(5)

 そして、俺は、越谷を騙す事に見事に成功した。おそらく、ヤツは、電子書籍リーダーに搭載される事になる、あくまでも学術書・実用書向けの「リアルタイム世代間翻訳」が小説にも使われていると、死ぬまで信じ続けるだろう。例え、その「死ぬまで」が何十年間であろうとも。

 若返り治療を受ければ、百ぐらいまでは、四〇代の体や頭脳を維持する事が出来る。

 言い方を変えれば、若返り治療とは、若い頃から爺ィ臭ぇ考え方しか出来なかった糞野郎の頭を柔軟にする為の治療では無い、って事だ。若い頃から頭が爺ィのヤツは、どんな治療を受けても、死ぬまで頭が爺ィのままだ。そんなヤツらは、困ったヤツらであると同時に、簡単に誑かす事が出来るマヌケどもだ。

 当然ながら、これからも「言葉」そのものが変化し続けるモノである以上、世代間翻訳用のAIが出した結果を、人間が確認し修正して、常に更新し続けなければならない。越谷の爺ィが信じてしまった俺の大嘘よりも、現実は遥かに複雑なのだ。

 もちろん、越谷に「世代間翻訳」は「言葉狩り」の一種だ、と云う稚拙な思い込みが無ければ、あんな嘘に騙される事は無かっただろう。

 例えば、ある小説の世代間翻訳版は、常にアップデートし続けなければならない。もちろん、その世代間翻訳版の「第一稿」を作るAIの方もアップデートし続ける必要が有る。そのチェックや修正を行なう各世代の翻訳家も、自分達の世代の「言葉」の最新動向を勉強し続けねばならない。

 そして、今の時代、ある「小説」が「死ぬ」のは、その小説の世代間翻訳版のアップデート作業に労力を割く意味やメリットが無くなった時だ。電子書籍が主流なので、その小説が、今、どれ位読まれているかは、すぐに判り、読まれなくなった小説は、世代間翻訳版がアップデートされなくなる。

 しかし、何と言うか、言葉を商売にして、「言葉狩り」を忌み嫌ってる「作家」がアレで本当に良いのか?

 あの爺ィは、学習型のAIの本質は「統計」だが、「言葉」は変化し続けるモノだと気付いていない。この2つは本質的に相性が悪いのだ。

 例えば、多くの統計における「無作為抽出」が「無作為」と云う言葉からは程遠いとんでもない手間をかけたものであるように、AIの学習に使うデータは、ちゃんと事前に「変な偏りが無いか?」その他モロモロを評価しないと、出来上がるのは、現実と乖離したAIだ。

 そんなこんなで、「今の各世代の言葉に合わせた世代間翻訳用のAI」を作るのは結構な手間と時間がかかる。

 「生きた今の言葉」を扱うAIの最新版とは、常に、現実の最新の「言葉」を反映している保証が無い「前バージョンよりはマシ」なだけの代物になってしまう。最新版が出来た時点で、既に、微妙に現実の言葉が変化している可能性が無視出来ないほどに大きいのだから。

 つまり、「リアルタイム世代間翻訳AI」なんてモノは、学術書・実用書なら何とかなっても、小説の細かいニュアンスまで「翻訳」するには……可能になるとしても、その頃には、確実にあの糞爺ィは死んでる。若返り治療の方にもトンデモない進歩が無い限りは。

 ま、早い話が、小説向けの自動翻訳が実用化されました、と言われて、うかうかと信じる阿呆が居るなら……そいつは、AIに関する知識が無いだけじゃなくて、「言葉」に関する知識やセンスも欠けてやがるんだ。

 もっとも、どんな業界でも商売道具の仕組みを良く知らなくても食ってけるだけの金は稼げるなんて良く有る話なんで「作家を名乗ってるヤツが『言葉』の本質を判ってない」なんて冗談みてぇな事と同じ位トホホな事が、他の業界にも有るかも知れねぇが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る