8 ルシフェル、死す!
「ふぅ……」
データのバックアップを取り終えたことを確認すると、ルシフェルは疑似コンピューターの電源を落として肩の力を抜いた。
これで準備は整った。
あとはアオイがアリス博士を連れてくるのを待つだけだ。
もう一週間、この『魔王城』に籠りっぱなしだ。
フレンズ社内にある自室と比べてこの空間は非常に居心地がいい。
社員が入ってくることもないから好き勝手趣味丸出しに内装を変えられるし、人払いさえすれば大音量でお気に入りの音楽を流しても文句を言われない。
お飾りとはいえ、普段は社長の重役に座っている。
責任から逃れられる開放感は何物にも代えがたい喜びだった。
もうすぐだ。
もう少しで堅苦しい生活とおさらばできる。
ラバースからの独立を果たした暁には社長の座なんてくそくらえだ。
企業なんて形に拘らない絶対的な力を手に入れてやる。
ルシフェルの下に再編された能力者組織『ヌーベル・アミティエ』は、この半年で実に二〇〇〇人を超える大所帯になった。
彼らは日本各地に潜伏してルシフェルが命令を下す時を今かと待っている。
予定より若干多めに採用したが人数がいる分には問題はない。
全員に行き渡る分のジョイストーンも用意した。
特にこの神奈川ではPoKcoを始め、様々なラバース関連企業に潜り込ませてある。
号令一つで鬱屈した少年少女たちによる大反撃が始まるのだ。
「ふふふっ」
そして本当に楽しいのは次の段階だ。
魔王城の外に広がる暗黒魔界、仮称『ビシャスワルト』
この世界は何度目かのやり直しを経てついに理想とする形に近づいた。
ヘルサードの『宇宙の外側の力』を得て完成した世界。
もはやこの場所は単なる仮想空間ではない。
独立した一つの『異世界』なのだ。
ボスモンスターに疑似人格を与えて各部族を束ねる王も作った。
そして世界を支配する帝王、すなわち最強の……
「楽しそうだな」
急に背後から声をかけられてルシフェルはギョッとした。
椅子を回転させて振り向くと、ボディーガードの男が立っていた。
元は親父の刺客として送り込まれたが、罠にはまって体感時間で五〇〇年間も実験中の暗黒魔界をさまよい続け、精神をすり減らした所をルシフェルによって都合のいい新たな人格をインプットしてやった男である。
普段は全くの無口なので、側にいることを完全に失念していた。
「どうしたんだ? お前から話をかけてくるなんて珍しいな」
珍しいというか、初めてである。
プログラムした人格はほとんどただの操り人形。
了承を示す短い返事以外は言葉を発することもないはずだった。
とはいえ、外部からの刺激を受けて変化が生じた可能性は否定できない。
もちろん大前提となる『都合のいい操り人形』という立場は変わらないはずだが。
「報告だ。外で大変なことが起こっている」
尊大な物言いが若干気に障った。
ある意味でルシフェルは彼の親みたいなものである。
敬語くらい使えよと思ったが、作った人格に変化が生じたことは興味深くもある。
「親父がまた何かしでかしたのか?」
ルシフェルは慌てず質問をした。
この空間にはルシフェルが認めた者以外は決して入り込めない。
フレンズ社長の座を解任するというのなら願ったりだし、好きにすればいい。
ミイ=ヘルサードという協力者を得た今、もはや現実世界での親父の庇護など不要なのだ。
「テロリストだ。PoKco本社、フレンズ本社、厚木のダミー工場が同時に襲撃された」
「……は?」
予想外の返答に思わず間抜けな声を出してしまった。
この時代、どこの誰が何の利益あってテロなど起こすと言うのだ。
いや、理由はどうでもいい。
事実なら大変なことだ。
ルシフェルは急いで壁際にある幾何学模様の転移陣の上に立った。
三秒以上留まれば自動的に現実世界のフレンズ本社にある自室に戻れるシステムだ。
「ん?」
しかし、いくら待ってもシステムは作動しない。
ウンともスンともいわない。
まさか――
ルシフェルは青ざめた。
恐れていたことが起こっている。
EEBCのダミー工場なんてどうでもいい。
PoKcoなんて所詮は捨て駒だ。
問題はフレンズ本社である。
あそこにはヌーベル・アミティエの少年たちに配る予定のジョイストーンと、この世界のデータを記録しているスーパーコンピューター端末がある。
もし、それが破壊されたら?
この世界は完全に現実世界から切り離される。
実体を持つひとつの独立した世界になったとはいえ、現実世界的との繋がりはコンピューターのデータを通して行われているからだ。
それだけではない。
同じ部屋にはルシフェルの肉体が眠っているカプセルが置いてある。
現在、ルシフェルは肉体から精神を切り離すことでこの世界にやってきている。
こちらで万が一のことがあった場合の保険だったが、もし肉体が失われてしまえば、ルシフェルは完全に精神だけの存在になってしまう。
「くそっ!」
玉座の前の疑似コンピューターを起動。
すぐにデスクトップ画面が立ち上がる。
世界作成のアプリケーションをダブルクリックするが起動しない。
この端末は現実のパソコンと連動している。
本体はあくまであちら側だ。
それが起動しないと言うことは、つまりそういうことなのだろう。
世界は、固定されてしまった。
二度と作り直すことは出来ない。
この歴史をこのまま続けていくしかない。
そしておそらく、ルシフェルの肉体もすでに……
「へ、ヘルサードは!? あいつはどこにいるっ!」
いや、肉体などどうでもいい。
精神さえ無事なら死んだことにはならない。
それより世界のコントロールを失った事の方が重要だ。
即座にヘルサードに連絡を取って次の対策を練らないと取り返しがつかないことに……
「新生浩満と会談中だそうだ」
「な……」
ルシフェルは絶句した。
何故、今さら親父なんかと会っている?
ヘルサードは自分の味方になってくれたんじゃないのか?
それに、なぜコイツはそんなことを知っているんだ。
さっきのテロリストの情報といい、そんなことを調べろなんて命令は出していない。
「お前、まさか……っ」
目を剥いて立ち上がろうとした瞬間、喉元を掴まれた。
「が……!」
「気づくのが遅かったな」
人格の書き換えは失敗していた?
いや、内側からかき消されたのか!
そもそもすり減ってなどいなかった『こいつ自身』に。
「さて、
男の声は冷たく、プロの戦闘員を思わせる。
見た目の若々しさと反して立ち居振る舞いに隙はない。
「生憎とお前に教えてやるような名はないが、L.N.T.では『K』という通称で通っていた」
「L.N.T.!? 貴様、まさか第二期の……」
『K』と名乗った男はルシフェルを掴んだまま片手でパソコンを操作する。
彼はあり得ない座標に次元の出入り口を繋ごうとしていた。
その地点は、木更津陸軍基地。
「不思議な気分だな。意識を遮断していたとはいえ、五〇〇年も生き続けたとは」
「や、やめろっ!」
「だが、おかげで有益な情報を得ることができた。個人的に貴様には感謝したいが、当初の任務は果たさせてもらう」
止めるよりも早くコマンドは実行された。
その直後、部屋の隅の空間が歪む。
紫色の裂け目が出現し、たちまち人間一人が通れるほどの大きさに膨らんだ。
その中から緑や茶の混じった迷彩色の戦闘服を来た集団が次々と現れる。
彼らは手にした黒い鉄の塊を周囲に向けた。
訓練を受けた兵士特有の動きで、あっという間にルシフェルを取り囲む。
「後は任せた」
「了解! 各員……撃てェ!」
「やめ――」
無慈悲な命令を受け、兵士たちは躊躇なく手にした小銃の引き金を引いた。
痛みを感じる間もなく体が引き裂かれ、ルシフェルの意識は消失した。
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