第61話 消えたり出たり

 そんなわけで、着ちゃいました。桜色のワンピース。

 モニカもパジャマに着替え、間にニクを挟んで寝ころんでおります。

 さっきからじーっとモニカが俺の様子を眺めて時折、むふうって声を出しているんだけど……。

 

「モニカ?」

「も、申し訳ありません。つい、愛らしくて」

「あ、うん」

「よ、よろしければ、その場で立ってくださいませんか?」


 起き上がり、何故か正座するモニカへたらりと冷や汗が出る。

 着替えたら、即、ボアイノシシのベッドへダイブしたんだよな。

 まじまじと見られるのも恥ずかしいじゃないか。

 

 だけど、モニカのお願いに俺の心は揺らぐ。

 これからしばらくはこの姿で寝ることになるんだ。だったら、モニカがお願いしている時に見せておいたほうが、彼女が喜んでくれるだろう。

 普段からお世話になっているし、こんなことでもお礼になれば。

 

 恥ずかしさから頬が熱くなりつつも、その場で立ち上がった。

 モニカの方を見ないよううつむいたまま、彼女に言葉を向ける。

 

「こ、これでいいかな」

「はい! 恥ずかしがっているお姿も素敵です!」


 ノリノリやで、モニカさん。

 彼女がこれほど食いつきがいいのも珍しい。

 

 モニカがいくら喜んでくれているといっても、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 こんな時は、そうだな。

 寝そべるニクの横に寝ころび、背中からぺたりと張り付く。

 これで見えまい。

 

 ドサ――。

 見えなくてがっかりしたのかモニカがその場でボアイノシシのベッドへ崩れ落ちた。

 

「おやすみ」

「……おやすみなさいませ」


 何だよ。今の間は。

 そこまで残念がらなくても。

 

 ◇◇◇

 

 今日も今朝から焼き立てパンを食べ、ロバに飼い葉をやり、畑の様子を眺めるという一連の朝のひと時を過ごす。


「モニカ、コアラのところに行ってくる」

「承知いたしました」


 モニカはこれから風の精霊魔法で屋敷の掃除だ。

 精霊魔法でやると掃除機でゴミを吸う必要もないし、布でごしごしやらなくてもいい。

 科学技術の発達していない異世界の方が、掃除が手早く終わるってのも面白い事象だ。

 ウォッシャーだって洗濯と洗髪、体まで一息で綺麗にしてくれて、しかも濡れないおまけつきなんだから、魔法ってのは本当に便利だよなあ。

 科学じゃできないことを易々とやってしまう。

 

 なあんて考えていたら、あっという間にユーカリの木の下まで到着した。

 屋敷からすぐだし、まあ、こんなもんだよな。うん。

 

 コアラは枝ででろーんと手足を投げ出して寝ているし、えむりんはコアラの丸だしのお腹の上でぐでえってしていた。

 何という気の抜けるコンビだ……。

 

「あー。そうしだー」


 俺の気配を察知したのかえむりんがむくりと起き上がり、ぱたぱたと蝶のような羽を震わせる。

 鱗粉がキラキラと太陽の光に反射し、幻想的な雰囲気を醸し出す。そのまま枝に座っててくれれば絵になるんだけどなあ。

 どうもこう、えむりんはビスクドールのような見た目に反し気が抜けるというか脱力系というか……。

 

「えむりん、コアラと仲良しなのか?」

「うんー」


 肩まで飛んで来るのかと思いきや、俺の頭の上で落下するえむりん。

 頭の上に乗っかっているはずなんだけど、驚くほど軽い。小鳥くらいの重さなんじゃないだろうか。

 いくら何でも物理的に軽すぎる。重量を操作する魔法でも使っているのだろうか。

 

