第74話 アリシアは俺が何とかする

聖女アリシア様ー!」

「シア」


 二人はお互いの名を呼ぶ。

 アリシアの胸に顔を埋め感極まった様子のフェリシアに対し、アリシアは慈愛の籠った微笑みを浮かべ彼女の頭にそっと手を添えた。

 もらい泣きしたのか二人を見つめていたモニカが、自分の目元を押さえ口元を震わせている。

 ベルンハルトは固唾を飲んで見守り、コアラとえむりんのことは語るまい。

 俺? 俺も胸の奥がじーんとしているよ。

 いつか彼女を起こしたいと思っていたのは何もフェリシアだけじゃない。俺だってモニカだって、願っていた。

 フェリシアの頭を撫でるアリシアの様子を見ているだけで、彼女はとても優しい人なんだなって思う。

 もうこう表情が聖母って感じでさ。やっぱり彼女は俺とは似ても似つかない。俺はもっとこう俗物って感じだもの。

 

「フェアリーに導かれ、この世界に戻って参りました。まさか、戻ることになるとは思ってもみませんでした」


 フェリシアを見つめながら、アリシアが独白する。

 そこへ羽を揺らし鱗粉を撒きつつえむりんがやってきて、フェリシアの頭の上にペタンと座った。


「えむりんだよー。フェアリーじゃないよー」

「えむりん様とおっしゃるのですね。連れてきてくださりありがとうございました」

「あれえ。ソウシじゃなかったのー?」

「わたくしはアリシアと申します。ソウシ様とはどのお方のことなのでしょうか?」

「これー」

 

 雑だなおい。

 えむりんは顎だけをこちらに向け、ころころと笑う。


「申し訳ありません。気が付きもせず」

「いや。起きたばかりなんだし」


 体を起こしたアリシアと俺の目がはじめて合う。

 それだけで彼女は息を飲み、大きな丸い目を見開く。


「あなた様がソウシ様。この度はわたくしの我がままであなた様をこちらに呼び寄せてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「アリシアが俺をここに連れてきた、で合ってるのかな」

「はい。わたくしは病に侵されておりました。ただ、病の影響でわたくしの体は常に魔力を取り込むようになっておりました」

「うん」


 アリシアは俺を異世界に引っ張って来た時のことを語り始めた。

 唐突だけど、彼女は起きたばかりだし、俺を目の前にしてまず最初に事情を説明したかったのだろう。


「病があり、魔力が体からこぼれていってしまいますが、外に留める分には普段より遥かに多くの魔力を蓄積させることができました」

「それで空間に穴を開け、世界を渡ったのかな」

「はい。あなた様をお見掛けした時、わたくしの体に衝撃が走りました。わたしとそっくりそのままのお方がいらっしゃるなんて、と」

「そうかな……結構違う気がするんだけど……」

「容姿も似通っていますが、魔力量、魔力の色……が特に合致しており、まるでもう一人のわたくしのようでした。わたくしの後を継いでいただけるのはこの方しかいないと」

「なるほど。うまく聖女ができたか分からないけど、無事聖女を勤め上げ、フェリシアに託せたよ」

「そうでしたか。シアが後を。シアは才能のある子でした。ですが、あの当時、まだ若く未熟で、わたくし以外に聖女になることができる人がおらず……」


 座ったまま深々と頭を下げるアリシア。

 同意も取らず、何も説明せず、俺をいきなりこの世界に引っ張ってきたことを悔やんでいるのだろう。

 彼女には彼女の事情があり、俺をこの世界に連れてきた。聖女ってのがこの世界にとってとても重要なものだったとか……理由はその辺だと思う。

 だけど、俺はこの世界に来て後悔なんてしていない。ここに来て、モニカやフェリシアを始めいろんな人の世話になり、彼らは俺の想いに応えようとしてくれ、元に応えてくれたんだ。

