第58話 へるぷみー再び
「モニカの名においてお願いいたします。風の精霊さん。ウィンドカッター」
風の刃が茂みを切り裂き、どさりと何かが倒れる音が耳に届く。
またしてもモニカが獲物を仕留めてしまった。
そらまあ、俺と違って彼女は風の精霊魔法で獲物を探知できるわけだしな。
「お、おお。待望のボアイノシシじゃないか」
倒れ伏していたのは待ちに待ったボアイノシシだった。
うっひゃー。こいつがあれば二週間はいけるぜ。味も悪くないどころか、狩猟できる獲物の中では上位に位置する。
「ソリに乗せましょう」
俺の後ろからボアイノシシの様子を覗き込んだモニカが平坦な声で告げた。
彼女は相変わらずだなあ。自分のやったことに対しては喜びを見せない。
狩猟だって、そうそう獲物をゲットできるもんじゃないんだけどな。
「洗浄してからにしよう。周囲の警戒を頼む」
結界があるから、早々のことではビクともしないけど警戒するに越したことはないからな。
では、失礼して……。
ボアイノシシの腹に刃を入れ、洗浄できるようにしてっと。
目を閉じ、集中状態に入る。
「総士の名において依頼する。水の精霊よ。我が周囲を清めよ。ウォッシャー」
「きゃ」
あ、モニカも効果範囲に入っちゃった。
ボアイノシシに刃を入れた時に、腕までべっとりになってしまったからついでに俺も綺麗にしようと思ったんだよ。
俺の結界は範囲が狭いので、モニカは俺とつかず離れずの距離で行動していた。
なので、ウォッシャーを範囲にしたため、彼女も一緒に洗浄されてしまったってわけだ。
洗浄が終わったボアイノシシをさっそくモニカが単独で持ち上げ、ソリの横にどーんと置く。
ソリには既に獲物が乗っかっている。
ボアイノシシは巨体だから一体でソリを占有しちゃうんだけど、ここには既に森ウサギとブレードディアが載っているんだよねえ。
森ウサギはともかく、ブレードディアは奈良公園にいる鹿と同じくらいのサイズがあって脇に避けてボアイノシシをってのは難しい。
「ブレードディアの角は折っちゃおうか」
「そうしましょう。揺れてロープが切れたら大変ですし」
よっし。
ブレードディアは通常の鹿とほとんど同じ見た目をしている。立派な角が刃のように鋭利さを持つのが違いだ。
多少通常の鹿より戦闘能力が高いけど、俺やモニカにとってはどっちでも変わらない。
等しく美味しいお肉である。
「失礼します」
モニカがソリの前で膝を折り、片手でブレードディアを掴みボアイノシシと反対側の地面にあっさりと移動させてしまう。
お、おいおい。
いや、丸太の惨劇を見たからこれくらい当然なんだけど、何度見ても「力持ちってレベルじゃねえよ」と突っ込みたくなる。
「ボアイノシシを下にして、ブレードディアを上に乗せてしまいましょう」
「持てる?」
「ちゃんとロープで縛れば問題ありません」
いや、その問題じゃあなくて。いやもはや何も言うまい。
重さは問題ないってことだよな。どれくらいまで持てるのか見てみたい気がするけど、あけっぴろげに聞くとまた気にし出すかもしれないから黙っておこう。
彼女の中で力持ちってことは、大っぴらに語ることではないのだから。
しっかし、あんなに細い腕なのにどこにあんなパワーが秘められているのか謎だ。
自慢じゃあないが俺は非力である。この世界の男は結構みんな力持ちでなあ。俺はたぶん平均的な日本人男子より筋力が無い。
ははは……。
さすがに、この世界で生きてきただけに持久走なんかは問題ないんだけどさ。
ソリの上にボアイノシシがのっかり、その上にブレードディアが。
試しにソリを持ち上げてみようとしたが、ビクともしない。
「ソウシ様。可憐なソウシ様に力仕事はお似合いになりません」
そう言ってモニカがソリの下に指を通し僅かに肘を動かす。
たったそれだけでソリが傾いた。
