第54話 頭の中に

「ソウシ様、一日ぶりにここへ来ましたが、随分とユーカリの木が大きくなっていますね」


 コアラの相変わらずのふてぶてしさに俺の拳が震えていることを見て取ったのか、モニカがユーカリの木を見上げながら声をかけてくる。

 彼女なりの気遣いに俺の気持ちも落ち着いてきた。

 

「うん、ユーカリの木が丸裸になっていたから、昨日更にヒールをかけたんだよ」


 この分だと、最低20年物のユーカリの木が十本くらいないと自然状態ではコアラが生存できなさそうだ。

 ヒールをかけたら、ユーカリの葉が全て復活するから俺がいるうちはいい。

 しかし、長期間山や森に出かけるなどしたら、このままだと瞬く間にユーカリの葉が無くなってしまう。

 博識で村の囲いを作ってくれたりと、コアラなりに頑張ってくれているのだけど、こいつの生存権確保はなかなかに面倒だ。

 

「ヒール? 変な生物さんが怪我されていたのですか?」


 フェリシアがこてんと首を傾け疑問を投げかけてくる。

 

「いや、変な生物は怪我なんかしていないさ。俺のヒールじゃ、擦り傷くらいしか癒せないしな」

「モニカが先ほど『ヒール』と言っていませんでした?」

「あ、そうか。実は俺のヒールはな」


 見せた方がいいか。

 どっちにしろ魔力が余っていたらユーカリの木にヒールをかけるつもりだったんだ。

 目を閉じ、意識を聖魔法の構築に集中させる。

 

「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」

「な、な……」


 絶句するフェリシアをよそに、ユーカリの木がぐんぐん成長していく。

 ヒール一回分だと一年の成長だから、大して成長しないな。

 

「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」

「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」

「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」


 はあはあ……。

 さすがに連続使用すると、頭がクラクラする。

 驚愕してペタンと尻餅をついてしまったフェリシアの手を引き、立ち上がらせる。

 っと。

 そんなに強く引っ張ったつもりはなかったんだけど、勢い余った彼女の頭が俺の胸にすとんと。


「フェリシア……」


 モニカの凍てつく波動が俺の背中に突き刺さる。


「いや、モニカ。俺が強く引っ張り過ぎただけなんだって」

「そんなことはありえません。ソウシ様の細腕で勢い余るなんてことは」


 事実、それほど筋力がある方じゃないけど、女の子にハッキリと言い切られたらいろいろ来るものがあるんだってば。

 図太いようだけど、俺だって繊細なところがあるんだぞ。

 

 ――ガサガサ。

 その時、枝が不自然に揺れる音がする。

 奴がぱっちりとお目目を開き、大きな黒い鼻をピクリと動かした。

 

「ユーカリ」

「他に何か言う事あるだろ!」


 ついつい突っ込んでしまう。

 俺の言葉なんてもちろんコアラは聞いちゃいない。

 でろーんとなった体に力を入れ枝の上にお座りすると、流れるような動きで手を伸ばしユーカリを口元に運ぶ。

 何という洗練され、無駄のない動きなんだ。

 全く羨ましくないどころか、呆れを覚える。他にもっと努力するところがあるだろう。

 

「な、なんですの……」

 

 俺の胸に頭を預けていたフェリシアがガバッと顔を上げ、俺の両肩を掴む。

 ぐわんぐわん前後に揺すられ、頭がくらくらしてきた。

 

「分からん。まずは何が『なんですの』なのか説明をして欲しい」

「変な生物さんが喋ってますよ!」

「変な生物だから言葉くらい話すさ」

「答えになっておりませんわ! お喋りする動物なんて見た事ありません。変な生物さんは獣人には見えませんし」

「まあ、そうだろうな。コアラだし」


 何でコアラが喋るかなんて、コアラだからだとしか言いようがない。

 俺からすれば人間以外の生物が喋るこの世界だから、何があってもそんなものだと思うことができる。

 喋る猫耳、喋る虎頭、リザードマン、そしてコアラ。

 ほら、別に普通に思えてくるだろ?