「らいんはるととは、ずっとユーカリの木で一緒だったんだよー」

「そうだったのか。コアラはえむりんを探す様子が無かったんだけどなあ……」


 ずっと一緒にやって来た仲だったら、自分が餓死しそうならえむりんも同じような状況になっていると分かっていたと思うんだよ。

 だけど、コアラはえむりんを探そうともせず、そのままランバード村までついて来た。


「らいんはるとが『とっとと出て行け―』って何度も言うから、えむりんね、隠れていたのー」

「そう言う事か。あいつもあいつなりに考えてたんだな」

「そうなのー?」

「うん」


 コアラは知っていたんだな。えむりんはユーカリの木と一緒じゃなくても生きていけるって。

 ユーカリと共に滅びる必要はないと奴は奴なりに考えて、えむりんをさとしたのだろう。

 口は悪いが……。

 

 こらこら、頭の上から垂れてくるんじゃない。

 視界にえむりんの小さな手がチラチラと映る。

 

「お、もうそんな時間か」

 

 コアラがだらーんと垂れたまま目だけパチリと開き、俺に声をかけてきた。


「今日も頼む」

「ヒールも頼む」

「昨日、結構頑張ったんだけどなあ……」

「それはそれ、これはこれ」

「分かった分かった」


 ユーカリには妥協を許さないコアラである。

 仕方ねえな。昨日の夕方かけたヒールはえむりんのためにだったし、だああ。えむりんが完全に俺の顔の上まで落ちてきている。

 俺の髪の毛を足で引っかけてぶら下がっているし。

 

「なにするのー?」

「魔法の練習だよ」

「おー。そうしは魔法をつかうのかー」

「つかうのだー」

「おー」

「おー」


 口調が移ってしまった。

 えむりんを親指と人差し指で挟み、肩の上に乗せる。

 

「コアラ」

「ん?」

「その体勢で見守るのをやめろ」

「いいじゃねえか。動くのがめんどくせえ」


 こ、この野郎。

 俺は真剣に純粋な魔力を出す練習をするってのに、だらーんとしたまま身じろきもしないなんて。

 ただでさええむりんでぐたあっとなりそうな中、コアラまであんなんだったさ。

 俺もユーカリの木の幹に背中を預け、寝たくなるだろ。

 

「がんばれー」

「おう、頑張れ! ソウシ。お前ならできる。いけるいける」


 えむりんの間延びした応援とコアラの適当な呟きを背に、純粋な魔力の練習を始めるのだった。

 

 ◇◇◇

 

 修行が終わり一息をつこうと、ユーカリの木に腰を降ろそうとしたらコアラに「ヒール」「ヒール」とせがまれる。

 こ、この野郎と思いつつも、約束は約束だ。仕方ない。

 座る前に一発ヒールをユーカリの木に施し、ようやく腰を降ろす。

 モニカが準備してくれたサンドイッチとコーヒーを楽しみつつ、隣でユーカリを貪るコアラへ目を向けた。

 

「コアラ」

「もしゃ……」

「えむりんがまたいなくなった」

「もしゃ……」

 

 ぱしいっとコアラが口に加えたユーカリの葉を指先で挟む。

 引っ張ったら、無理やり口の中にユーカリの葉を引き込むコアラ。

 

 えむりんがさっきまで目の前にいたのにまたいなくなったんだよ。


「あれ、消えそうとかそんなんじゃないよな?」

「衰弱しているわけじゃねえから安心しろ。ユーカリ」

「魔法か何かなの?」

「妖精ってのは現世うつよ幽世かくりょをゆらりゆらりとしているんだよ」

「えむりんって妖精なの?」

「そうだぜ。本人から聞かなかったのか」

「聞いたけど、こう、なんというかふんわりし過ぎてよく分からなかった」


 そうかあ。えむりんは妖精だったのか。

 妖精ってこの世となんか不思議な世界の二世界をまたぐ存在なのかな。


「消えている時は、幽世ってところに行っているのかな」

「そんな感じだ。あいつ、とんでもなく軽いだろ」

「うん」

「あれは、この世ならざる存在だからだ。妖精はある種、精霊に近い」

「難しいな……」

「そうでもないさ。まあ、間違っても幽世に行こうなんて思うなよ」


 ん、行こうと思ったら行けるのかな?

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