第41話 重たくないですか?

「よおっし、モニカ。一気に駆けおりよう」

「きゃ」


 モニカを抱え上げ姫抱きすると、彼女が可愛らしい悲鳴をあげた。

 ここからなら風の精霊魔法が無くとも進むことができる。

 

 障害物も無し。崖は激しい傾斜になっている。

 

「総士の名において依頼する。水の精霊よ。氷となり我が身を護れ。アイスシールド」

 

 行くぜー。ヒャッハー。

 速い速い。これなら直線一気だぜ。

 

 そしてここでええ。

 頃合いを見て続く水の精霊魔法を唱える。


「総士の名において依頼する。水の精霊よ。氷となりて描け。アイスフォーメーション」


 ジャンプ台のように氷を形成し、すぽーんと前に勢いよく飛び出す。

 体の重心が上から下へ切り変わるに合わせて、足元に氷の滑り台を構築。


「たぶんあの辺だ」

「いえ、もう少し右です」


 モニカが補足してくれる。

 さすがモニカ。ちゃんと見ているぜ。そこに痺れる憧れる。

 今の俺はもうテンションあがりまくりで、自分で何を考えているのかよくわからなくなってきた。

 それほど、このジェットコースターは気分爽快になることができるんだ。

 

 ズサアアアと地面を滑り、木に手をつき停止する。


「この辺りかな?」

「はい。あの木の裏辺りかと」


 この辺りは木々の密度が高い。行きは木の枝から枝を伝って氷を張り巡らせることができたくらいだし。

 モニカの示す大木まではだいたい50メートルってところ。なかなかいい場所まで来ることができたんじゃないかな。


「ソウシ様」

「ん?」

「お、重たくないですか?」


 特に重くもなんともないが、モニカは華奢だし。

 あ、そういうことね。


「悪い悪い。警戒心が足らなかったよな」


 モニカを姫抱きしたまま進もうとしていたよ。

 俺の抜けっぷりにモニカが顔をそらして頬を赤くしている。そんなに怒らなくてもいいじゃないか。

 空中ジャンプでちょっとばかしテンションがあがっていたことは認める。

 

 すぐさまモニカを降ろし、周囲の気配を探った。


「ソウシ様。索敵なら既に行っております」


 ちょっとばかし声がトゲトゲしい気がするんだけど、そんなにノリノリ過ぎたのかな……。

 しかし、さすがモニカだ。

 俺が浮かれていてもちゃんと警戒を怠っていない。できるメイドである。

 

「ま、まあまあ」


 軽い調子でモニカの手を握り頭を下げた。

 そのまま、彼女を手を引っ張り先へ進もうって腹だ。


「手ですか。ソウシ様ですし、これで良しとしましょう」

「何が良しなんだろう?」

「こちらの話です。ソウシ様、尻尾が奪われないうちに急ぎましょう」

「え? 何か来ているの?」

「その通りです。飛竜の肉片が撒き餌のようになっておりますので」

「そいつは急がないとな」

 

 そらそうか、空からおいしい生肉が落ちて来たんだ。そらもう肉食獣たちが喜び勇んでやってくるよな。

 しかし、飛竜の尻尾は俺のもんだあ。カエルの時のようにはいかせねえぞ。

 

 モニカの手を引き、大木の裏へ出る。

 お、あったあった。飛竜の尻尾。

 藪の上にでーんと鎮座しておられるではないか。

 周囲には飛竜の鱗がチラホラと見える。

 

「モニカ。敵は?」

「二体でしょうか。ですが、人間並みの知性があるモンスターはいません」

「小型の肉食獣とかそんな奴らか?」

「はい。肉にありつけているのでこちらに興味を示しておりませんね」


 狼とかが飛竜の肉をうまそうに食べている姿を想像し、ぎりぎりしてしまいそうになった。

 余計なことを考えず、今は尻尾を持ってずらかるのだ。

 

