第2話 赤い月に願いを

昼間のうだるような暑さを、その熱を、夜風は心地よく攫っていく。


空にある月はその影を赤く不気味に光らせる。


されどそれは幻想的で美しく人々の心を奪っていく。


美しさと心がざわつくような怖さ、それは僕の心をあの日掴んで離さなかった。



「では、午後のニュースをお伝えします。今朝○○県○○市の路上で20代の大学生の男性が倒れているのが見つかりました。男性は外傷もなく意識があるもののこちらの呼びかけに全く反応しないという状態であるということです。

これで同じ症状で発見された人は15人となりました。これが事件なのかそれとも何らかの病気であるのかは現在調査中です。」


日曜日の午後、昨日遅くまで起きていたせいかテレビをつけるともう午後のニュースの時間になっていた。

「ふぁぁぁぁ・・・ん~・・・」伸びをして、まだ寝たりない体に起きろと命令をする。

もう3カ月になる一人暮らしもそろそろ慣れてきた。

中学を卒業したらどうしても一人暮らしがしたかった。

小学4年の時に父さんが蒸発した。

僕と妹、そして母さんを置いて。その前日まで本当に普通だった。仕事から帰ってきて、一緒に晩御飯を食べて・・・テレビを見て笑って・・・でもそれが最後だった。

朝、仕事にいったきり・・・もう二度と帰ってこなかった。

捜索願いも出した、家族でももちろん探した。

家族を捨てるような父にはどうしても思えなかった。 

5年経った今もだ。

でもそれを信じているのは僕だけで母さんは自分を支えてくれる新しいパートナーと再婚した。

とても・・・優しい人だ。

なぜだか、優しい人なのにすごく憎らしかった。

父さんのように接しようとしてくれるあの人がどうしようもなく憎らしかった。子供じみてるよな・・・自分でもわかっている。

結局一人暮らしを許してくれているのもあの人の好意なのに・・・。

ぼーっとしている頭を冷やすように冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと額にあてた。

ひんやりと心地いい・・・まだ6月もはじめだというのにすでに気温は夏のようだ。

窓を開けると2階の僕の部屋の中に爽やかな風が入ってきた。

不意につけっぱなしのテレビから「今日は赤い満月が見られるでしょう」

その言葉だけがなぜか鮮明に僕の耳に入ってきた。


’’ストロベリームーン’’

昔、父さんが僕に教えてくれた。

願いを叶えてくれる満月だと・・・。


今日は夕方からファミレスでアルバイトだ、その前に明日の学校の課題を片付けて、部屋の掃除をささっとして、と。

高校に入ってから一人暮らし、アルバイト、学校、時間はあっという間に過ぎてしまう。それでも新しい生活をわくわくしながら楽しんでいる。


「最近、変なニュースが多いわよねー」夕方になりアルバイト先のキッチンで洗い物をしているとホール担当の川上 のぶ子さんがカウンターから話かけてきた。

のぶ子さんはこのファミレスでパート歴10年のベテランだ、僕より2つ年上の娘さんと専門学校生の息子さんがいる。

「あー、なんかニュースで最近やってますよね」

額の汗をぬぐうことも出来ずに僕は答えた。

カシャカシャと大きな流しにゴム手袋で防御した手を突っ込み食器を洗う。新人の最初の仕事は食器をひたすら洗う事で、洗い場があるこの一角の蒸し暑さったらない。

のぶ子さんはそのふっくらとした体をカウンターに押し付けて「あのニュースの子たち、きっと悪い薬でものまされたのかもしれないわよ、あなたも夜道は気をつけなさいよね」お母さんのような口調で僕に話しかける。

「そうですね、気をつけます。」僕はへらっと愛想笑いをした。

正直、コミュニケーションは得意な方ではない。

可もなく不可もないような受け答えを探してただそれを口にするだけ、いつからかそんな奴になっていた。すべてうわべだけ。なるべく人とは関わりたくない。

この2ヶ月、5時から9時までの皿洗いで3キロも痩せてしまった。最初からがたいが良い方ではない僕の体系は今では悲しくも、まるでもやしのようだ。

帰りにコンビニで焼き肉弁当でも買って食べよう・・・タイムカードを押してファミレスの外に出ると夜風が気持ちよかった。

気持ちのいい夜だ・・・夜風は僕の体の熱を冷ましてくれるかのように優しく頬を、髪の間を通り抜けていく。

ファミレスの駐車場を出て、アパートに戻る途中にある公園を抜けるとコンビニはすぐだ。へとへとになりながら公園に入る。

昼間はランニングをする人、芝生の上で遊ぶ子供達で賑わっているのが嘘のように夜の公園は不気味な影を落としている。ふと空を見上げるとさっきまで雲に隠れていた満月が周囲を明るく照らしていく。

