9 赤坂家の老祖
「やれやれ、感謝くらいまともに言えんのか……」
「なんでレン君を止めなかったんですか!?」
香織は空を見上げてため息を吐くリーメイ老師にくってかかった。
「心配しなくても大丈夫さね。レンはアンタが思っているよりずっと強いよ」
「このままじゃレンくんは確実に無駄死にします! ラバース本社が上海支社ほど甘くないってことはあなただってわかっているでしょう!」
「いやあ、あのガキにはとんと手を焼いていてね。人の話をちっとも聞きやしない」
「赤坂さんっ!」
香織がその名を呼ぶと、リーメイ老師はやれやれと肩をすくめた。
「アンタの気持ちはよーくわかるし、アタシだってラバースのクズ共なんて喰いちぎってやりたいほど深い恨みを持っているよ……けどね、情が移っちまったんだ。仕方ないだろう」
老師の本名は赤坂ルミ。
あの赤坂綺の曾祖母である。
また、香織たちをL.N.T.から逃がしてくれた赤坂薫の母親でもある。
つまりショウは彼女の玄孫に当たるわけだ。
彼女の家系はラバースコンツェルン、そしてヘルサードに運命を大きく狂わされている。
復讐を誓った香織たちは日本国外で下積みをしていた時に彼女と出会い、共にラバースへ抵抗することを誓い合ったのである。
ルミさんは上海支社で龍神詛の被検体にされていたレンを連れ出して育て、見事に上海支社を滅ぼすことに成功した。
当時まだアミティエに所属していたショウが上海にやって来たときは、反ラバース組織の協力者が偽の情報を与えることで彼女の存在を秘匿したりもした。
反ラバース組織と赤坂ルミは協力関係にあった。
それもすべては、ラバースコンツェルン打倒という大局的な目的のためだ。
「騙すような形になったみたいで悪いが、アタシはこれ以上アイツを束縛したくないんだ。さんざん利用してきた罪滅ぼしじゃないが、こっから先は好きなように生きさせてやりたいと思ってる」
「でも、そのせいでレンくんが命を落とすかも知れないのに……!」
「そん時はそん時さ。レンは自分の意思でそうすることを選んだんだ。何もかも忘れて一般人として生きるって選択肢もあったが、自分でもどうしようもないくらいやる気になっちまってるんだ。なら仕方ないだろう?」
「その感情は誰かの手による作り物です!」
強い憤りを込めて香織は叫んだが、リーメイ老師こと赤坂ルミは優しく微笑み言い返す。
「だとしても、本人にとっての気持ちは本物だろうよ」
※
協力者との意見相違が発生したため、香織は即座に予定を変えて動き始めた。
待たせてあった反ラバース組織の仲間が運転する車に飛び乗って上海を後にする。
空港へ向かう途中の車内で仲間に連絡を取ることにした。
香織のポケットからぴょこんと人形が顔を出す。
江戸川千絵のJOYである。
いくつもの人形を同時に操るという彼女の能力は、どんな遠距離にいようと能力者本人、もしくは別の連絡用の人形を持つ者との意思疎通が可能となる。
これは反ラバース組織の主要な伝達手段となっていた。
『予定変更。封印は解いたけど、レン君は一人で日本に向かった』
人形の手を掴んだままメモ用紙にペンを走らせ、三カ所同時に端的な事実を送る。
最初に返事があったのはラバース内部にいる協力者からだった。
『こっちも悪い知らせだ。荏原新九郎が渡したジョイストーンごと陸軍に捕縛されたらしい。貴女が彼に接触してすぐのことだ』
「マジで……?」
頭を抱えたくなった。
よりによって最悪なタイミングで軍が動いたようだ。
能力を渡しさえすれば逃げ回ってくれると思ったが、考えが甘すぎたようだ。
まんまと貴重な戦力を失うハメになった。
続いて和代から連絡が届く。
『了解ですわ』
相変わらず端的な文章である。
トルコでのアリス保護の失敗はすでに聞いている。
一度モスクワに寄って青山紗雪を拾っていくと言っていたから、今ごろは日本に向かうの飛行機の中だろうか。
続いて三度人形がペンを走らせる。
日本にいる江戸川千絵からだと思ったが、また和代からだった。
『そう言えば、少し前から日本支部と連絡が取れないんですが、何かご存じでしょうか?』
嫌な予感がした。
香織は千絵に連絡を送った。
『これを読んだらすぐ連絡して。文章が書けない状況なら私の人形にバンザイをさせて』
送った後、数分待つが反応はない。
この能力は千絵の意識がない時でも変わらずに使用できる。
彼女が特別な命令をしない限りは、決められた命令に忠実に従うだけだ。
逆を言えば、どんな状況だろうと念じれば遠く離れた人形に命令を出すことは可能である。
それもできないと言うことは香織が人形を介して送った文章を読んでいない。
もしくは読めないような状況にあるということだ。
「まさか……」
呟きを口にするより先に人形に動きがあった。
千絵からではなく、先ほどのラバース内部の協力者からだ。
『追記、悪い知らせだ。昨日の午後に本社の能力者がアジトを襲撃したらしい。被害状況は不明』
「……っ! なんてことっ!」
道理で連絡がつかないわけだ。
人形が動いているのは千絵がまだ生きている証ではある。
しかし無事である保障はなく、他の仲間たちに至っては生死すら不明だ。
日本にはタケハを初めとする隊長クラスの能力者が何人もいる。
並みの相手ならば返り討ちにできるほどの戦力がある。
だが敵が本社の能力者となれば話は別だ。
一騎当千の怪物、たった一人で軍すら凌駕する恐るべき能力者たち。
奴らと戦って勝てる可能性があるのは、今のところレンとショウのみ――
『ショウくんはどうしている?』
香織は即座に和代にメッセージを送った。
そのまま一分ほど待つ。
人形が動いた。
和代からの連絡だと思ったが違った。
ラバース内部の協力者である。
『もう一つ、こちらはいい知らせだ。Kがラバースから離反した。どうやら洗脳が解けたらしく、その手段も把握しているようだ』
「え……?」
意外なその報告に香織が驚いていると、今度こそ和代からの連絡がきた。
『あのクソガキなら今の知らせを読むなり一人でさっさと日本に向かいやがりましたわ。提案なのですが今度から首輪をつけて鎖で繋いでおくのはどうでしょう?』
怒ってる怒ってる。
和代さんも随分と苦労してるみたい。
そんな場合ではないのだが、香織はなんだか笑ってしまった。
レンといいショウといい、香織たちにとって切り札となってくれるはずだった少年たちはちっとも言うことを聞いてくれない。
そして、星野空人たちと同じ処置を受けたと聞いた時はもうダメだと思っていたあの子も……
「こうなったらいっそ、若い世代に全部任せてしまった方がいいのかもしれないね」
誰にともなくそう呟き、改めて決心をする。
自分たちには自分たちのできることをしよう。
「ごめん、悪いけど予定変更。先に行くね」
「えっ」
香織は運転手に告げると、ドアを開けて車外に飛び出した。
車は八十キロ近い速度で走行中だったが、香織の体は地面に投げ出されることなく浮かび上がる。
≪
このまま日本に向かおう。
きっとそこは、もうすぐ戦場になるから。
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