「モニカ。尾先のほうを持ってくれるか」

「承知しました」


 丸めて持ち運ぼうと思ったが、結構重量があってさ。

 咄嗟の時のことを考え、モニカと二人縦に並び尻尾を抱え上げることにしたんだ。


「アイスシールドはお使いになられないのですか?」


 ずらかろうとしたところでモニカがふと呟くように俺へ質問を投げかけてくる。

 

「急がないのなら、尻尾もあるし歩いた方が安全かなと思ってさ」

「飛竜の尾を落とすと手間ということですね」

「その通り。それに別々に進むと落ちた時にさ」


 行きと同じ理由だ。行きのようにモニカを姫抱きして進むこともできないしさ。


「承知いたしました。余計なことをお聞きし申し訳ありません」


 恐縮したようにペコリと頭を下げるモニカだったが、やっぱり彼女の気質はなかなか抜けないと少し残念に思ってしまった。


「いや、疑問点はいくらでも質問して欲しい。自分が俺に……って気持ちがあるのかもしれない」

「ですが、わたしはソウシ様の」


 言いかけたところで、彼女の言葉に自分の言葉を重ねる。


「俺のためだと思ってさ。気になったり疑問に思ったことはガンガン来て欲しい」

「ソウシ様のため、ですか」

「うん」

「それはとてもいいお言葉ですね」

「お、おう」


 モニカはとってもいい笑顔で頷きを返した。

 彼女は笑顔のまま首を少し横に傾け、さっそく意見を述べる。

 

「氷の上を進まれるのでしたら、尾を丸め、わたしがソウシ様を背負うこともできます」

「いや、それ逆だろ!」


 こんな小柄な女の子に俺が背負ってもらって、さらに飛竜の尻尾を巻きつけるとか無いだろ。

 でも確かに、背負えばバラバラに進むことを心配せず最速でソリのところまで戻ることができるな。

 やっぱり、俺以外の忌避ない意見を聞くことは大事だ。それがたとえ、突飛なものだとしても。

 

「重量ならご心配なく。ソウシ様くらいでしたらわたしでも問題ありません」

「いや、そうじゃなくってだな。こんな華奢で可愛い女の子に男が背負われるなんて絵面がもう犯罪だろ」


 といっても、誰も見ていないけどさ。


「か、可愛いなどと……お世辞でも嬉しく思います、いやそんなことじゃなくて、うう。ソウシ様!」

「はい!」


 えらい強い口調で名前を呼ぶもんだから、ついしゃきっと返事をしてしまった。

 

「絵的と申しましたが、問題ありません! ソウシ様はお美しいので」

「いや……それは……ちょっとアレだな……」


 力強く言い切られても困る。

 一応これでも男なんだからな。この前は不本意ながら女装をしたけど。

 もちろん、誰一人たりとも俺のことを男だと思うものはいなかった。

 だがそれは、変異の魔道具があったからに他ならない。基本、声が女の子なら女の子だと思うもんだろう?

 

「申し訳ありません。訂正します」

「お、おう。分かってくれればそれでいいんだ」


 不満気な俺の雰囲気にモニカが気が付いてくれたらしい。

 

「お美しいより可憐が勝っております」

「……」


 もういい。もういんだ。

 とっととソリのところまで行こう。

 

 ◇◇◇

 

 ソリのところまで、戻ってきた。

 でも、何か変なのがいる。

 

『森の賢者にお目通りせよー』


 オオハシのようなオレンジ色の大きな嘴を持つカラスくらいの大きさの鳥が、ソリの傍にとまっていた。

 こんな鳥は二羽も三羽もいないだろうから、この前あった変な鳥と同じ鳥だと考えて間違いないか。

 それにしても――。


「言っていることと、やっていることがまるで違うだろ!」


 汚れてしまったサンドイッチを突いて貪っているのに、お目通りは無いだろ!


「ソウシ様、この鳥が先日おっしゃっていた鳥ですか?」

「うん。誰かに言葉を教えられたんだと思う。この鳥はオウム返ししているだけだよな?」

「はい。わたしも同じ意見です。言葉の意味を分かって囀っているわけではないように見えます」


 特に放っておいても俺たちに害は無いから、無視してソリに飛竜の尻尾を載せることにしよう。

 

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