婚約破棄? 別にかまいませんよ

舘野寧依

1

 ──王立学園の卒業パーティ。

 華やかな会場内で、わたくしは今この国の第一王子であるマブロゥ様と彼と親密である男爵令嬢のコリンヌ嬢と向き合っています。──ええ、いわゆる修羅場というものです。


「セレーネ・アウグスト! 貴様は公爵令嬢という身分をかさに着て、わたしに愛されぬ嫉妬からコリンヌ・バチール男爵令嬢を虐げた! よって、わたしは貴様との婚約を破棄し、コリンヌと婚約を結ぶことにする!」

「はあ……そうですか」


 ──馬鹿だ馬鹿だと思ってましたが、こんなことをしでかすとは。

 思わずため息が出そうになるのをわたくしは扇子の陰で押し殺します。

 まるでわたくしがあなたのことを愛しているかのような言いぐさですが、わたくしはあなたとの婚約を政略としか思ってませんよ?

 そもそも陛下がどうしてもと頭を下げられたので、しかたなくこの馬鹿と婚約したものをなぜこのような公の場で辱められなければならないのですか? 陛下、恨みますよ。


「なんだ、その気の抜けた返事は! わたしは貴様との婚約を破棄すると言っているんだぞ!」

「……婚約破棄なら喜んでお受けしますわ。わたくしはあなたと婚約なんてしたくなかったのですもの。父もきっと喜ぶでしょう」

「なっ、な……っ!」


 わたくしが内心を吐き出すと、それが思ってもいないことだったのか、マブロゥ様は真っ赤になってわなわなと震え出しました。

 それを無視してわたくしは続けます。


「ですが、このような公の場でわたくしを侮辱したのは許せませんわね。婚約者がいるにもかかわらず浮気した分際で、なにを堂々と居直っているのでしょうね? お二人がわたくしに支払う慰謝料は、いったいいくらになるかしら。少なくとも安くはないでしょうね。コリンヌ嬢のおうちで払えるのかしら?」

「なっ、どっちが居直ってんのよ、この悪役令嬢が! わたしをいじめたんだから、慰謝料なんて絶対払わないわよ!」


 自分の絶対的有利を信じていたのか、それまで嘲笑ちょうしょうを浮かべていたコリンヌ嬢が口汚く怒鳴りました。……見た目だけは可憐かれんだったのに、台無しですね。


「わたくしはマブロゥ様と結婚したくなかったのですもの、あなたをいじめる理由がありませんわ。……そもそも、いじめられたと主張するにはその物言いはおかしいと思いませんの? これではまるで、わたくしがあなたにいじめられているようですわ」


 わたくしの反論がしゃくに障ったのか、コリンヌ嬢は猿のように歯茎をむき出しにして叫びました。


「うっ、うるさいうるさい! あんたなんか国外追放にしてやるんだから! さあ、マブロゥ様、この女に罰を与えてやってください!」


 男爵令嬢が公爵令嬢にこのような口をきくだけでも不敬罪なのですが……。まさかコリンヌ嬢知らないのかしら? 虎の威を借るきつねはみっともないですよ。

 コリンヌ嬢に呼びかけられて、それまで呆然ぼうぜんとしていたマブロゥ様がはっとしました。


「あ、ああ、セレーネ! 罪人のくせにわたしに逆らうとは無礼千万! 王太子であるこのわたしが貴様に国外追放を言い渡す!」


 マブロゥ様がそう言い放った途端、ざわついていた会場が恐ろしいほど静まり返りました。

 それをなんと受け取ったのか、どうだと言わんばかりにマブロゥ様は得意げな顔になります。……会場が静かになったのは、あなたがあらぬことを口走ったからですよ。


「……まあ、あなたがいつ王太子に冊立さくりつされたのです?」

「くだらぬことを聞くな。わたしは第一王子なのだから立太子されるのは当然だろう!」


 はあ、そのように思っているから、このような馬鹿げたことをしでかしたのですね? 自分の立場を分かっていたら、普通はまずできないことですもの。

 ふんぞり返っていますが、これを伝えて後ろに倒れないといいですね。


「なにを言ってますの? あなたに王位継承権はありませんよ。そしてその継承権から言えば、あなたよりわたくしのほうが立場はずっと上です」

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