6 暴人窟の終わり

 してやられた。

 神奈川第一暴人窟の王者、田中文麿は瞳を閉じて己の不明を呪った。


「も、もうダメだ。ここにも敵がやって来る!」


 大声を上げて取り乱す側近の小沢が煩わしかったが、無理もないので何も言わなかった。

 普段は冷静沈着である彼がここまで慌てるほどの状況なのだ。


 今日、この街の歴史は終わる。


 すべては仕組まれたシナリオ通りだった。

 よくわからない武器の数々を外から持ち込んで管理させたことも。

 この町では収まらない器の爆弾小僧を投入して、住人たちの空気を一変させたことも。

 彼らが怒りのままに暴発することも。


 そして、報復という名目で軍隊を送り込んでくることも。


 かつて社会から暴力団が排除された時もそうだった。

 国家が本気にさえなれば、我らなど吹いて飛ぶような存在なのだ。

 文麿は痛いほどにそれを知っている。


 大恩ある先代への義理を尽くすため、自らの意思でこの街に入って二年。

 むしろよく今日まで持ったものだと思う。


 今頃はきっと他の暴人窟も連座で潰されているのだろう。

 県内の、いや、国内すべての落伍者共は再び排除される。


 潮時だな、と思う。


「平八」

「へ、へいっ!」


 文麿が低い声で側近の小沢平八に声をかけると、彼は慌てて背筋を伸ばした。

 こんな時でも身に染みついた習性は消えないのだなと思うと、なぜか口元が緩んだ。


「残っている奴を連れて投降しろ。抵抗しなきゃ命までは奪われんだろう」

「オ、オヤジは?」

「俺はここのドンだ。部下の降伏を受け入れさせるには敵に華を持たせてやらなきゃならねえ」

「そんな! オヤジを見捨てて俺たちだけ逃げるわけには……」

「うるせえ! いいからさっさと行きやがれ!」

「へ、へいっ!」


 鬼の形相で一喝すると、小沢は踵を返して部屋を出て行った。


 これでいい。

 義理に縛られて死ぬ人間は少ない方が良い。


「義理……か」


 自分で口にしてみて、未だにそんな言葉が出てくるのが少し誇らしかった。

 二十一年前の法改正で田中組が潰され、それからずっと夢を見続けていただけなのだ。


 もうどこにも組なんてもんは存在しない。

 先代の遺志を継いだなんて言えば聞こえは良いかもしれない。

 だけど結局は暴人窟という空間に満足し、偉そうにバカ共を指導していていただけだ。


 この町を統べるには腕っ節と強面、それと先代の名前だけあれば十分だった。

 外のことなんかすっかり忘れていて、その結果、知らないうちに息子の命まで失った。


 文麿は覚悟を決める。

 引き出しから長さ二十センチほどの白木の棒を取り出して。


 さあ、幕を引こう。

 先代が唯一形あるものとして残した、この匕首ドスで。


 外から銃声と悲鳴が聞こえてくる。

 もう敵はすぐ近くまで迫っているようだ。

 このタマ、テメエらなんぞに取らせてたまるもんか。


「亮……済まなかったな。オヤジ……今そっちに行きますぜ」


 そして、暴人窟のドン田中は。

 本名、椎名文麿は。


 銀色に光る刃を自らの腹に突き立てた。


「うおおおおおおおっ!」


 迷彩服の集団がドアを蹴破って乱入してくる。

 その時にはすでに腹を十文字に斬り裂き終わっていた。

 あまりの気迫にプロの戦闘集団が一瞬動きを躊躇うほどだった。


 気の狂いそうな激痛の中で文麿は思う。

 こんなんじゃ、息子への詫び代わりにもなりゃしねえな。




   ※


 荏原新九郎を確保したと部下から報告が入った。

 この一連の事件の首謀者と黙される男だ。


 新日本陸軍特殊作戦部対テロ部隊CTF第一中隊隊長吉良佳純一等陸尉は、作戦終了後の気の緩みなどは微塵も表に出さず、他部隊からの連絡を受けていた。


「第二分隊、警察殺しポリスキラーを殲滅完了。敵生存者なし」

「第四分隊、橋落としブリッジドロッパーを制圧完了。二名射殺」

「第五分隊、企業潰しフレンズクラッシャーを制圧完了。五名射殺。隊員一名負傷」

「第三分隊、第一暴人窟にて交戦中」

「第六分隊、第二暴人窟を制圧完了。死傷者なし」


 成果は上々。

 普段の訓練と比べても格段に楽な任務であった。

 こんなも楽に街の平和が取り戻せるのなら、もっと早めに決断していればと思う。


 しかし政治家を批判する資格は彼にはない。

 命じられたことを確実に実行するのが軍人の役目なのだ。


「ごくろうさま。思ったより簡単だったね」


 そんな吉良一尉にも不快に思うことはある。

 たった今、気安く肩を叩いてきたこの男の存在である。


 コードネームはC・P、本名は不詳。

 今回の任務では『ハルミ』の名を使っていた特殊諜報部隊員だ。


「荏原新九郎を護送車に乗せたら、次の命令が出るまで部隊を休ませておいてね」

「……はっ!」


 一年前に新設されたこの部隊の隊員には正式な階級すら存在していない。

 とりあえず型どおりの敬礼はするものの、若造に偉そうに命令されるのは勘に障る。


 だが、吉良一尉はこの男に逆らう権限を持たない。

 なぜなら――


「おっと、言い忘れたことがあった。喜んでよ吉良大尉」

「はっ……は? 大尉?」

「さっき正式に新法が発布された。今日から君の役職は『大尉』だ。待遇は今までとたいして変わらないけど、いろいろ活動しやすくなると思うよ。主に戦闘方面の現場権限の強化でね」


 聞き慣れない響きに戸惑うが、決して青天の霹靂というわけではない。

 新法の話は前々から聞かされていたいたことだ。


 そうか。

 つまり、正式に一つになったわけだ。

 我ら新日本軍及び日本国と、貴様らラバースコンツェルンが。


「……自分は、これまで通り命令に従うだけです」

「そうだね。じゃあこれからも仲良くしよう。僕たちは同じこの国を守る兵士なんだからさ」


 貴様らと一緒にされたくはない。

 吉良一尉改め吉良大尉は内心で毒づいた。

 どうせ裏では様々なあくどいことをやってるくせに。


 例えば、そう。

 邪魔者の暗殺とか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る