第11話 キッシンジャーの特訓
キッシンジャーたちは呪文の特訓を行っていた。
「まず、レベーカ」
「はい」
「君は保護解除呪文を覚えてもらう」
「保護解除……」レベーカは言葉を失う。
「左様。保護呪文は今まで主も見てきただろう。しかしそれをさらに防ぐ呪文がある。それを習得して欲しい」
「……」レベーカは口をぎゅっと結んだ。
「はい」
「もちろん先に保護呪文を覚える。それが完璧にできたら、儂が保護呪文をかけたうえで儂の呪文を突破してもらう練習をする。言っておくが、これもやすやすと習得できるものではない」
「覚悟はしております」
「次にシドだが」
「はい」
「主は睡眠呪文を覚えてもらう」
「睡眠?」
「左様。相手を眠らせる呪文じゃ」
「かっこいいっすね」シドが笑って答える。
「左様。緊急時はなかなか使える呪文じゃ」
「例によって難しいんでしょう」
「左様。二人とも、まずは水を氷に変えること、その氷を移動させるところから始める。それが終わったら各々個人レッスンじゃ」
「わかりました」レベーカがはきはき言う。
「はい」シドも威勢よく答える。
「ではさっそく、水を氷にするところから始めるぞ」
「「はい」」
三人はその日、夕方まで特訓した。昼は騒がしいレストランへ行き情報収集を試みるも、城の関係者にはやはり会えなかった。その日は夕方まで理論と実践を何度も繰り返し、二人は何とか水を少し冷たくさせることには成功したが、氷にはならなかった。
翌日の昼頃、レベーカが水を何とか形のある氷にすることができた。小さい形だったが、それは確かに氷だった。
「うむ」とキッシンジャーは言った。
「あともう一度、もう少し大きな氷をつくるのじゃ。それが終わったら次へ移ろう」
シドも理論を読み返し、夕方には立派な氷を作り上げることができた。
「ほう、なかなかええの」とキッシンジャーは言った。
「二人ともいいペースじゃ」
二人は疲れていたが笑った。
「お祝いに今日はルームサービスを頼むがよい。疲れたじゃろう。現地調査はなしじゃ」
「行かせてください」咄嗟に発現したのはシドだった。
「俺、よく考えたら一人、なんもしてねえし、助けられた身なんすよ。できることならなんでもしたいっす」シドは本心で訴えていた。
「シド……」その見解にレベーカは心を打たれた。
「私も行きます」レベーカもその心につられた。
「私も一刻も早くディーンに会いたい」
「そこまで言うなら」とキッシンジャーは言った。
「好きにせい」
その日の夜はまた行ったことのないバーに行った。地下にあるバーで、ジャズの生演奏がされている、これまたしゃれた店だ。シドとレベーカは別々に店にはいり、別々に座った。
「こんにちは」レベーカの前に眼鏡をかけた男性が座った。背は低く、やせ形で高そうな時計をしている。いかにも稼いでいそうだ。
「本が好きなんですか?」彼はキッシンジャーを見ながら言う。
「ええ」レベーカはビールを飲みながらさらりと答える。
「結構面白いわよ」
「どんな本?」
「ある人の手記よ」彼女は上品ににっこり笑った。
「面白そうですね」
「ええ」レベーカは含みのある笑い方をする。
「貸せないけれど」
「はは」と彼は笑った。
「良いですよ別に」
「ところであなたは名何をやっているの?」
「革製品を扱っているんです」と彼は言った。
「王室ご用達なんですよ」
「へえ」彼女の目が眼鏡の奥できらりと光った。
「お城に入ったことがあるのかしら?」
「ええ、何度か外商に」
「それはとても素晴らしいお城なのでしょね」
「ええ」お酒の力もあったが、彼は褒められて上機嫌になっていた。
「それはすごいですよ、まあ」
「すごいわ」と彼女は相手の目をじっと見て言った。
「その話、詳しく聞かせてほしいの、とっても面白そう」
自分の仕事自慢を聞いて欲しいと言われてうれしくない人はいない。彼は美人なレベーカに褒められたことも手伝い、洗いざらい城の中のすばらしさについて語った。
「ねえ」と彼女は紙ナプキンを一枚取り出した。
「もしよかったらお城の絵を描いてくれない?私、想像の中だけでもお城に行ってみたいの」
「良いですよ、喜んで」彼はレベーカからペンを借り、その場で簡単な絵図面を書いて見せた。
「ここに門があってここに女中の部屋があるんです。王様に会いに行くときはお付きの人がいて、その人のところへ行くには暗号みたいなのを言わなければならないんです」
「暗号?」レベーカは聞き返した。
「ええ。それがなんか一回では覚えられない難しいやつでしてね、文章なんですよ。なんだったかなあ。確か自由を使った文章なんですよ。自由を拡張するとかなんとか……」
「互いに自自由を妨げない範囲に於いて、我が自由を拡張すること、これが自由の法則である」レベーカは即座にポツリと答えた。
