うるさいアパート
アール
うるさいアパート
「ちくしょう、また部屋で酒でも飲み始めやがったのかな。 うるさくてたまらない」
とある古ぼけたアパートの一室。
その主である一人の男がそう苛々しながら呟いた。
彼の不満の矛先は、両隣の部屋に住む若い住人であった。
このアパートの壁はかなり薄く、部屋の騒音が全てそのままにやってくる。
男は毎晩のように両隣の部屋から聞こえて来る騒音にうんざりしきっていた。
男の大きな会話のような声が毎晩毎晩、自分の部屋に飛び込んでくるのである。
だが、彼には両隣の部屋のインターホンを押し、面と向かって注意出来るほどの勇気はない。
最近の若者はこちらが注意をすると、すぐに反抗して来る。
男は争い事が大嫌いなのだった。
そんなある日の晩。
仕事を終えた男が帰宅する際、とある本屋の前を通りかかった時のこと。
男の目に、本屋のショーウィンドウ越しにうつるとある一冊の本の表紙が映った。
その本には、うるさい隣人を注意する方法と書かれてある。
また表紙のタイトルだけでなく、彼が一層惹かれたのはその本にぐるりと巻かれている帯に書かれた言葉だった。
その帯には、「大ベストセラー!」と書かれている。
男はそのタイトルと、ベストセラーという言葉に惹かれて思わずその本を購入してしまった。
まさに今の自分の現状を言い当てたかのようなその本に、大きな希望を男は抱いていたのだ。
早速家に帰ると男は本を開けた。
そして男はガッカリしてしまった。
何故ならそこにあったのは、うるさい隣人問題を解決できるような方法が書かれた言葉ではなく、なんとビニールに包まれた一枚のCDだったからだ。
「なんだ、本じゃなくCDだったのか」
説明書がともに同封されており、男はその説明書を読み始めた。
「このディスクを差し入れてください。
すぐに本編は開始されます。
本編では、ありとあらゆるパターンを想定された迷惑隣人のボイスが流れます。
そのボイスに対して、自分も注意し返し、迷惑な隣人に対しての耐性をつけましょう」
そう説明書には書かれていた。
「……まあ、やってみたら分かるだろう」
男は早速ディスクを差し入れた。
「おい! なんなんだよてめぇは!
偉そうに注意しやがって。
自分の部屋で好き勝手してなにが悪い……」
説明書通り、ラジオの中からは突然若い男の声の反骨心剥き出しな声が流れ始めた。
「なるほど。
この声でまずはシュミレーションしようというわけだな。 よし……」
機械音声が相手なら思い切り心の声をぶつけることができると男は喜び、大きく息を吸い込むとラジオに向かって吐き出した。
「おい! 年上に向かってなんだその態度は!
舐めやがって! 最低限のマナーというものがあるだろう……」
普段は言えもしない事をラジオに対しては思い切り叫ぶことが出来る。
これはなんという快感な事なのだろう。
男はまるで日頃のストレスを発散するかの如く、ラジオに対してその鬱憤をぶつけ始めた。
だが、その時ちょうど隣の部屋がどうやら帰ってきたようだ。
昨晩のように、今日も騒音がいつものように部屋の中へと飛び込んできた。
「みてろよ。このラジオでたっぷりシュミレーションした後なら、もうお前など怖くないからな。
……だがそれにしても、やっぱり隣はうるさいな。
ラジオの音が全く聞こえないではないか」
そういうと、男はラジオの音量を最大限にまで引き上げた。
こうして今夜もこの壁の薄いアパートでは、ラジオの大音量が全ての部屋から響き渡る。
うるさいアパート アール @m0120
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます