3-9

 月曜日と言うのは、一般的には一週間の始まりの日だ。この日に気合いが入るか、それとも憂鬱になるかどうかで、どれだけ人生を謳歌しているかの指針になると言っても、恐らく言い過ぎではないであろう。

 世間一般ではどちらが多いのかは分からないが、私は大方の予想通り、毎週この日をメランコリックに迎えていた。

 ライブの翌日。

 多少寝不足気味の頭を抱えながら、私はいつもよりも若干晴れやかな気分で登校していた。

 帰宅時間が遅かったのもあるが、私は昨夜、なかなか寝付けなかったのだ。

 叫ぶように歌う玲央君の姿が、どうやら目蓋の裏に焼きついてしまったらしい。瞳を閉じる度にあの衝撃を思い返してしまうのだから、それですぐに眠れと言う方が無理な話なのだ。

 爆音響くライブハウスで、安眠なんて出来る筈が無い。

 そして、日付が変わる頃だろうか、玲央君をあの場で発見した驚きが少しずつ落ち着きを見せた時に、舞い戻ってきた光景を俯瞰で見降ろす事が出来た時に、ふと気付いた。

 あの時、私は確かに、感動していたのだ。

 仁さんの作りだした音楽のせいなのか、玲央君が生み出した歌声のせいなのかは判別がつかない。だけれども、私の心の奥底に、あの衝撃は確かに刻み込まれていたのだ。

 教室に入り、自分の席に鞄を置く。それと同時に、視界の端に玲央君の席が映った。

 主は今日も不在だ。

 席に座り、ぼんやりと彼の席を見つめる。

 薄暗い背中とごついヘッドホンが、ぼんやりと私の目にだけ映っている。

 教室以外で見せる、彼の存在感を知っているものだけが見える、穏やかな錯覚。

 そしてその錯覚は、すぐさま昨日の光景にリンクしていく。

 ステージの上で、命を燃やすようにして輝いていた彼の姿を知っているのは、この教室で、恐らく私だけ。それが心の中に、奇妙な優越感となって広がっていく。

「おっはよ和葉」

 急に両肩を叩かれ、振り返ると道子の顔があった。

「おはよ」

「大藤の机見てたりして、まだ気になってんの?」

「いや、そう言う訳じゃないけど、最近来てないからさ」

 まさか昨日家まで送ってもらったとは、いくら道子にも言えなかった。

「ふ~ん、ま、ちょっと早めの夏休み取ってるんじゃない?」

 道子は興味無さげにそんな事を呟いて、自分の机に鞄を置きに行った。

 玲央君が居なくなっても、教室ではいつも通り変わらない日常が流れて行く。それは、彼がこの教室で自ら空気であろうとしたその行為の賜物なのかもしれない。

 彼が居なくなった事に興味を持っている人間は、きっと私だけ。

 そして、教室の外での彼を知っているのも、きっと私だけ……。

 それは考えようによってはとても悲しい事なのかもしれない。だけど、彼が望んだ事なら、何も知らない私がとやかく言える権利なんて無い。

 その時、HRの予鈴が鳴るのと同時に、紗絵が教室の中に駆け込んできた。

 ばたばたと席に着いた所で、丁度担任が入ってくる。

 私は紗絵に向かって、唇だけでおはようと告げた。それに気づいた紗絵は、私に向かって両手を水平に開いた。その唇は、音を発しないまま私に、セーフ、と告げている。

 今日も何気ない日常が始まって行く。

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