 彼らは俺の希望を叶えてくれ、俺は今ここにいる。

 廃村で暮らすにあたって、いろんな知識を教えてくれたし、魔法の修行だって付きっきりでやってくれたしさ。

 感謝しこそすれ、恨みなんてしていないよ。


「アリシア。ここに俺を連れてきてくれてありがとう」

「え?」


 思ってもみない言葉だったのだろうか、顔をあげたアリシアの表情が固まっている。


「みんながとてもよくしてくれた。俺の夢だったスローライフもここで送ることができているし。不満なんてないよ」

「お優しい方なのですね。ソウシ様は……お言葉に甘えさせていただきます」


 ぽろぽろとアリシアの目から涙が流れ落ち、シーツを濡らす。

 

「アリシア。俺のことは後だ。君は自分の病についてだいたい分かっている様子だったけど」

「はい。わたくしは近く、この世からいなくなるでしょう。ですが、えむりん様が導いてくださり、再びこの世界に舞い戻れたのです。できる限り、尽くしたいと思います」

「いや、そのことなんだけどさ。先にアリシアの病気について認識合わせをしてもいいかな?」

「はい。存分に検分してください」


 アリシアの状態は、コアラから聞いた通りだった。

 あのコアラ、やはり只者じゃねえな。一方、アリシアはアリシアで自分の体の状態を正確に把握していた。

 

「魔力の器の損傷を修復することは俺にはできない。だけど、君の体を維持することならできるかもしれないんだ」

「そのようなことが……」

「失礼して、手を握ってもいいかな?」

「もちろんです」


 アリシアの横に膝立ちになると、アリシアから手を伸ばしてきて俺の手を握る。

 俺たちの動きを見たフェリシアは、アリシアから離れ、俺の後ろからじっと彼女の様子を窺う。

 もう一方の手が開いたアリシアは、そちらの手も俺の手に添えた。

 

 それじゃあ、一丁、行ってみますか。

 目を閉じ、魔法を構築していく。苦手な操作だから未だにたどたどしいその流れに苦笑しつつも、これで良かったと思いながら。

 

「総士の名において祈る。この者の傷を癒し給え。ヒール」


 膨大な魔力がアリシアの体に流れ込み、彼女の体を癒していく。

 といっても外傷が無いから、特に何の変化もないんだけどな。ただし、物理に関してだけだ。

 

「こ、これは……魔力を注いだのですか」

「うん。俺はヒールが得意じゃなくてさ。僅かにしか傷を癒すことができないんだ。だけど、込められた魔力は健在で」


 えむりんと初めて会った時、彼女は今にも消えそうなほど弱っていた。

 だけど、俺のヒールで彼女は元気を取り戻す。

 妖精は体の半分以上が魔力でできているとかで、魔力を注ぎ込めば元気になるってことをコアラから聞いた。

 植物が成長するのだって、魔力が肥料みたいになっているんじゃないだろうか、と思う。

 人間の場合は、魔力の器の大きさが決まっていて寝たら全快まで回復する。必要以上の魔力を注ぎ込んでも、全て流れ落ち、まるで変化はない。

 だけど、アリシアは違う。

 魔力の器が壊れており、常に流れ出している状態だ。自然に魔力を取り込む量より流れ出る魔力の量の方が多い状態である。

 ならば、俺が魔力を注ぎ込み続ければ、彼女の魔力量を維持できるって寸法だ。

 どうやら、目論見通り、うまく行ったようだな。

 

「あと、四回ほどヒールをかけて頂ければ、活動するに支障が無くなります」

「一日で足りなくなる魔力はヒール何回分くらいになりそう?」

「二回くらいでしょうか」

「分かった。しばらくそのままで、ヒールをかけるから」

「はい」


 行くぜ。

 伝家の宝刀、我がヒールをアリシアに。

 

「総士の名において祈る。この者の傷を癒し給え。ヒール」

「総士の名において祈る。この者の傷を癒し給え。ヒール」

「総士の名において祈る。この者の傷を癒し給え。ヒール」

「総士の名において祈る。この者の傷を癒し給え。ヒール」

「総士の名において祈る。この者の傷を癒し給え。ヒール」


 はあはあ……。

 こ、こいつは過呼吸になるな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る