4 夏休み

4-1

 4 夏休み


 一週間程度残っていた授業も聞き流し、上がりも下がりもしなかった通知表を見た母さんからの追求もさらりとかわして、私は無事に堕落した夏休み期間に突入していた。

 紗絵は夏休みに入ってすぐに、単身赴任をしているアメリカの父親の元へ旅立ったし、道子に至っては夏休み直前に捕まえた彼氏とデート三昧と言う許しがたい贅沢を行っていた。

 そんな満ち足りた夏を過ごしている親友達を横目に、私が夏休みから享受したものは、目覚ましを掛けずに眠りにつけると言う安寧とした日々だけだった。

 ――女子高生の夏休みが、こんな非生産的なものであっていいはずが無い!

 そう意気込んだ所で、一人で無目的に外出をするには夏の太陽は眩しすぎる。

 そんな時、私の携帯が天の助けを受信した。

『やっほ~和葉。明後日の日曜日にまたライブがあるんだけど、どう?』

 姉から送られてきた簡素な一文は、私にとって、堕落した日々に訪れた蜘蛛の糸にさえ思えた。幸い、この糸は私しか掴む人間がいない為、奪い合う必要の無い安全なものだ。

 一も二も無く了承の返事を送り、私は自身の部屋で立ち上がり軽くガッツポーズをした。

 その時、部屋の片隅の姿見に映ったのは、櫛の通らなそうなボサボサの髪に、キャミソールとショーツだけと言う残念な私の姿だった。

 後二日で、私は自身の女子力をどこまで回復させられるのだろうか?

 その時、再び私の携帯から着メロが零れ落ちた。

『サンキュ。それじゃ、お願いね。この間と同じで、あんまり子供っぽい格好は駄目だからね』

 文面を見て、握っていた糸に亀裂が入る音を聞いた気がした。

 ――うわぁ、服どうしよう……。

 一瞬の逡巡。

 しかし、私はその切れ目が致命的になる前に、光を目指して上り切る事に決めた。

 17歳の夏休みを、思い出で彩る為だ。その為なら、清水の舞台だろうがナイアガラの滝だろうが飛び込んで見せる。

 部屋の隅に置いていた、お年玉を入れていたキャラクターものの貯金箱を引っ掴み、張り付いていたシールを剥がして底を開けた。元々無目的に、何かあった時の為にと思い貯めていたものだ。その『何か』が何かは、私が決める。

 与えられた準備時間は約48時間。

 あれこれ夢想しようとする頭を押さえ、私は一先ず原状復帰を目指すべく、シャワーを浴びる事にした。


 髪の毛を念入りに洗っても、新しいキャミソールに着替えても、ミニスカートで露出面積を多くしても、7月末の太陽の前では全て焼き尽くされてしまう。

 いっその事長袖をしっかり着こんで太陽の光を遮断し、脇の下の見えない位置に清涼剤でも仕込んでいた方がよかったのではないかと思ったが、駅のプラットホームでは、そんな考えは何もかも遅すぎた。

 電車は定刻通りにホームに到着した。

 これで遅れられたら、暴動が起こっても仕方ない。

 電車の中は、まるで別空間かと思えるほど空調が整っていた。寧ろ少し肌寒い位だ。恐竜が温度差で滅んだと言う説も、昔は一笑に付していたが、今では強く納得が出来る。

 姉のアパートがある駅とは逆方向に4駅程行くと、この近辺で最も栄えている駅に到着する。

 急行も止まるし、イベント事も多い。何より、お店が沢山並んでいるのが魅力だ。無論、服屋もまた然り。

 改札を潜り、駅を出る。

 夏休みなのはどこも同じらしく、昼過ぎの駅前は家族連れや若者で賑わっていた。

 見上げた高い空に、赤い風船が一つ吸い込まれていった。どこかで配っているのかもしれない。

 私は一先ず近くにあったガールズショップに緊急避難をした。

 女の子向けの可愛らしい小物が並んでいるお店は、店員さんもとても可愛らしく、癒される。だが、一番癒されるのは、やはり太陽の光から逃げる事が出来て、涼しい風が店内を包んでいると言う点だろう。

 買う気がありますよ、と言う演技を暫く続けながら店内を物色し、10分程して隣の服屋へと移動する。

 カジュアルな物を扱っているらしいその店は、店員のお兄さんが格好良かったのが好印象だ。

 そうして立ち並ぶ服屋を一つずつ見て回り、片手に手提げ袋を二つ携える頃に、ようやく太陽は一休みを始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る