1-2
「大藤って、あれでしょ? いっつもヘッドホンつけてる、根暗そうな奴」
放課後、帰り道に寄ったハンバーガーショップで、大藤君の事を聞いてみた。すると、すぐに紗絵からうんざりするような顔と共に、そんな言葉が飛び出して来た。
「紗絵、大藤君の事嫌いなの?」
「いや、嫌いとかじゃないけど、何か気持ち悪くない? 何考えてるのか分からない感じするしさ。私ああいう、一歩間違ったらストーカーになるんじゃねって奴、近づかないようにしてるんだよね」
紗絵は眉間に皺を寄せながら、コーラを啜る。
「ふぅん……」
適当な相槌を打ちながら、私はさっきまでの彼とのやり取りを思い出していた。
無愛想だったにしろ、曲がりなりにも彼はさっき私の事を助けてくれた。そんな彼の事を悪く言うのは、やっぱり若干気が引ける。だけど、学校で常にヘッドホンをしている上に、髪も伸ばしている為表情も読みづらい。その上、あの無愛想である。常にニヤついているよりはよっぽどいいが、どこか薄気味の悪さを感じてしまう紗絵の気持ちも分からなくもない。
「何? 何の話?」
道子が揚がったばかりのポテトをトレイに乗せ、即座に会話に参加しようとしてくる。
「和葉に王子様が現れたって話」
「ちょっと紗絵!」
「えっ! 何、それ本当?」
途端に道子の目がらんらんと輝いた。トレイを机の上に乱暴に置くと、私の隣に座って芸能レポーターばりの追求を開始する。
「どこの誰? クラスの人? 学校の人? かっこいい? イケメン? あ、でも私、がっつりイケメンな人ってちょっと苦手なんだよね」
道子の趣味は聞いてない。
「道子、違うの。実はね……」
私は道子に、今日あった大藤君とのやり取りを、先程紗絵に言った事と一言一句違わずに話した。話の最中から、道子の顔が次第に訝しげな表情へと変わっていく。
「え? 何それ? 大藤って、あのヘッドホンでしょ?」
これまた、紗絵と同じ反応が返ってくる。
「まぁ、和葉が惚れちゃったって言うんなら、止めないけどさ」
「だから、そんなんじゃ無いったら!」
「いや、私は止めるよ。あんな奴に甘い顔見せたら、絶対勘違いして、いつか刺されるに決まってるんだから」
紗絵が自信満々に言うもんだから、何か確信があるのかと聞いてみる。
「そういうもんは無いけど、あの、言い知れぬ気持ち悪さみたいなの? 絶対そうだよ。和葉も、助けてもらったもん、とかって負い目感じてちゃ駄目だからね。ただ和葉の身体に触りたかっただけかもしれないよ」
「うわっ、そうだったらマジありえないね。キモ過ぎでしょ」
道子が便乗してくる。
何だか、クラスメートの事なのに、二人が話している人物が本当に大藤君の事なのかと疑ってしまう。実は、全く別の人の事が話題に上っているのではないのか? そう感じてしまう程、二人が描き出す大藤君の像と、私が先程対峙した大藤君との間に、随分とギャップが生じていた。
だけど確かに、気持ち悪いとは言わないまでも、薄気味悪い感じは私もある。紗絵の言葉に絆されてしまったのか、私は先程大藤君に掴まれた左腕に、言い知れぬ嫌悪感を感じてしまった。
「でもまぁ、助けてくれたんだったら、あんまり悪く言うのも悪いんじゃない?」
先程までの私の気持ちを代弁するように、道子が呟いた。
その瞬間、先程まで彼に抱いていた言い知れぬ嫌悪感が、自分へと矛先を変える。
――私、助けてもらったのに……。
「純粋に、危ないから助けなきゃって言うんなら、そりゃ感謝すべきさ。だけど、別にあたしらは大藤の人間性を知らないじゃない? だから、あいつが危ない奴かどうかはまだ分からないって事だよ。石かもしれないけど、爆弾かもしれないってものがあったら、確かめに行こうって言う奴止めるでしょ? 爆発するかもしれないんだから。だったら、関わらないで放っておくってのが一番だよ。いつか爆発しても、火の粉が掛らなきゃ問題ない」
紗絵の講釈が続く中、私は気持ちを落ち着ける為にジンジャーエールを口に含んだ。炭酸が口と喉で弾けて、少しだけ冷静さを呼び戻してくれる。
「ああ、確かにそれはあるかもねぇ。実際、和葉はどうなの?」
「え? どうって?」
「大藤、何か危ない感じした?」
道子の問いかけに、少し逡巡をしたふりを見せてから、いや、特には、無愛想だったけど、と言葉を繋げた。
「まぁ、じゃあ、いいんじゃない? 大藤がいなかったら、和葉のこの辺は、今頃プックリ腫れてたかもしれないしね」
道子がそう言って、私のおでこをぺたぺたと撫でる。
「それよりさ、昨日のドラマ、見た? 新キャラで出てきた男の子、超可愛いんだけど」
「ああ、見た見た。あの子は絶対来るね。間違いなく来るよ」
話題がサラリとドラマの話に移行し、大藤君の話はそこで打ち切りとなった。
私もそのドラマは見ていたし、確かにその男の子はとても可愛いと思ったけど、今はその話題に乗る気にはなれなかった。
不意に、彼に掴まれた左腕を眺めた。
先程までの失礼な嫌悪感は綺麗サッパリ消えていて、その事実がまた、私の良心をチクチクと刺激していた。
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