「えっ」相手はとてもびっくりしたように目を丸くした。
「なんでわかるんですか?まさにそれでしたよ、確か」
「わかるわ」レベーカは口から自然に出てきた言葉がぴたりとそのまま当てはまり、驚嘆した。
「だって、カントだもの」
「私、有力な情報を手に入れたわ」早速その夜、彼女はホテルでキッシンジャーとシドに今までの経緯を伝えた。
「お見事じゃったぞ」キッシンジャーも彼女を褒めた。
「すげえ」シドも驚嘆した。
「ティムの城は儂がいたころとは少し変わっており、保護呪文は相変わらずガチガチに張られておうようじゃな」
「そうですね、絶えず改築が行われているみたいです」とレベーカは誇らしげに言った。
「こんなに有力な情報がすぐ手に入るとは思いませんでしたね」
「左様、翌日は祝いじゃ。明日は呪文の特訓を休んで作戦会議の日にしようぞ」
「いえいえ、呪文は練習します」とレベーカ。
「早く覚えたいし、俺もちょっとできるようになってきて楽しくなってきたところなんすよ、このまま駆け抜けたいっす」とシド。
「左様か」キッシンジャーはいつもよりゆっくりした口調で言った。
「それならば止めないが、休むのも訓練のうちじゃ、これで体を壊したら元も子もないからの」
「はい、気を付けます」とレベーカ。
「無理ない範囲で練習しますよ、楽しいのでね」とシド。
「今日は二人ともゆっくり寝るのじゃ。明日は何時に起きても構わん。少し休みの日を作った方がよいじゃろう。明日は思いっきり二人とも羽をのばせ」
「はい、おやすみなさいキッシンジャー様」レベーカは笑顔で部屋に戻った。
「おやすみなさい」シドはキッシンジャーを抱えてレベーカを見送った。
「おやすみ」キッシンジャーがいつになくゆったりした口調で答えた。
三人はそれぞれの夢に浸った。
翌日午後、三人は大通りを散策することにした。大通りは人で賑わっていた。馬車がひっきりなしに通り、その横を多くの人が駆け巡った。人々は誰もかれもが忙しそうに見えた。時折飲み物を販売している車もあり、二人はそれを買って飲んだ。近くには公園と大聖堂があり、その荘厳さに二人は感嘆した。
「わあ、すげえ」大聖堂を前にシドとレベーカは観光気分ではしゃいでいた。
「なつかしいのう」キッシンジャーだけは昔の記憶をたどっていた。
「この大聖堂は昔からあったのですか?」
「左様。儂が生まれる前からある」
「すげえすっげえ」シドはさっきからすげえしか言わなくなっていた。
「俺、あの『バス』っての、乗ってみたいです」それは階段があり、二階は吹き抜けになっている二段バスだった。
「ああ、バスか。あれも不思議な乗り物じゃな。移動なんて物理法則を理解していれば呪文でどうとでもなろうに……」キッシンジャーはぶつぶついっていたが、結局シドとレベーカの強い押しに負けて乗ることにした。
「まあ、呪文を使わんでもええのは疲れんでいい」とキッシンジャーはしぶしぶ了承し、レベーカに連れて行ってもらった。
「綺麗ね」バスの二階からにぎやかな街並みを一望してレベーカが言った。
「ほんとすげえ」シドも興奮していた。
「まあ、儂はほとんど呪文馬で移動していたし……」キッシンジャーだけがぶつぶつ何か言っていた。気持ちのいい風が吹いていた。天気も温度もちょうどよく、まさに絶好のバス日和だった。しかし、次の瞬間、レベーカの目があるものを捉えた。細身の筋肉質、まあまあの長身、怒らなさそうな目に茶色の髪の毛。まぎれもなくそれはディーンだった。
「ディーン!!!!!!!」彼女は叫び、バスから身を乗り出した。
「ディーン、私よ、気づいて」彼女は大声を上げた。周りの乗客たちが騒然として彼女を見た。車内がざわつき始めた。
「どこじゃ」キッシンジャーはレベーカが持っていたので、身を乗り出して外を見ることができなかった。
「あそこよ、馬車に乗っているわ。あともう一人、隣に男の人がいる、二人でいるわ」
「どこじゃ」
「あそこよ」レベーカは指さす。
「俺もわかんねえ」シドにも見えていないみたいだった。
「ほら、あの馬車よ」レベーカが左手でぎゅっとキッシンジャーを持って身を乗り出した。
「ああ」キッシンジャーはやっとディーンの存在に気付いた。
「え?全然わかんないんだけど馬車ってどこ?」
「ほらあそこよ……ねえ、ディーン……気づいて……お願い……ディーン……」
「レメディオス」
キッシンジャーは呪文を唱えた。瞬間、ディーンとその付き添いの二人の色合いが濃くなったように見えた。
「あれ?」シドが不思議そうな声を出した。
「なんか一瞬で馬車が現れたんだけど」
「保護呪文がかかっておったのじゃ」キッシンジャーが冷静に言う。
「あれくらいなら儂なら朝飯前に解けるがの」
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