第59話 えむりんだよー

「へるぷみーと言われてもなあ。どうすりゃいいんだろ」

「わたしの浅い知識では、お力になれず」

「コアラを連れて来ようか」

「コアラ様なら何かしらお分かりになるかもしれません」


 俺たちが近寄ってもピクリとも動こうとしないことから、妖精は相当弱っていると予想できる。

 いきなり俺たちのような者が洞に侵入してきたんだぞ。どんなおまぬけさんでも警戒の一つくらいする。

 それが全く反応が無いことから、警戒する余裕もないってことだろうと判断したってわけだ。

 

 見た所、外傷は無さそうだけどやるだけやっておくか。

 片膝立ちになり、妖精に向け手をかざす。

 

「総士の名において祈る。この者の傷を癒し給え。ヒール」


 手のひらから暖かな光が漏れ出し、妖精を覆う。

 少しでも元気になってくれたらいいんだけど……。

 

 お、おお。

 妖精がペタン座りしたまま両手を地面につけて、顔をあげた。

 緑色のアーモンド型の瞳に小さな口。唇の色は血色が悪く、頬も蒼白に見える。

 見るからに調子が悪そうだけど、さっきよりはマシになっている……のだと思う。


「ん?」


 妖精の口元が僅かに動き、くぐもった声を出す。


「お、少しは動けるようになったか?」

「えむりん」


 妖精が自分の顎に指先を当て、大きな目をぱちくりさせる。

 ビスクドールのような整い過ぎている顔立ちで、このサイズだ。

 何だか、対峙していて現実感が無いんだよな……。

 俺も異世界でそれなりに生活をしてきて、非現実的だと思うことは多々あった。

 だけど、まだまだこの世界には幻想的と思えることが一杯あるもんだなあ。

 

「えむりん? 何だろう、何かのキーワードか」

「えむりんはえむりんだよー」


 おっと。

 にぱあっと笑おうとしたのはいいけど、笑顔を張り付けたままクラリと頭が落ちる。

 モニカが彼女の肩を支え、地面に顔が激突するのをすんでのところで助け起こした。

 

「モニカ、そのまま支えておいてくれ」

「承知いたしました」


 ヒールが少しは効果を発揮したんだ。

 少しの効果でも物量があれば、大きな効果となるに違いない。

 戦いは数だよ。兄貴。

 

「総士の名において祈る。この者の傷を癒し給え。ヒール」

「総士の名において祈る。この者の傷を癒し給え。ヒール」

「総士の名において祈る。この者の傷を癒し給え。ヒール」


 はあはあ……。

 都合4回の連続使用か。

 魔力を一気に消費したから、頭がクラクラするところを通り越して吐き気を催してきた。


「魔力おいしー。ありがとうー」


 膝をつき片手を地面につける俺に向け、妖精が感謝の意を伝えて来る。

 心配したモニカが俺の背中をそっとさすってくれた。


「モニカ、そこの壁のところに座らせてくれ」

「承知しました」


 お、おおい。

 肩を貸してくれって意味だったんだけど、抱え上げられて壁を背に座らされてしまった。


「あ、ありがとう」

「いえ、ソウシ様はとても軽いので」

「お、おう……」


 モニカがニコリと微笑むが、それ誉め言葉になってないから。

 どうもこう、モニカは俺の性別を間違えている節がある。

 彼女と出会って以来、聖女として生活していた時間の方が長いから中々その当時の扱いが抜けきらないのは分かるけど。

 もうちょっと、男の子扱いしてくれてもいいんだけどなあ……なんて思うこともある。

 でもま、彼女も言いたいことを言ってくれるようになったので良しとしないとな。うん。

 

「俺はソウシ。こっちはモニカ。よろしくな」

「えむりんだよー」


 えむりんというのはこの妖精の名前だったらしい。

 ヒールの効果があったようで、彼女はペタンと座ったままだけどさっきまでのぐでえっとした雰囲気は無くなっていた。

 地面に手をつかずにちゃんと前を向いている。

 

