12
「──おまえたちの刑の執行が三日後に決まった。それまでに覚悟を決めておくのだな」
王宮の地下牢で、罪人たちに刑務官が冷ややかに告げた。
だが、それに対して黙っているような囚人たちではない。途端に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。ちなみに既に慣れている看守は耳をふさいでいる。
「なんだと! まるでわたしが罪人のような言いぐさではないか! 王子であるわたしをこのような目に遭わせているだけでも許しがたいというのに、貴様こそ覚悟はできているのだろうな!」
「……おまえは王子でもなんでもない。貴族の血も混じらぬまぎれもない平民だ。陛下をたばかった身で、なんの世迷い言を申しておるのか。おまえたちは既に処刑を待つだけだというのに」
刑務官があきれたように言うと、刑の執行というのがなんなのかまるで分かっていなかった牢の中の三人が愕然とした顔になる。
「わ、わたしが処刑だとっ!? そんな馬鹿な!」
「えっ、このアホとばばあが処刑されるのはわかるけど、なんでヒロインのわたしまで巻き込まれるのよ! 馬鹿なの!?」
衆人環視の場で公爵令嬢を侮辱したあげく、ありもしない罪を
そしてそこへ、元妾妃が噛みついた。
「ちょっと! ばばあとはなによ! このしょんべんくさい小娘が!」
「しょんべんくさいのは、ばばあ、あんたでしょ! 年取ると大変よねえ、シモがゆるくなって!」
「なっ、なんですってえぇっ! シモがゆるいのはあんたでしょ、このあばずれが!!」
「はっ、平民とヤってできた子供を国王の子と偽ったあんたこそあばずれでしょ! すごいわよねえ、わたしには
「うるさいわね! ばれなきゃいいのよ、ばれなきゃ! たかが男爵令嬢のくせに、妃にまでなったあたしに対する嫉妬が見苦しいのよ!!」
「なによ、始めからばればれだったくせに! このアホが国王の子じゃないって生まれたときから言われてたそうじゃない!」
「あ、アホだと!? コリンヌ貴様あぁっ!!」
一度目は処刑と告げられたショックで彼女の暴言に気づいていなかったマブロゥがようやく反応した。
処刑を伝えられて絶望する様子もなく
そして、その場に残された看守は慣れた様子で耳栓を嵌め、なにごともなかったかのように、おもむろに読書をはじめた。
* * *
「──セレーネ、いつまで男爵領にいるつもり? 公爵令嬢である君が、そんなに頑張る必要ないでしょ?」
「まあ、セドリック。これは、いつか公爵位を継ぐときのための前哨戦なのよ。おろそかにはできないわ」
あれから数カ月がたちました。
賜った領地をなんとか盛り立てようと、わたくしが男爵領にある屋敷にこもっていましたら、セドリックが押しかけてきました。
本来なら彼は学園に通っているはずなのですが、自主的にお休みですか? さぼるのはいけませんよ。
不満そうに言うセドリックをたしなめたわたくしは、紅茶で喉を湿したあと試作品のクッキーをかじりました。
この地で育てられていた地鶏の卵を使ったのですが、なかなかおいしいです。お肉もおいしかったですし、これをなんとか特産にまで押し上げられたらよいのですが。
「でも、王宮に全然来ないじゃないか。セレーネ冷たすぎる」
セドリックがむぅーと口をとがらせるのが子供っぽくて、思わずわたくしは笑ってしまいましたが、それに気づいた彼はさらにむくれます。
「笑うなんてひどいよ、セレーネ」
「ごめんなさい。あなたがかわいらしくてつい。どうか機嫌を直して?」
わたくしが試作のクッキーをつまんでセドリックに差し出すと、なにかを言いかけていた彼は、頬を染めて素直にそれにかじりつきました。そのしぐさがどこか小動物を連想させて、本当にかわいいです。
「セレーネも実は天然なのかなあ……」
セドリックが赤い顔で小さくつぶやいてますが、純真さで陛下を
「──セレーネ!!」
バーン! と派手な音をさせて、いきなりダレン様が登場しました。この屋敷は公爵家ほど頑丈な作りではないので、ドアが壊れてしまいますよ。
……それにしても、ダレン様までなんなのですか? 学生なんですから、学業を優先してください。
「な……っ」
突然のことに動きを止めたわたくし達を見て、ダレン様は絶句されました。
セドリックにせがまれて再びクッキーを彼の口元に運んでいたのですが、なにかいけなかったですか?
わたくしが首をかしげていると、ダレン様が突然怒りだしました。
「セドリックずるいぞ! わたしだってセレーネに『はい、あーん』をしてもらいたい!」
「……やりませんよ?」
わたくしがセドリックにそうしたのは、彼が弟のような存在だからです。
わたくしがすげなく断ると、ダレン様は実にわかりやすく肩を落としました。
「ダレン様までなんですの? 学業をおろそかにされてはいけませんわ」
「う……っ、いや、しかしだな……っ」
痛いところを突かれたらしいダレン様が口ごもります。
「……しかたないですわね。今回だけですわよ? はるばるここまで来てくださったのですから、歓迎いたしますわ」
「そ、そうか! さすがセレーネ、心が広い!」
ダレン様は嬉々としてそう言って、いそいそとわたくしがすすめた席に着きました。おだててもなにも出ませんわよ?
「お、このクッキーうまいな。もしかしてセレーネの手作りか?」
「うちの料理人が作りました」
何度か馬鹿以外の王子様方にお菓子を作って差し入れたことがあるので、それを期待されたのですかね?
けれど、厨房にも入らせてもらえないのに、わたくしが作れるわけもありません。わたくし、一応領主なのに、皆過保護すぎませんか。
なんだかがっかりしているダレン様に、わたくしは試作のクッキーを売りこむことにしました。
「この地に生息していたニワトリの卵を使いましたの。おいしい卵ですので、お菓子に使ってもなかなかのものだとわたくし思いますわ。この地鶏をなんとかしてここの特産にしたいのです」
「そうか……。セレーネは自分のすべきことを頑張っているのだな」
納得したようにダレン様が再びクッキーをつまんだと思ったら、ふいにとんでもないことを言い出しました。
「……ああ、そうだ。実は後から兄上がここに来られるんだ。セレーネに会いたいと言われてな」
「えっ」
まさか王太子であるレアンドレ様まで来られるとは思わず、わたくしは驚きから目を見張りました。
──もう、レアンドレ様までなんですか! 王太子の仕事なさってください!
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