満月をみてわっとした。大きく美しく、怪しげに光るストロベリームーン。

さっきまで闇に隠れていた公園の木々を、池を、足元を照らし始める。

そこで僕の顔は一瞬にして血の気がなくなった。月に照らされた背の低い植木から何か出ていた…何か…じゃない…人の足だ…。

ぎょっとしたが…もしかしたら酔っぱらいが寝ているのかもしれない…し…死体って事はないよな…。喉の奥がゴクリとなる。

恐る恐る近づく…「も…もしもーし。」

横たわっているのは黒いTシャツにジーンズ姿の男の人だった…僕より少し上くらいかも…見た感じなんの外傷もなさそうだ…うん、息もしてる。

震える手で肩を軽く叩いてみた「あの〜、どうしましたか?」軽く目を開けるけれど、なんの反応もない…。け…警察?いや、救急車?頭がパニックになりながらポケットのスマホを取ろうとしたその時、背後から声がした

「なにをしても無駄よ」


ビクッ!!心臓が飛び出るかと思い振り向く。

そして僕は目を…心を…奪われた。

ストロベリームーンの赤く柔らかい光に照らし出されたその人は透けるような白い肌、長い髪は夜にとけるような黒髪、唇はふっくらとして紅を引いたような赤、瞳は吸い込まれそうな美しいグリーン。怖いくらいにキレイだ…。あんぐり口を開けている僕を横目に彼女は横たわっている彼を見ながら言った

「生きてはいるけど、心を取られては死んでるのと変わらないかもね」

こ…心?

彼女の視線がこちらに向いた。石になってしまいそうだ、そんな事を考えてる僕なんかは無視して会話がつづく、「それで?あなたはこの子の知り合い?」

ブンブンと顔を横に振って「ち、違います!」なんだか僕、ぎこちなさ過ぎる。

「そう、で?助けるの?それともこのまま置いて行くの?」

ハッと我にかえりポケットからケータイをだし、すぐさま救急車を呼んだ。幸い、10分ほどで到着するとの事だった。

彼女は細くスッと長い指先を少し曲げて唇のすぐ下にあてて何か考えてる様子だ。

「ノーチェ、この倒れてる人族の彼だけど、妖精族の匂いが微かにするよ」

え?まだ誰かいたのか?周りをキョロキョロするけど誰の姿もない?…?…ん?

彼女の肩から何か…「た…大変だ!君の肩に!!で、でっかいトカゲが!?」

肩に止まっていたトカゲのような赤いゴツゴツした生物はプーっと顔を膨らました。「失敬だな君。僕はれっきとしたドラゴンさ」しれっと赤いトカゲは

自分はドラゴンだと話し出した。「ひ・・・!!しゃ、しゃべった!!」落ち着け。僕。落ち着け。そんな僕を横目にノーチェと言われた彼女は「あら?ドラゴンは初めてかしら?この世界の物語にはよくでてくるでしょ?」とサラッと言う。「じ、実在してるなんて・・・嘘だろ・・・」僕の顔は青くなったり赤くなったりさっきから忙しく顔色を変えている。

「人族の悪い癖は見たいものしか見ない事ね、心配しないで、きっと明日になれば記憶を自分で都合のいいように解釈して悪い夢として忘れていくでしょうから。それより、リマ、妖精の匂いがするって言ったわね?」パクパクしている僕なんかほっといてドラゴンと彼女の会話は進んでいく。

「ああ、心をとったのはたぶん妖精だね。しかも君の本棚にいた子だよ?あの時、盗まれた本の中に入っていたんだろうね」

彼女はその知的な額に眉間を寄せて困った表情をつくる。

「どうやって探そうかしら・・・」

その時、二人の視線が僕に移るのを感じた。

妖精?しゃべるドラゴン?何?何なの?僕の頭からはショートしてしまった煙が出ているに違いない。


美しい夜、月明かりを浴びながら彼女はその可愛らしい唇に意地悪な笑みを浮かべて僕に言った。「おとりを使うっていうのもいい手かもね」


背後から迫る救急車のサイレンにハッとなる。

振り返ると救急隊員が降りてくるのが見えた。僕は急いで立ち上がり手を振った「ここです!!」

そして・・・振り返るとそこには倒れている男の人しかいなかった。

今まで幻を見ていたかのように彼女とドラゴンはいなくなっていた。

何だったんだ・・・僕の頭の中に赤い月に照らされた彼女の姿が浮かぶ。

「悪い夢として忘れていくから」そう言った彼女の言葉と一緒に。

忘れたくない。そう思った。いるはずのない赤いドラゴンも謎めいた彼女も。

恐ろしさよりこれから何かが始まるんだそんな思いで胸が一杯だった。


ストロベリームーン、願いを叶えてくれるならもう一度彼女に会いたい。















































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