第42話 ふぉろーみー
「よっと。モニカ、そっちからロープを回してくれ」
「承知いたしました。どうぞ」
「ありがとう」
ソリから飛竜の尻尾が落ちないよう、荒縄で縛り付ける。
ちょいちょいっと引っ張って様子を確かめ……うん、これで大丈夫だな。
『森の賢者にお目通りせよーげぷ』
食い終わったのか。喋るのか食べるのかどっちかにしろというに、気が散って仕方ない。
変な鳥はサンドイッチを食べきり、ぴょんぴょんと跳ねるように飛竜の尻尾の上に乗る。
「ちょ。おま」
変な鳥が尻尾を突っつき始めたから、変な声が出た。
「ご心配なさらずとも、このサイズの鳥では飛竜の鱗は貫けません」
サンドイッチだけでなく、俺の飛竜の尻尾まで捕食しようとは欲張りすぎるだろ。
モニカの言う通り、変な鳥の嘴だと飛竜の鱗は硬すぎ逆に嘴が傷つきそうだった。
三回ほどこつこつとしたところで、変な鳥は飛竜の尻尾を諦めた様子だ。
「森の賢者ってやつはこんな意地汚いペットを飼っているのか」
ろくでもない奴な気がしてきた。
賢者って言うから、仙人のような老人かはたまたぼんきゅーぼんの美女エルフなんかを想像し期待感が膨らんだんだけど……。
嫌な予感しかしない。
苦笑いする俺へ向け、変な鳥が囀る。
『森の賢者。へるぷみー』
ん、別のことを喋ったぞ。
し、しっかし、何だよ「へるぷみー」って。
思わぬ言葉がツボに入り、笑うのを堪えていたが我慢できなかった。
こうなるともう止まらず、腹が腹が痛い。
「ソウシ様」
心配したモニカが俺の名を呼ぶ。
彼女は至って冷静そのものだ。
「あははは。この変な鳥、結構な訓練を受けているみたいだな」
「そうなのですか? わたしは何らかの魔法かと思いました」
「確かに、その線も否めないな。賢者というくらいなのだから、こいつの飼い主は魔法に長けてそうだし」
俺が考えたのは変な鳥が「キーワード」を教え込まれたのではないかと言う事だ。
普段は鳴き声のように「森の賢者にお目通りせよー」と繰り返し、俺たちのように言葉が通じる相手が問い返すことを想定し別の言葉を喋るようにしたのではないか。
想定ワードは一番可能性が高い「森の賢者」にした。
というのが俺の推論だ。
手段が訓練ではなく魔法だったしても手の込んだやり方だと思う。
それなのに、何だよ。「へるぷみー」ってのはよお。
途端にやる気を無くす。
せっかくこう「できる奴」なことをしているのに、結果がアレじゃあ台無しだよ。
でも、ちょっと試してみるか。
「へるぷみー」
『森の賢者。へるぷみー』
これじゃあないか。変な鳥の言葉は変わらない。
これで合点がいったモニカも、俺と同じように言葉を試す。
「ついて来て欲しいのですか?」
モニカが問いかけると、変な鳥がばさりと羽ばたき彼女の肩に乗る。
『ついてこいー。ふぉろーみー』
彼女の方の上で嘴を右斜め前に傾ける変な鳥。
「いかがいたしましょうか?」
「どうしようかなあ」
モニカが変な鳥の嘴に指先を伸ばすと、奴の方から嘴をくいっと上げてきた。
彼女はそのまま指先で嘴に触れ撫でる。
「人間には慣れているんだなあ」
「『ついてこいー』と言った相手には従順になるのかもしれません」
「確かに。それは有り得るな」
「はい。鳥も可愛いものですね」
変な鳥の翼に触れ、目を細めるモニカ。彼女は動物が好きだよなあ。
ニクの事も可愛いとか言っていたし。
「賢者に会いに行くのはいいんだけど、今日はもう遅い」
「そうですね。飛竜の尾もあることですし」
「うん。こいつこのままついてくるかな」
「どうでしょうか。ついて来ますか?」
鳥に問いかけるモニカだったが、あいつは人間の言葉を理解しない……たぶん。
「ニクも待っていることだし、戻ろう」
俺の言葉にモニカは腹の真ん中辺りに両手を添え、お辞儀をすることで応じるのだった。
◇◇◇
――翌朝。
結局、森に行くことになったので丁度いいと言えば丁度いい。
あの後、変な鳥はモニカの肩に乗ったまま屋敷までついて来た。
ニクのために大麦を平皿に入れ床に置くと、変な鳥も大麦を突っつきまくって……やっぱり奴は図々しい。
とまあそれはともかくとして。
森に行くことになった理由だが、森の賢者に会いに行くのが主目的ではない。
賢者はついでだ。時間があれば行ってもいいかな程度である。
「ソウシ様。そろそろご気分を切り替えられると、モニカは嬉しいです」
「いや、機嫌が悪くなったりなんてしていないよ。ごめん、心配させて」
よほど気を使わせたのだろう。
モニカが普段とは違って上目遣いで言葉遣いまで変えて慰めてくれた……。
大丈夫っていっても、彼女は目線を離してくれない。
「だから、大丈夫だって。な」
「本当ですか? モニカは嬉しくなっていいんですか?」
「うん。分かったから。元に戻ってくれていいから」
「はい。撫でてくれたら戻ります」
彼女なりの気持ちの切り替えか。
自分から言ってくれるところが彼女の優しさだよなあ。本当に心が広くて頭が下がるよ。
モニカは上目遣いをやめ、俺が撫でやすいように頭を下げる。
「ほら、これで」
「はい。ソウシ様が言葉通りだということが分かりました」
「そうかな」
「はい。お願いを聞いてくださいました」
「撫でるくらいなら、いつでも」
「……」
無表情にプイっと踵を返し、バスケットの準備の続きを始めてしまうモニカであった。
うん。いつもの凛とした佇まいの彼女が戻ってきた。
いや、俺が悪いってわけってんだよ。
飛竜の尻尾が硬すぎて食えたものじゃあなかったから、ずうううんと落ち込んでしまってな……昨日何も食べなかったんだ。
心配したモニカが何度か手を変え、料理を作ってくれたんだけど……すまん。モニカ。
心の中で再度謝罪する。
そんなわけで、肉を獲得するために今日もまた森に行こうってわけなんだ。
「モニカ。俺は俺で準備をしてくるよ」
「承知いたしました。わたしの方は後少しで完了します」
「了解。俺は荒縄を持ってくるだけだから」
二階にあがり、予備の荒縄をとってきてソリに乗せる。
◇◇◇
再び森である。
ソリを引き、モニカと彼女の肩に乗る変な鳥を連れて。
やることは昨日と同じ。獲物を探し、仕留め、持って帰る。
とてもシンプルだ。
「今日はどの辺りに行こうか?」
「ソウシ様の行かれるところでしたらどこでも構いません」
モニカも特に行きたいところってのは無いみたいだな。
「気の向くままってやつもいいよな」
彼女の風の精霊魔法で獲物を探りつつブラブラ行けば、そのうち何かにぶち当たるだろ。
「でしたら、この鳥の示す方向にでも行ってみますか?」
「それもいいか。途中で獲物を見つけたらそっちで」
「承知しました」
モニカがいつもの上品な礼を行う。
森の賢者とやらには、全く興味がないわけじゃあない。
時間があればついでに行くつもりだったし、獲物に出会ったらそれはそれで目的が達成できるからな。
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