9 悪の総帥
大道盛定二等陸佐は深く息を吐いた。
潜入任務という非常に神経を使う作戦を終了。
ようやく肩の荷が下りた気分だった。
「それにしても、最強クラスの能力者とはすごいものだな……」
本社から借りたL.N.T.二期生出身の『K』という能力者のことだ。
特殊工作の任務に従事し、唯一生き残った彼のデータは逐一こちらに送られていた。
仮想世界での出来事とはいえ、体感で五〇〇年間も生き続けたと聞いた時は何かの間違いと思ったくらいだ。
「さて」
水で口内の渇きを癒やしてテレビ電話ツールを起動させる。
大道は記憶してある十一桁の数字を入力する。
『はい』
画面は真っ暗なまま、すぐに通話は繋がれた。
「大道です」
『やあ久しぶり。作戦は成功した?』
「問題なく。命令通りご子息を殺害しましたが、本当によろしかったのですか?」
『もちろんいいよ。ちょっと調子に乗りすぎてたし、お仕置きは必要だと思ってたんだ』
電話の向こうの相手はラバースコンツェルン総帥、新生浩満。
彼は自分の息子が死んだことに対しての感想をそれほど感慨もなさそうに述べた。
『で、Kは無事? そっちの方が重要なんだけどさ』
「問題ありません。標的の始末は私の部下が行い、先に帰投させました」
『よしよし。じゃあすぐにこっちに返してね』
「わかりました」
『それから続けてで悪いけど、今度は君たちだけで頼みたい作戦あるんだ。とんでもない化け物が日本に向かっているからこいつに対処してもらいたい。能力者が相手だけど大丈夫?』
「ショウとか言うやつですか?」
『違う違う。さすがに君たちでも彼の相手は荷が重いだろう』
ショウは元々ルシフェルの部下だった能力者だ。
今は同じL.N.T.帰りのALCOに鞍替えをした、第三の神器を持つ者。
最強のJOY使いと呼ばれる人間だが、スペックを見る限り確かに通常兵器では対処しづらい。
ただ、それでもやってやれない相手ではない。
荷が重いなどと言われては特殊部隊のプライドが疼く。
もちろん、そんな感情は全く出さず大道は素直に命令に従う。
『でも同じくらい凶悪なやつだよ。仲間に裏切られて相当におかんむりみたいだし』
「ところで神奈川県内で暴れているテロリストの方の始末は?」
それよりも大道が問題と見ているのは暴徒と化した暴人窟の住人たちの方だ。
奴らの愚挙によってすでに多くの死者が出ていると聞いている。
この許しがたきテロリストたちは真っ先に警察署を狙った。
市民たちは現在もなすすべない恐怖に怯えている。
そろそろ軍にも出動命令が下る頃である。
『そっちには
「了解しました。すぐに作戦に入ります」
『あ、ちょっと待って』
「まだ何か」
『折角だから二人ほど連れて行って欲しい人物がいるんだ。適当な場所で見学させておくだけでいいし、邪魔になりそうなら遠慮なくどやしつけてくれてもいいからさ』
「……了解」
大道は答えに少しの間を空けたが、素直に了承して通話を切った。
今回のKはよく働いてくれたが、やはり作戦行動に軍の外からの異物が入るのは嫌いだ。
もちろん反論が無駄だということは大道も十分に承知している。
せめて余計なことをしないで欲しいと願うばかりだ。
彼は改めて無線を手に取った。
『は、はい。佐宗です』
「大道だ。次の命令が下った、今度は戦闘になるぞ」
『はっ……』
新日本陸軍特殊作戦軍対能力者連隊隊長、大道盛定二等陸佐は部下に命令を下す。
無線の向こうの佐宗一尉の返事は声はどこか上ずっていた。
「何かあったのか」
『それが、その……』
「はっきり言え」
いらだちを込めて部下を叱る。
彼は一呼吸置いてから答えた。
『今作戦で本社から借りた能力者Kが輸送車から脱走……行方知れずになりました』
※
通話の切れた携帯端末を机の上に置き、ラバースコンツェルン総帥新生浩満は苦笑を漏らした。
「いやあ、プロはさすがに迫力が違うねえ。うちのワガママな能力者どもにも見習わせたいよ」
その表情は明らかに事態を楽しんでいる。
まるでアニメを見てワクワクする子どものようでもある。
「あっさりルシフェルくんの始末を許したね。もうちょっと放置しておくと思ってたけど」
テーブルの向かいには奇妙な男が座っていた。
口元だけが見える真っ白な仮面をつけ、真っ黒なマントに身を包んでいる。
特異点の男、ミイ=ヘルサードである。
彼の質問に浩満は淡々と答えた。
「いいかげん調子に乗り過ぎてたからね。与えた庭の中で好き勝手振る舞うのは構わないが、他の能力者組織を乗っ取った上、予定以上のジョイストーンを横領してこっそり能力者を徴募したのはやり過ぎだ」
「だからって殺すことはないのに。たった一人の実の息子じゃないか」
「家族の話をするなら君の方だろう。君の血を継ぐ子はいったい何人が地獄を見ていることか」
「あはは。それは言いっこなしってことで」
「でも正直、君や赤坂がうらやましいよ。どうしてうちの息子だけがあんなボンクラなんだろう?」
浩満は困り笑顔でため息を吐いた。
テーブルの上のグラスを手に取りワインを口の中に流し込む。
「いやあ、なかなか有能な人物だったと思うよ。現に彼は自らの手で世界を作り出すことに成功した。俺たちの望む未来にとって障害となり得るような立派な世界をね」
「君の助力があってこそだろう。というか君が息子に協力していると聞いたときは心底肝を冷やしたよ。まさか裏切られたのかとね」
「それは無用な心配だよ。なにせ浩満は俺のたった一人の親友だ。彼から得た世界構築のノウハウも君ならもっと有効に使えるだろうしね」
「ふっ……待ちに待った『ミドワルトプロジェクト』もいよいよ開始の目途が立った」
浩満はそう言って微笑むと、そっとグラスを差し出した。
テーブルの上で二つのグラスが触れあいカチリと音が鳴った。
ワインを飲みながら二人は会話の続きをする。
「しかし軍の中に対能力者部隊とはね。ずいぶんと情報を提供したらしいけど、後で面倒なことにならないかな? 戦力だけなら手持ちの能力者だけでも十分だろ?」
「問題ない。これからは能力者と兵士も使い分ける時代だ。僕の子飼いはあくまで影に徹するべき……というか、それしかできないしね。練度も礼節も正規軍の方がずっと上だ。あ、なんなら何人か軍に派遣して教育を受けさせて来ようかな」
なぜか嬉しそうに語った後、浩満は喉を潤してこの場に居るもう一人の男に話を向ける。
「あなたはどう思う?」
話を振られ、第三の男がビクリと肩をふるわせる。
先ほどから何も喋らず浩満たちのやり取りを聞いていた男。
年若い彼らと違って、立派なあごひげを湛えた白髪の老人である。
「儂が望むのは我が国の平和と国益だけだ。貴様らとの協力関係は一時的なものということを忘れるな」
「つれないね。責任ある立場の人間なんてちょっとは楽しまなきゃ持たないよ」
そうは言いつつ、浩満はこの老人の強気な態度を好ましく思っていた。
表に立つリーダーはこれくらい強かじゃなきゃいけない。
自分のような圧倒的優位者に対してもへつらうことなく我を通す胆力。
この日本を壊すことなく次世代へと引き継ぐ歴史の担い手として絶対に必要な人材だ。
「まあ飲みなよ。それとも日本酒の方が良かったかい?」
「当然だ。西洋の葡萄酒など反吐が出る」
ルシフェルは苦笑して携帯端末を取った。
隣室に控えている秘書に命令をする。
「すぐに極上の日本酒を用意してくれ。総理大臣閣下は洋酒がお気に召さないらしい」
歴史は動いていく。
権力者たちの掌の上で。
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