第38話 シドの歌

「…………ぶっっっっはああああああああああ!!!!!!!」


 ディーンは目覚めたあと、なぜか城の前にいた。


 「あれ、なんだかすっごい息がしやすいなあ。なんでだろう、意識していなかったけど、ってあれ、ここは? 母さんは? おじいちゃんは?」

「ディーンか! 地割れが起きておる! 早く建物を持ち直すんじゃ! 裏側はティムがおる!」ダカーサが必死に城を抑えていた。

「えっ、あっ」

 言うや否や、ごごごごという地割れの音とともに地面は避け、城が割れ始めていた。

「はいっ」ディーンはすぐさま加勢に加わる。心なしかさっきここにいたときよりも、エネルギーに満ちている気がするが、今はそんなことを考えている余裕はない。

「下側を埋めのじゃ、床じゃ、土台じゃぞ、主は北側を頼む」

「はいいいいいいいいい!!」とはいえ、常に割れ「続けている」城の土台を平行に保つのは至難の業だ。ダカーサの顔にも汗が見える。

「踏ん張れ、踏ん張るのじゃ、本当にダメそうになったら、叫べ!!」ダカーサが叫ぶ。

 実際ディーンは限界を迎えていた。まるで暴れる像を必死に腕の中であやしているような感覚だった。すでに腕はパンパンで、今にも城は倒れてしまいそうだ。

「叫べ!! 耐えろ!! ダメになったら叫べ!!」

「なんか呪文か秘策があるんですかあああああああああああ」ディーンが行き絶え絶えに聞く。

「このティムの腐れ野郎、いけすかねえ、すかしやがって、研究費をもっとよこせっつうのおおおおおおおおおお」ダカーサが何かを精いっぱい叫んでいる。

「何の呪文ですかそれはあああああああああ」

「気合の呪文だあああああああああああああ」


 ダカーサが気合を入れるためにどさくさに紛れて普段は言えないストレスを発散していると、急に城が浮かび上がった。床が膨れ上がり、やがてそれは宙に浮かんだ。

「なっ」ダカーサが一瞬呪文を緩めた。

「ディーン!! 中の者たちを『浮遊』させて外へ出せ!!」

 ダカーサは城の窓を呪文で全部粉々にした。パリンパリンと小気味のいい音が連続で聞こえる。重たいドアはすべて乱暴な音を立てて開かれる。城のすべての窓とドアが開けられ、城の中にいる人たちはそれぞれの場所から浮遊してきて、やがて地面にぐったりと横になった。

「僕には城の中が見えないんですが!!」

「『引き寄せ』で念じれば一発だろうが。脳内で具体化できない場合は応用を利かせろ」

「あ、なるほど」ディーンは早速真似しようとするが、

「遅いわ馬鹿者、おそらく全員救出した」ダカーサの方がやはり上手だ。


「それよりお前、あれを見ろ」

 床からは一匹の巨大な黒いナマズが出現していた。しゅーしゅーと音を立て、口からは煙を吐いている。黒く光り輝いていて、鋭い牙を持っている。

「不思議で可愛いじゃないですか。城の庭にいたらさぞかし子供に人気が出ますよ」ディーンは自分を落ち着かせるために言ってみる。

「足が震えているぞ小僧。しかしいったい何があった? あれは魂がまだラブにもエネにも溶けきっていない一つの融合体の集合じゃないか。しかも恐ろしいほどの生体エネルギー反応だぞ。今までこんなもの、さすがの私でも見たことはない」

「……エネ大王」ティムが颯爽とエネ大王の前に姿を現した。相変わらず音もなく。

「ティム様……っ」ディーンは思わず声を失う。

「エネ大王、そのお姿ではもはや何も考えられますまい」ティムは気多くの小箱を一つ取り出し、中身を開けるとそこから一本の剣が出てきた。

「我が国のためです大王、お許しください」

「父さん!!」ディーンは叫んだ。が、もうすでに目に見えない早さでそれは始まってしまった。

 ティムはナマズの顔をその細く長い剣で切り落とそうとした。が、ナマズは機敏な動きでそれを躱した。地面が大きく揺れ、地面の一部に亀裂が入り、人々は何かに掴まって必死に耐えた。

「父さん!! そこには三十万人の人間がいる!! 僕もそこにいたんだ!! もうすぐエネルギーとして生まれ変わる!! もうすぐだ!!昇 華が追い付いていないんだ。僕たちはずっと気付いていなかったから!! 憎しみばかりが膨れ上がって……父さん!!」

 また地割れが鳴り響く、ティムは二度目の攻撃を仕掛けていた。

「待ってくれ、城の中の者は避難させた!! もう少しだけ『昇華』を待ってほしい」

「昇華している間、大王様には自我が無いのだ!! もし昇華の間に暴れたら我々はひとたまりもないぞ。お前にはこの国の破滅を黙って見過ごせと言うのか!!」緊急時代に、ティムもさすがに声を荒げる。

