7 夏祭り
7-1
7 夏祭り
「本当に数学だけでいいのか?」
「全然いいよ! 寧ろ本当に助かるよ!」
海から帰還した翌日、私達は早速もう一度集まった。来るべき新学期に備え、宿題と言う名の怪物を、改めて英知を結集して滅ぼす為である。
海水浴は本当に楽しかった。
テントを片付けた後に、もう一度だけ皆で海ではしゃいでから帰って来た訳だが、数学を玲央君がやってくれる旨を道子と紗絵に報告すると、二人して玲央君を拝み出した。
祐一君は唯一残った嫌われ者の理科を担当してくれる事になったのだが、何の事は無い、祐一君は学年で五本の指に入る程の成績優秀者だったのだ。
つくづく道子の強運に加え、祐一君は道子のどこに惚れたのかが気になる。
「宿題か、懐かしい響きだな~」
順哉さんが運転席で欠伸混じりに呟く。
今回の旅行は、どれだけ順哉さんに感謝してもし足りない。
車を出してくれた事も、引率してくれた事もだが、玲央君を連れて来てくれたと言う事実が、私にとってのMVPだ。
駅に送ってもらった後、順哉さんにレンタカーの分の代金を皆で渡し、その場でお開きとなった。
後で紗絵から聞いたのだが、こっそり順哉さんとアドレスを交換していたらしい。
はにかむように笑う、普段クールな親友の未来が、明るい事を願わずにはいられない。
夏休み明けまで日も無い事もあり、翌日には集まって宿題を殲滅させよう、と言う結論になって、その日は解散となった。
そして今日、馴染みのファミレスで、相変わらずドリンクバーのみと言う迷惑な客を演じていた。しかも前回よりも人数が二人も増えていると言う横暴ぶりである。
店員さん達も慣れたものなのか、糖分ばかりずるずると啜りながら内職に励む私達に対し、無干渉を貫いている。
とは言っても、今日の私達の作業のメインは、宿題を解く事では無く、宿題を終わらせる事だ。つまり、どうしても分からない所だけは祐一君に聞き、残りはノートやプリントを交換しあっての丸写し作戦である。
数学の問題を目の前で解いて行く玲央君を見て、思わず囁いた。
「玲央君、本当に数学得意なんだね?」
彼は渋面を隠さずに、ちらりとこちらを見た。
「得意って程じゃないけど、友野よりはましだ」
その渋い顔からは、呆れ口調が零れ落ちる。
自身の宿題に取りかかる前に、少しでも玲央君の手助けになるようにと、前日眠い中少しだけ頑張った数学の問題が、全問不正解と言う憂き目にあったのだ。今や私の数学センスは、玲央君の中では暴落の一途を辿っている。
いや、別にいいんだけどね、うん……。
哀しくなんかないよ、うん……。
前日の頑張りに徒労のハンコが押されてしまった私はと言えば、玲央君が数学を解き終わるまでの間に、祐一君のノートに載っていた、とても人語とは思えない化学式を、自身のノートに書き写していた。
玲央君が家である程度片づけて来てくれた事もあり、終わったぞ、と彼が言った時、まだ時間は集合してから一時間程しか経っていなかった。
途端、女三人で亡者のように群がる。
テーブルの中心に置き、それを囲むようにして三人座り、仲良く行儀よくノートを並べた。
「大藤君、数学得意なんだね。俺も後で見せてもらっていい? 実は、数学はあんまり得意じゃなくてさ」
「成績上位者に言われる程じゃないけど、まぁ好きに」
祐一君と玲央君の会話が耳に飛び込んで来る。
この二人は、気がつけば随分と仲良くなっている気がした。
祐一君相手なら、玲央君も随分と普通に話をしている気がするし、何より楽しそうだ。
今まで寡黙だと思っていた玲央君は、実はただの人見知りなだけなのかもしれない。そう思うと、おどおどしている玲央君が頭に浮かび、思わず笑ってしまった。
「いきなりどうしたのよ、気持ち悪いわね」
紗絵の容赦無い言葉が飛んでくる。
「気持ち悪いは酷くない?」
「いきなり目の前で、うふふふなんて笑われたら、確かにちょっと気味悪いわね」
道子が会話を引き継ぐ。
心外だが、客観的に見て、突然不気味に笑い出す女なんて、確かに気持ち悪い。少し自重せねば。
「そうそう、今日さ、隣町の神社で夏祭りあんのよ」
ノートから目を離さないまま、道子が話題を変えた。
「私達は後で行こうと思ってんだけど、あんた達もどう?」
「折角のデートなのに、お邪魔しちゃっていいの?」
「みんなで行った方が楽しいじゃない。ねぇ、ユウ君、いいよね?」
私の問いかけに楽しそうに返した道子は、祐一君におねだりをするように確認をした。
「うん、勿論」
「おーおー、彼氏持ちは随分余裕があるね~」
紗絵が茶化すように言う。
言葉尻だけを捉えれば、完全にチンピラだ。
「和葉は行くでしょ? 大藤、あんたは?」
道子が玲央君に確認を取る。
私が行く事は、決定事項らしい。
「人混みは得意じゃねぇんだよ……」
紗絵のプリントの英単語を書き写しながら、玲央君は投げやりに言った。ある程度開けた場所ならともかく、神社のお祭りなどと言う人混みスポットに行く事を、絶対音感を持った玲央君が渋るのは当然だろう。
そんなぶっきらな棒を拾ったのは、祐一君だった。
「確かに、人は多いかもね。だったら、八時半過ぎに行くようにしたらどうかな? 子供も帰って、空いて来るだろうし、九時からの花火にも間に合うしさ、丁度いいと思うよ」
「おい道子、あんたの彼氏は完璧超人か? フォローも上手くて、妥協案もばっちりなんて、私が女なら惚れてるぞ?」
紗絵からおかしな言葉が飛び出した。
「あんた、中身女じゃないもんね~」
道子の返しもいかがなものかと思う。
「じゃあ私とユウ君は七時から行くつもりだけど、八時半過ぎたら一回集合って事にしたらいいんじゃない? ねぇ大藤、ってのでどう?」
「どう、って……」
水を向けられた玲央君は言葉に詰まるが、そこで祐一君の顔を一度見て、仕方ねぇなぁ、と渋々ではあるが了承の言葉を漏らした。
不意に、紗絵が耳元で囁く。
「和葉。あんた、ライバル登場かもね。祐一君、侮れ無いよ」
楽しそうに呪詛を唱える紗絵に対し、苦笑いしか返せなかった。
――まさか、ねぇ?
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