第39話 ()

ああん、なんだってここは相変わらず何も見えないのかなあ。あ、久しぶりだね。うん。そうそう。また会ったね。うん、大丈夫だからいい子にしていてね。今は動きが止まっているように見えるでしょ。僕のお兄さんが止めてくれたみたいなんだ。よくわからないけど、お兄さんと同じ声がしたからね。うん、兄弟のことは覚えている? そっか。やっぱり忘れちゃうよね、正確なことは。僕だって初めから特に仲良かったわけじゃないんだ。うん、そうだね……早く生まれ変わりたいよね。大丈夫。でもね、それには時間が必要なんだ。今、世界のエネルギーの均衡は失われている。どんどんラヴは枯渇している。僕はかつて『ラヴ』がなければ、この国は終わると思っていた。『エネ』からの合成しか不可能だと思っていた。もちろん『ラヴ』はすべての基盤となりえるだろう。けれど、僕は二度ここに入って分かった。エネルギーの基盤である『ラヴ』とその元となる『エネ』は元素の組み方を変えただけだ。ちょうどそれは、水を氷にするようなものかもしれない。さらに同時に気付いた。ここでは君たちはそれぞれの役割を担っている。たまたま『ラヴ』だけがエネルギーとして使われ、抽出されていたがそうではない。本来はもっと多様なエネルギー反応が存在していたんだ。三十万人それぞれがそれぞれに別々の魂を持っていた。君たちはいくつもの生体反応を持っている。僕は大きくそれらを30種類ぐらいに特定するだろう。具体的に君がどんな魂を持っているとは言いづらいが、思い出してほしい。自分が何を思って生きて来たのか。どんな風に感じて、どんなふうに自分を前へ進めたのか。それを思いだすんだ。あ、そうはいっても別に正確に思い出さなくてもいい。なんとなくでいいんだ、そう、なんとなくでね。ありありと思い出せなくてもいいさ。僕だって僕忘れていることがたくさんあるからね。でもそうしないわけには人間生きていかれないみたいでさ。そりゃあそうだよね、記憶だけを頼りに生きていくなんて、過去の自分だけに縋る行為だもんね。新しいものを取り込まないと僕たちどうやら進んでいかないみたいだ。だって僕たちは「いま」を生きているわけだしね。

ところでさ、この国は歴史ってものがちゃんとあるのかな。僕は今あえてそれを「ノー」と言いたい。そもそも歴史って何なんだろうね。僕は勝手に「人々の生きた証を記したもの」だと思っていた。広義では歴史は「誰かの生きた証」なのかもしれない。でもさあ、もしこの世が今爆発して何もなくなって誰も彼もいなくなったとしたら、それは果たして歴史かなあ? もちろん歴史だと思う。事象として、そこに誰がいなくっても歴史は歴史たり得ると思うんだ。じゃあ、僕はこういうことも言えると思うんだ。歴史はいずれにせよ「見ている人間がいないと成り立たない」ものだってね。そりゃあそうだよね。どこかの星々が爆発して亡くなったとしても、それは記録には残らないかもしれない。誰かが「記録」し、あるいは「解析」し、初めてそこで「歴史」に刻まれるわけだ。

歴史は常に一方的だと言える。この世の事象を掬いあげる存在がいなければ、それはただの「現象」として放棄される。誰も知らない、ただなかったことになる。ちょうどいま僕が君たちに語りかけていることだって、いずれは忘れ去られ、無かったことになるだろう。でも事象として、実際問題としてそれは「起こったこと」なんだ。物語みたいなイフの世界なんかじゃない。「なかったこと」にはならない。そうだ、僕は今君たちにこうして語りかけている。今こうして君たちに問いかけ、反応を待っている。今この瞬間は確かに存在するんだ。だから僕たちは君たちが必要なんだ。歴史には必ず誰かがいなくてはならないんだ。すべてを受容することができなくても、それでも受容しようとする、あるいは受容しようともせず忘れ去られようとする、その過程におけるすべてにおいて君たちが必要なんだ。

そうだ、記憶は淘汰される。あらゆる出来事は忘れ去られ、誰にも知られず過ぎ去っていく、一部の事象だけが残り、語り継がれ、後世にまで届く。君たちは今まさにエネルギーとして生まれ変わろうとしている。そうだ僕たちはいつもエネルギーを作ろうと思っていた。僕自身、いつかはエネルギーになるんだろうなと思っていた。でも実際にはただでは生き返られない。エネルギーを「使う側」がいて、初めて君たちが生きられるんだ。だから僕たちは、今を生きるものの責務として、君たちに気付かなければならない。僕は君たちを知らなくてはならない。なんでもいいさ、些細なことで良い。なんだって些細なことで人生ってのは成り立っているんだ。もちろん君たちにとって些細じゃないことだっていい。僕だってそんなことはたくさんあるさ。こう見えて僕には婚約者だっているしね。

記憶はすべて等しくいとおしい。いやなにを、結婚式の思い出と下痢になってトイレから出られなくなった思い出、どっちがいとおしいかって言ったら、そりゃ前者だろうよ。でもね、そこに優劣はないんだ。歴史はつねに等しく歴史さ。ただその影響が、他人には見えづらいだけで、影響の大きいものだけが後世に語り継がれるだけの話なんだけどね。

 だからね、僕は教えてほしい、君たちのことを。何を見て、何を考えて、何を決めて、何を選んで、何に心を動かされて生きて来たのか。僕はあらゆることを知る必要がある。それが君たちを生かす唯一の方法なんだ。僕は知りたい。僕は君たちを生かしたい。そうすれば僕たちは巨人になって、強く誰かを励ませるようになるよ。きっとね。きっとね……・・・・・・

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