2-5

 壁の本棚には小説や漫画の他に、勿論大学の参考書なんかも置いてある。その隣のCDラックには、ロックやジャズやクラシックや、とにかく色んなジャンルのCDが隙間なく詰められている。ベッドの枕元には、姉が大学に合格した際に私がプレゼントした、強力な音が鳴る目覚まし時計。そして、目覚まし時計の足元には、枕が二つ並べてあった。

 ――ん? 枕が二つ?

 私はまるで、もう完全に目が合ってしまっている幽霊の存在が、私の幻覚であって欲しいと願うかのように、恐る恐る、姉に尋ねてみた。

「お姉ちゃん、もしかして、もう彼氏と一緒に住んでたりするの?」

 私の問い掛けに対し姉は、それは貴方の幻覚では無いのよ、とでも言うように、ふふふと静かに笑った。

「和葉ちゃんはとっても察しが良くて賢いから、お姉ちゃん助かるわ」

「……これさ~、お母さん達は勿論知ってるんだよね?」

「言える訳無いじゃない」

 ――これか!?

 枯れ尾花の、正体見たり、姉の秘密、字余り。

「ちょっと待ってお姉ちゃん、私、こう言うの見て見ぬふりとか上手く出来ないよ。嘘とかすぐバレるもん!」

「そこまで期待してないし、別に見て見ぬふり何かしなくていいのよ。ただ、もし何かあった時、例えば、ばれそうになったりした時とか、何かあったら、上手くフォローしておいて欲しいのよ」

 ――つまりあれだ、お姉ちゃんは私をスパイとして囲みたいと、こういう訳だ。

「つまりあれだね、お姉ちゃんは私をスパイとして囲みたいと、こういう訳だね?」

 思った言葉をそのまま姉にぶつけると、姉は喜色満面で膝を打った。

「えぇ~、何かめんどいし~、自信無いし~」

「いいじゃない。それにね、仁(じん)さんの作る音楽本当に格好いいんだよ? だから、スパイとかは抜きにしても、和葉には聞いて欲しいんだ」

 そう言ってから、両手を合わせて、お願い、私の味方になって、と懇願する。

 姉は、昔からずるい。

 こうやって頼まれたら、私が断れないのを知ってる上で、こうやって頼むんだから……。

 そして私は、昔から何度も呟いて来た言葉をまた呟いていた。

「しょうがないなぁ。でも、もしバレたとしても、私は責任負わないからね」

「ありがとう、和葉大好き」

 そう言って抱きついて来る姉は、先程私の事を子供扱いしたにも関わらず、相当ガキっぽい。

「ねぇ、仁さんって、彼氏の名前?」

「そう、灰沢仁(はいざわじん)さん。後1時間くらいしたら帰ってくるけど、会ってく?」

「いや、いいよ。見たいドラマあるし」

「ここで見てけばいいじゃない」

「いいったら。それに、いきなり彼氏紹介されるのも、何となく、気まずいし……」

 私の言葉に、そっか、それもそうよね、と呟いた姉は、あっさり私を解放すると、それじゃとりあえず、と言って、私にチケットを2枚手渡した。

「2枚?」

 道子と紗絵を誘うなら足りないし、一人で行くには多い。

「誰か男の子とおいでよ」

「男の子って……」

「和葉ももう高校生でしょ? 好きな人の一人や二人いないの?」

「二人もいる程ふしだらな女じゃありません」

「じゃあ、一人はいるの?」

「……残念ながら」

「寂しいわね~。まぁ、とりあえず渡しておくから、誰か連れて来るなら連れておいで。あ、それとね、高校生だって分かるような格好は駄目だからね。大人っぽい服で来ること」

「大人っぽい服ねぇ……」

 どちらかと言えば可愛らしい感じの服が好みの私としては、大人っぽい感じの服と言われて、自分の洋服ダンスの中を脳内で捜索してみたが、しっくりくるものは見当たらない。

「そんなん無いよ。お姉ちゃん新しい服買ってよ?」

「え~? 流石にそこまで余裕は無いわよ。まぁ、いざとなったら、私の貸してあげるからさ」

「分かった、まぁ、楽しみにしておくよ」

 そんなやり取りを済ませ、姉から交通費を遠慮無く頂戴した後、私は姉のアパートを後にした。

 鞄の中には、日曜日のライブのチケットが2枚。

 男の子を誘えと言われても、そんな誘えるような人なんて……。

 そう考えた次の瞬間、こちらにビニール袋を差し出してる大藤君の顔が脳裏をよぎった。


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