 

「聞いたことがありますぞ。人知の及ばぬ秘境には『全てを知る賢者』が住むと言う。賢者は人の姿をしていないとも」


 突如、ベルンハルトがポンと手を叩き口を挟む。


「変な生物さんは賢者様ですの?」

「本人は違うとか言ってるけど、な?」


 もしゃもしゃし続けるコアラに目を向ける。

 しかし、奴はもしゃもしゃに夢中で何ら反応を返さない。

 

「仕方ない。この木を伐採するしかないな。モニカなら一撃だぞ」

「……もしゃ。そうだ。俺は賢者なんかじゃない。ただのコアラ。ユーカリを愛すただのコアラだ」

「だそうだぞ。シア、ベルンハルト」


 ん、モニカが何やら言いたそうだ。

 

「どうしたの? モニカ」

「風の精霊魔法でしょうか。それとも素手でしょうか」

「え、木を伐採するお話のこと?」


 それ重要なことじゃないからね!

 ふてぶてしいコアラに回答させるためだけの方便ってやつだ。

 だけど、モニカは収まらないご様子。

 

「そうです」

「え、いや。モニカならどっちでもいけるんじゃない? ほら、木を抱いてぐおんと引っ張れば根っこごと抜けそうな」

「そちらをご所望でしたか、そうですね。それですと植え替えもできると思います。根はズタズタになりますが、ソウシ様のヒールがあれば」

「い、移動させることがあったら頼むよ」

「承知いたしました」


 乾いた笑い声が出そうになるのをぐっと堪え、眉間に皺を寄せるにとどめる。


「分かった。分かったから、ユーカリの木には何もしないでくれ」


 何か知らんが、コアラには効果覿面だったようだ。

 奴はスルスルと木から降りてきて、ユーカリの木を背にブルブルと首を横に振る。

 よし、丁度いい。このチャンスに聞かせてもらうぞ。

 今なら奴は素直に質問へ応じるはずだ。

 

「コアラ。頭の中に変な声が響いて来たんだけど、アレは?」

「そいつは魔法だ。それなりに強い生物が近くまで接近した時に知らせてくれる」

「土の精霊魔法にそんなものが……どちらかというと風ぽいけどな」

「まあ、いろいろあるんだよ。魔法ってのにもな」

「警告自体はありがたい。これってずっと効果が続くもんなの?」

「おう。そうだぜ。三日に一回、かけなおすけどな」


 効果時間は三日らしい。

 土の精霊魔法を使う親しい間柄の人がいなかったから、どんな魔法があるのかよく分からない。

 モニカは風、フェリシアは火、ベルンハルトは精霊魔法が使えないからさ。

 神官長は俺と同じ水だったしなあ。

 その三人以外とは、それほど仲良くならなかったから……中には土の精霊魔法を使う人がいたかもしれない。

 

 ちょ、待て。

 またしてもフェリシアが俺の両肩を揺さぶる。やめてくれえ。三半規管があ。もう悲鳴をあげているのお。


「突然どうしたんだ?」

「やっぱり、変な生物さんは賢者様なんじゃないですの?」


 目をキラキラさせて俺の顔を見上げるフェリシア。


「さっき、変な生物本人が違うって言ってたじゃないか」

「『頭の中に声が響く』なんて魔法、聞いたことがありませんもの!」

「そうなの?」

「はい!」


 コアラが賢者説再び。

 いや、賢者だろうが別の何かだろうが別にどっちでもいいんだけどね。

 コアラが村のために尽力してくれるなら、奴が何であっても構わない。

 コアラはユーカリの葉っぱさえ食べられたらいいみたいだから、俺やモニカを護ってくれこそすれ攻撃してくることもないからさ。

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