「僕はその中にいて彼らと話したんだ!! 大王は彼らの魂に揺さぶられて動く。だから刺激しない方がいいんだ」

「今昇華が終わるまでこの中の三十万人と対話せよと言うのか?! さっさと城の中のものを連れて逃げろ。二度と私の目の前に姿をさらすな。早く行け」

「知っている!! 父さんがどれだけ人類の存続を思っていたことか!! どれだけ人類が滅亡しないように、この国がずっとずっと続くように、必死になって考えてきたこと。父さまのやり方はいずれ中途半端なエネルギーしか生まれない。大人しく彼らの『昇華』を待つんだ」

「これまでに大王がこんなにも大きくなるのを見たことがあるのか? 大王様は年々大きくなり、昇華しきれず劣れている。死者数は増えるばかりだ。この世には『エネ』が蔓延しすぎている。この国の均衡を保つために、エネを我々で取り除き、合成するしかない。お前の母親を使って……」

「お祖父ちゃんにできないことが母さんにもできると思えない……。っ、」

 また地面が大きく揺れる。きゃあああ、と誰かが叫ぶ。人々は必死に近くの物に縋りつく。

「今は、っ……だめだ!!!!!」


 音もなく、ナマズの頭が切り落とされる。目と口と髭のついた黒光りの馬鹿でかい頭は、まだその眼球の動きを止めることを知らない。


「みんな!!!!」

ディーンは無意識のうちに彼らのことを思い、ナマズの頭に駆け寄った。


あれ なにがおきたのかしら  あそぼう これでやっと いきられる

うまれかわったわ まだあのこがいる あのこのこえ ほんとう

ねえここどこ うまれかわるの おとなしくして


「父さま、これじゃラヴができません。この国のエネルギーは枯渇します」

「ダカーサ、その頭を持っていけ……

 ティムが命令するや否や、ぐおおおおおおおおおとけたたましい咆哮が鳴り響いた。ごぽ、ごぽ、と不気味な音を立て、それは現れる。


 ナマズの頭は見事に再生していた。

「多いな、やはり」ティムはもう一度宙に舞い、剣を振り下ろそうとした。

 が、その瞬間、何かがやってきた。人だ。人の匂いがする。

 彼もまた、その生命の中に多くの魂を持つ者。


 ディーンは




 「エネ様の中に吸いこまれおった……」

 ダカーサは茫然としていた。当然だ。過去に、生きて昇華中のエネ大王の中に飲み込まれた人間など一人もいない。

「何を考えているんだか、あいつは」

「……城の者は無事か?」ティムはエネ大王を斬ることを躊躇った。かわりに他の人間の安否確認をした。

「ええ、怪我人は多数いるけど、死者は今のところいないわ」ダカーサが疲れた腕をぶらぶらさせて答える。

「それは好都合だ」

「ところであいつは、生きて帰れるのか?」

「我々とて容易には近づけない。今は城の復旧が先だ」

「そうですね、でも動きを鈍らせることはできます」

 どこからか、その声が聞こえる。透き通る、響く低い声。その声にまとうのは、この国をかつて統べていた、権力者の威厳。

と同時に聴こえるのは、切ないギターの音色だ。



ねむれ よいこよ

母の胸に

ねむれ よいこよ

母の手に

こころやすき歌声に

夢見よ 安らかに



「お前は?」ティムはまだ一度も彼を見たことが無かった。噂には聞いていた。ディーンにはそりの合わない義兄弟がいると。銀色髪の彼は笑う。ダカーサが瞬時に自分の耳に保護呪文を施す。


ねむれ よいこよ

母の胸に

ねむれ よいこよ

母の手に

あたたかき腕に

つつまれてねむれや

 


 空が共鳴し、同じように歌い出した。「空」は歌詞を雲で作る。その声はだんだんと大きくなり、やがて「空」全体での合唱となる。



ねむれ よいこよ

母の手に

あたたかき腕に

つつまれてねむれや


ねむれ 我がこ

母の胸に

ねむれ 我がこ

母の手に

夜が明けるまで

ひとしく ふかく



 やがてナマズの動きは止まり、人々もあくびをし始め、むにゃむにゃと何事かを言いながら、夢の世界へと旅立っていった。

「お前がディーンの義理の兄か」ティムが呟く。





 黒いナマズは凍っていた。段々とその表面は乾き、光は失われつつあった。

「これは今眠っておるのか?」ダカーサはシドに聞いた。

「ええ、眠っております。おそらくまた同じような『歌』を聴かせない限りは起きないでしょう。しかし現時点として僕より強力な『歌』を操れるのはあの大きなレメディオス様とエネ大王自身です。キッシンジャー様やティム様は、もういちどエネ大王様を起こすなんて野暮なことはしない。今はおそらくディーンが中にいるはずです。彼自身の気のすむまで、ずっと眠らせてあげましょう」

「気のすむまでって、いったいいつまでかかるんだ?」

「一か月か一年か、あるいは十年後か、百年後か、それはわかりません。でも、待つしかないでしょうね」

「そんなあほな」ダカーサが頭を掻きむしっていると、後ろから音もなくティムが声をかけた。

「シド・オータス。君はディーンの義理の兄だね」

「恐れ入ります、いかにも俺はシドと申します」

「呪文が使えたのか」

「いいえ、これだけです。なにせ俺は弟と違って阿呆なのでね」

「誰に教わった?」

「ディーンですよ」と彼はあっけからん口調で言った。

「ディーンが俺に呪文を教えてくれた」




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