第18話 光の射す方へ
「ねえ、ジャン」どこからか声がした。僕は暗闇の中にいた。
「お母さま」僕は叫んだ。ぼくの声だけがむなしく反響した。
「お母さまなのですか」
「ええ、ジャン」と声の主は言った。優しい口調だった。僕はその声を聞いて何かに包まれているような気がした。
「私はここにいるの」何も見えなかった。ただ真っ暗闇が続いているだけだった。
「何も見えません」
「私はここにいるの」声の主は繰り返した。
「ただ、ときどき見えなくなるの」
「本当は近くにいるのですか?」
「ええ」とその声は優しく言った。
「そうよ。本当はいるの。だからあなたは、進んで」
「どこに」僕は何もわからなかった。
「僕には何もわかりません。記憶もない。ただの空っぽだ。道なんかありゃしない」
「あるわ」穏やかにそれは言う。
「光の射す方はあるから」
僕は歩く。何処に向かっているのかもわからない。
「わからない、何も。僕はただ純粋に言いつけを守って生きてきた。その言いつけが何を及ぼすかも考えずに。いや、考えたところで何もできなかった。僕は後悔していた。記憶をなくすほどに。でもそれはただの甘えだった。何もかも失ったところで、僕の犯した罪は消えない。ただ僕は何もかも捨ててしまいたかった。本当はわかっていた。自分の進むべき道が本当に正しいのかどうか。
でも僕はいつも、人類の発展のためと、大義名分の張りぼての後ろに隠れていた。僕はたくさんの人を犠牲にした。心の中の葛藤を消し、理性で感情を押さえつけ、これでいいのだと自分に言い聞かせた。僕は生きている資格などないのかもしれない。後ろ指をさされた方が……ましだ。僕はひどく混乱している、何も救えやしない、ただの人間だ。僕の進むべき道なんてない」
「だからあなたは過去を乗り越えなければならない。貴方の犯した罪は歴史の罪であり、人々の罪でもある。巨人たちが犯した罪を、あなたは背負って、そのうえで立ち向かわなければならない。それはもちろん、並大抵のことではない。でもあなたはそれをやるしかない。あなたはそれを望んでしまったから。あなたは進むしかない。
矛盾も葛藤もすべて内包しながら進むことは難しいわ、ジャン。多くの先人たちがその挟間で悩みながら進み、あるいは耐ええ切れずに自ら命を絶ち、あるいは狂人となってしまった。決して楽な道ではないわ。ある世界と別の世界を知りながら、どちらを受容できる人間には強さが必要なの。それもとびきりのね。
でもあなたはそれに耐えるしかない。あなたはそれでも進むしかない。誰も進んだことのない道を一人行くのは辛いでしょう、誰もわかってくれないでしょう、よりどころが崇高なりそうなだけでは、一人耐え切れず叫び出したくなるでしょう。それでいいのです。とりもなおさずあなたはすべてを受容しなければならない。この狭い狭い箱の中で生きる我々は、一生箱の外に出られることなどない。それでも私たちは、進まなければならない。とりもなおさず、進むしかないの。いつか分かってくれる日が来ると信じながら、それでも、それでも、それでも、」
声が僕の後ろから聞こえた。一歩進むと、僕は光に包まれた。
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