「こっちは『ぐあるん』だよー」

『へるぷみー』


 変な鳥が妖精の言葉に合わせて囀った。

 どうやら言葉は「へるぷみー」で打ち止めらしい。

 

 自己紹介が済んだところで、彼女の事情を聞くとしよう。

 

「エムでよかったのかな。何があったのか、もしよかったら教えてくれないか?」

「エムじゃないよー。えむりんだよー」

「……えむりん。どうなってここで倒れていたんだ?」

「んーと。この子と一緒にいたくてー。倒れたのー」

「この子って?」

「この子はこの子だよー」


 えむりんが羽を揺らし、地面をパンパンと叩く。

 地面……そうか、ユーカリの大木のことか。

 

「えむりんはユーカリの木の妖精か何かなのかな?」

「ううんー。えむりんは一緒に暮らしているんだよー」


 どうも要領を得ない。

 こう、聞きたいことに対して答えてくれているんだけど、モヤがかかったように意味が掴めないというかなんというか、とてももどかしい。

 

「ソウシ様。えむりん様はドリアードなのでは?」


 モニカが助け船を出してくれた。

 

「伝説に聞く妖精ドリアードか。ドリアードって、木の精霊だったっけ?」

「はい。そう聞いております。ですが、これほど豊かな森の中で衰弱するようなものなのでしょうか」

「確かに。ユーカリの木はともかく、この森は大木も多く、木の密度も結構なものだ」


 モニカと共にうーんと考え込む。


「この子はねー。もう他にいないのー。だから、えむりん、動けなくて」


 沈黙を破るようにえむりんの呑気な声。


「なるほど。そう言う事か」 

「何か気が付いたのですか? ソウシ様」

「あくまで推測だが――」


 モニカに俺の考えを説明する。

 えむりんが森の妖精ドリアードだとしよう。ドリアードってのは、森全体に住まうものではなく特定の木に住み着くものなんじゃないだろうか。

 特定の木に住み着き、そこでエネルギーを得て日々の糧にする。

 木だって永遠じゃあないから、大木が寿命を迎える前に別の木に「引っ越し」しなきゃならない。

 だけど、えむりんは引っ越しをせずこのユーカリの木に残った。

 なので、衰弱して倒れていたってわけだ。

 

「凄いです。ソウシ様」


 モニカが両手を胸の前で合わせ、喜色をあげる。


「えむりん、『引っ越し』しないのか?」


 自分の持論を確かめるようにえむりんに問いかける。

 だけど、えむりんは首を左右にぶんぶん振って、羽を震わせた。

 

「だめだよー。この子は他にもういないんだものー。だから、えむりんが一緒にいなきゃ」


 お、どうやら俺の考えは間違っていなかったようだな。

 なら、彼女に何で引っ越ししないのか聞いてみないと。


「ユーカリの木って、この森にはもう自生していないのか?」

「うんー」

「心配するな。ユーカリの木ならランバード村にあるから」

「そうなのー。やったー」

「探知とかできないのかな?」

「まってねー。えむりん、ぐてーっとなってたからー。見ることができなかったのー」


 ぱたぱたと羽を震わせたえむりんが浮かび上がり、羽から七色の鱗粉が舞う。

 鱗粉がえむりんの周囲をぐるぐると廻り、不意に消失した。

 

「ほんとだー。新しいユーカリが一本あるー」

「だろ? だから、もうここにいる必要はないんだ。引っ越ししたらどうだ?」


 ユーカリはこの大木だけじゃあない。なら、えむりんがここに留まる理由はないだろう。

 住みやすい木に移住するがいいさ。


「うんー。じゃあ、えむりん、そこに行くー」

「え?」

「だってー、ユーカリの木は一本しかないんだよー。だから、えむりんがお世話するの」

「お、おう」


 まさかユーカリの木への居候が増える展開になるとは思いもよらなかった。

 

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