うわあ……。
若干引き気味ながらも、素早くロープでボアイノシシとブレードディアが落ちないようにしっかりと縛り付ける。
ついでなので、森ウサギも固定しておいた。
「かなり早いけど、獲物がたっぷりだし屋敷に戻ろうか」
「はい! 戻ったら縫製をしてもいいですか?」
「お、いいね。俺も手伝おうかな」
「いえ、完成するまではお待ち頂きたく……」
「うん、じゃあ、俺は大工するかな」
モニカはまず「俺の服を作りたい」とか言っていたものな。
あ、ちょっと待て。
念押ししておかなければならないことがある。
「モニカ、一点、念のため確認だ」
「はい」
「服はちゃんと――」
『へるぷみー』
ちょ、いいところで変な声に邪魔された。
もう一度「へるぷみー」と鳴きながら、変な鳥がブレードディアの上にとまる。
「コアラはもう救助完了したじゃないか。まだこの辺を彷徨っていたのか?」
変な鳥はばざばさと翼を震わし、俺の肩にとまる。
『ふぉろーみー』
「ん? コアラのところに行くなら、これから戻るぞ」
『ふぉろーみー』
変な鳥がバサリと飛び上がり、俺の頭上でくるりと弧を描く。
「どうしたんだろう?」
「行ってみますか?」
「荷物もあるしなあ」
「それは問題ありません」
「あ、うん……」
にこやかにソリを持ち上げあげるから、たらりと冷や汗が額から流れた。
◇◇◇
くるくると弧を描きながら進む変な鳥について行くと、見知った開けた場所に出た。
枯れかけた、いや、すでに枯れているかもしれないユーカリの大木があるところだ。
ここでコアラが倒れていたんだよな。
『ふぉろーみー』
モニカと顔を見合わせ、頷き合う。
ユーカリの大木の下まで来たが、変な鳥の「ふぉろーみー」は止まらない。
変な鳥は木の幹を上へ上へ登って行く。
「モニカ、ソリをそこに置いてあの鳥を追いかけようか」
「承知いたしました」
「木登りは手伝うから安心してくれ」
「……はい」
恥ずかしそうに頬を僅かに染めるモニカだった。
あれだけ力があったら、木の幹に指を引っかけて上に自分を放り投げるようにしたらびゅーんと上まで飛んでいけそうだけど。
それはそれで危険か。勢いが付き過ぎてどこかにぶつかり下に落ちてしまうかもしれないし。
モニカの手を引きながら、大木の幹を登る。
少し登ったところで、太い枝が二股に分かれている地点まで来たところで、変な鳥が消えた。
ん。
どこに行ったんだ?
「ソウシ様。あそこに」
モニカが指さす方向にぽっかりと開いた洞があった。
屈めば中に入ることができそうだな。
「行こう」
彼女の手を引き、洞を目指す。
◇◇◇
洞の中は入り口こそ狭かったが、下へ広い空間が広がっていて立ち上がって歩くことができるほど広かった。
『へるぷみー』
「ん、あれは……」
変な鳥が嘴を右に向ける。
そこには、緑の髪をした妖精?がペタンと座りぐったりと頭を下げていた。
大きさはコアラより小さい。立ち上がったとして、身長は俺の肘から指先くらいまでしかないだろう。
背中からはアゲハ蝶のような羽が生えていて、ウェーブのかかった緑色の髪は新緑を彷彿とさせる。
葉っぱを組み合わせたようなワンピースを着ていて、うつむいているから顔は確認できない。
「この鳥はこの妖精? を助けるために動いていたのか?」
「分かりません。コアラ様とこの方のお二人を、だったのかもしれません」
「コアラはこの……ええと、仮に妖精としよう。この妖精のことに気が付いていたのかなあ」
「どうでしょうか。案外、知らなかったのかもと思っております」
妖精だからなあ。普段は人の目には見えないとか、妖精自身が選んだ人にしか姿が見えないとかはあるかもしれない。
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