

 学校への道すがら、当然の疑問を投げかける。

 二人とは二年生に上がった時に仲良くなったのだが、お互いの家にお邪魔した事なんて一度も無い。

「ああ、和葉の家の場所は、順哉さんに聞いた」

「どうして順哉さんが家を知ってるの?」

「お姉さんの引越しを手伝った時に行ったって言ってたけど?」

「あー……」

 言われて思い出す。

 お姉ちゃんが大学に合格し、一年程してから今のアパートに引っ越す際、何人か知り合いの男の子を手伝いで呼んでいた。あの中に、順哉さんも居たのだろう。

 正直、全く覚えていないけれど……。

 それにしても、順哉さんと紗絵の連携プレイの巧みさはどうだ?

 この二人を組ませてしまった事が、後々恐怖へと繋がらない事を祈ろう。

「んで、どうして今日はわざわざ?」

 残っていた方の疑問をもう一度口に出すと、急に道子が後ろから抱きついて来た。

「和葉~、ごめんね~」

「え? 何が?」

「いや、あの、花火の時とか、何か私が無理矢理持って行ったせいでさ、あんたら妙に気まずくなっちゃったじゃない? こないだファミレスに集まった時も、何か変な空気漂ってたしさ~。段々、悪い事したなぁ~って、思っちゃった訳よ~」

「そんで、その相談を受けた私が、わざわざ順哉さんから和葉の家の場所を聞き出して、わざわざ一緒にこうして迎えに行ってあげたって訳。どう? 持つべきものは親友だと思わない?」

 紗絵がニヤニヤしながら、逆側から抱きついて来た。

 朝の往来で女子高生三人が抱きあいながら歩いている。

 何とも異様な光景だろうが、それより何より、二人ともがっつりと体重を預けて来るので、歩きづらくてしょうがない。

「わかったから、ちょっと離れて! 転ぶ、転ぶから!」

 私の熱意が伝わったのか、二人共とりあえず身体を離してくれた。

「ん~、玲央君と、ちょっと空気がおかしくなっちゃったのは、そりゃ、それもちょっとあるけど、別にそれは、道子のせいじゃ無いし、寧ろ道子は、私の為を思ってやってくれたんだから、気にしなくていいよ?」

 善意の行為が例え失敗に終わったとしても、それを責める程、了見の狭い人間ではいたく無い。

 寧ろ、立ててくれたお膳をひっくり返してしまった事に、申し訳無さを感じる。

「そうは言ってもね、大藤はまだしも、和葉には悪い事したなって思っちゃったのよ。だから、マジでごめん」

「もういいってば、大丈夫だって」

 道子の眉間に寄った皺が、少しだけ緩くなる。

「でも、そんな事の為にわざわざ迎えに来てくれたの?」

「まぁ、教室だと大藤がいるしさ。話しづらいなってのと、それと紗絵からのアドバイスもあって」

「アドバイス?」

「夏休み中の禍根は、夏休み中に解消すべきだって」

「今日もう9月だけど?」

「こう言うのは、学校に着くまでが夏休み」

 紗絵が得意げに、遠足みたいな事を言っている。

「それにしても、大藤の奴、ちゃんと学校来るの?」

「あ、それは私も思った。どうなの、和葉?」

「ん~、多分来ると思うんだけど……、宿題も終わったし……」

 正直なところ、それは私にも分からない。

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