第53話 フェリシア
モニカに向けてぽかーんとしているのは俺だけだった。
いや、フェリシアも大きな赤い目を見開いて驚いている。モニカではなく、俺に対して。
「ソウシ兄さまの前では見せないようにしていたと思っていたのですが、どうされましたの?」
「モニカには思ったことを言ってもらえるように何度も言ったんだよ。彼女は『少しだけ力持ちなんですよ』って言って」
「少しじゃありませんわ。馬鹿力ですもの」
「で、でもまあ。俺は助かっているよ」
はははと笑い手を振ると、フェリシアがぷくーっと頬を膨らましつま先立ちになって抗議してくる。
「モニカばっかり、ずるいです」
「シアがモニカを送り出してくれたんじゃないの?」
「……う……そ、そんなことないです。モニカはシアのライバルなんだから」
「いい子だな。シアは」
「ううう。そんなことないもん」
真っ赤になってふくれ首を振るシア。
モニカとフェリシアは共に聖女の侍女として俺の世話をしてくれていた。
聖女の侍女になる者は総じて魔法の素質が高い。何故なら、聖女の侍女の中から次世代の聖女が選ばれるからだ。
もちろん、例外もあるにはあるが。
市井の者が見初められるため、高位低位の貴族まで侍女を目指す者は絶えない。
それだけ、聖女ってのはリグニア王国にとって憧れの的ってわけなんだ。
モニカとフェリシアは聖女争いという側面で見ればライバルだった。
だけど、二人ともそれほど競争意識が無く、二人仲良く俺に仕えてくれていたものだ。
おっと、話が逸れたが、フェリシアとモニカがライバルだった時期は長くはない。聖魔法の修行を始めた二人はすぐにライバルではなくなったんだ。
――モニカには聖属性の素質がなかった。
なので彼女は早々に聖女レースから脱落し、最終的にフェリシアが俺の跡を継いでくれることとなる。
それでも、彼女はモニカをまだ良きライバルと思ってくれているんだな。
涙目になって唇を尖らせているフェリシアへ微笑みかける。
すると彼女は頬を真っ赤にして顔を逸らしてしまった。
全く、素直じゃないんだから。
「モニカとシアは素晴らしい親友だな。彼女もきっとシアのことが大好きだよ」
「モニカに先を行かれてますの。絶対追いついてやるんだから」
ふふんと可愛らしく鼻を鳴らすフェリシア。
はて。
もう先も後ろもないと思うんだけど……。彼女の中でまだ何か思うところがあるのかな?
「聖女は相当忙しいのに、わざわざ時間を割いてここまで来てくれてありがとうな」
「シアには大きな目標がありますの! でも、ソウシ兄さまにずっと会えないとふにゃーとなってしまいます」
「は、ははは。そうか。どうだ、聖女は?」
「聖女は目標のための一歩なのです」
「へえ。聖女の先に目標があるのか?」
「ま、まだ秘密なの。きっとソウシ兄さまもモニカもベルンハルトもびっくりするんだから」
「ほお、そりゃ楽しみだ」
「だから、頑張ってって……して、欲しいですの」
「目標に向けて頑張るのだ、シア」
ん。
俺なりに鼓舞したつもりだったんだが、フェリシアが何やら不満気なご様子。
俺を見上げたまま、硬直している。
あ、涙目になってきた。
「す、すまん。気が抜ける頑張れだったな……」
「違いますの……頑張れといったら、うう」
ピーンと来た。
右手を伸ばし、フェリシアの頭に手を置き絹のような銀色の髪をそっと撫でる。
彼女の目じりが下がり口元を嬉しそうにあげた。
彼女のサラサラの髪に指先を通し、首元まで指で
「んん」
フェリシアは気持ちよさそうに声をあげた。
――ガタン!
大きな音がして、思わずそちらに目を向けると、荷台をギリギリと掴むモニカが。
やばいモニカ。荷台が壊れちゃう。
ギシギシと嫌な音を立てているぞ。
「フェリシア」
地の底から響くようなモニカの絶対零度の声がフェリシアに突き刺さる。
「ソウシ兄さま、もっと撫でて欲しいですの。シア、もっと頑張れそう」
しかし、フェリシアときたらどこ吹く風だ。
さすがにちょっと不味いんじゃないのと思った賢い俺は、フェリシアの銀色の髪から手を離す。
「モニカはずっとソウシ兄さまといるから、いいじゃないのお。シアは今度いつここに来られるか分からないんだから」
「……仕方ありませんね……」
フェリシアが口を尖らせぶーぶー言うのに対し、モニカは一応納得した様子だった。
だけど、ギシギシがギリギリって音に変わっているぞ。このままじゃあ荷台にモニカの指がめり込む。
こいつはこのままではマズイ。早く何とかしないと。
「あ、えー。ベルンハルト。いつ頃まで滞在できる予定なんだ?」
「明日の朝にはフレージュ村に向かいます。それまでは聖女様にはごゆるりとしていただく予定ですぞ」
さすがベルンハルト。この状況にも全く動じておらず普通に言葉を返してきた。
そうか、明日までいるなら……この村には何もないから余り楽しめるものがないんだよな。
「おー、そうだ。シア、ベルンハルト。変わった生き物がこの村に住み着いているんだよ」
「変な生物さん? どのような生物なのでしょう」
フェリシアが目を輝かせ、話に食いついてきた。
やったぜ。彼女の気がこちらに向いたぞ。
こうなればモニカも気分を変えてくれるに違いない。
「仕方ありませんね」
俺と目が合ったモニカが、ふうと息を吐き苦笑する。
コアラには「緊急事態」のことで問い詰めたかったし、ちょうどいい。
まだ寝てそうだけど……。
空に登る太陽の傾きを見てみたところ、日暮までにはあと数時間くらいと予想できた。
◇◇◇
予想通り、ユーカリの木の枝でコアラはすやすやと眠っていた。
相変わらずの寝相の悪さで、枝から体がでろーんと伸びて落ちそうになっている。
「あれだ。変な生物」
「初めてみました。とってもふさふさもふもふしていますのね。可愛いです!」
両手を胸の前で合わせ、きらきらと目を輝かせるモニカに変な笑いが出て来そうになった。
やべえ、堪えないと。あれが可愛いとか無い無い。
「噛みつきはしないから安心してくれ」
「はい!」
何が楽しいのか、フェリシアはずっとコアラから目を離さないでいる。
「あの変な生物は草食でな。この木……ユーカリの木の葉っぱしか食べないんだ」
「だから、あの木にいるのですのね」
「うん。ユーカリの木は希少みたいでさ。住み着いちゃったんだよ」
「可愛いもふもふさんを毎日見ることができるなんて、羨ましいですわ」
「そ、そうか」
あれ見てもテンションなんてあがるどころか、余りのふてぶてしさにテンションがだだ下がりするんだけど。
蓼食う虫も好き好きって言葉が浮かんだ俺なのであった。
「ん?」
コアラが起きた!
目をぱっちりと開けて、フェリシアと目が合う。
しかし、コアラはまた目を閉じてすやすやと寝てしまう。
「そこでまた寝るなよ!」
俺の突っ込みにコアラからの反応はなかった……。
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