5 鈴木派、フレンズ本社襲撃

「さて、これで全部かな?」


 鈴木信行は笑顔を浮かべたまま散弾銃を人質に向ける。

 ロープで縛られた女性社員がビクリと体を震わせた。


「面倒だけど後できっちり家捜しさせるから。もし一個でも残ってたら……わかってるね?」

「は、はいぃ……間違いなく、これで全部のはずです……」


 スーツ姿の人質は間延びしたソプラノ声で言った。

 その返事を聞いて信行は満足げに頷く。


「うんうん。そうやって素直になってくれればいいんだ。僕は福田さんみたく必要以上の人殺しをするつもりはないからね」


 PF横浜特別区のラバースビル。

 七十階より上を占めるフレンズ本社は鈴木派の襲撃を受けていた。


 自前の警備はザル同然。

 驚くべき事に護送車で地下駐車場まで入り込めた。

 地下から七十階の本社入口に続く廊下階まで、まったくの素通りだった。


 入口の男を射殺したため通報は入ったが、近隣の警察署も県警本社襲撃にばかり気を取られ、全く駆けつけてくる様子はない。

 サラリーマンばかりの建物を占拠するのは赤子の手を捻るよりも簡単なことだった。


 一つしかない入口にバリケードをつくって見張りを立たせる。

 あとは人質を盾に七十一階ロビーに社員を集めるだけ。


 彼らは銃火器で武装したテロリスト。

 勇気を持って毅然とした行動を取れる一般人なんかそうそういやしない。

 もちろん多少は騒がれたが、見せしめとして一人だけ無残に公開処刑してやったら、すぐに大人しくなった。


 人質は部下に任せ、信行は側近二名を連れて上階に昇った。

 お供をするうちの片方はツヨシである。


 穏やかな態度に反して怖ろしく冷酷に目的を遂行する鈴木信行。

 その姿にツヨシは畏怖の念を抱きつつも、頼もしいと思わずにはいられなかった。


「それにしても、よくこれだけの数を揃えたねー。二〇〇個くらいはあるのかな?」


 木箱の中に詰め込まれたジョイストーンを眺めがら信行は表情を崩さず独りごちる。

 彼の目的はストレス解消のための社員の命でも、ましてや企業が蓄えている金でもない。


 目的は二つ。

 そのうちの一つがこのジョイストーンだ。

 ここフレンズ本社に大量に保管された、超能力を与えてくれる宝石である。


 ちなみにもう一つの目的は社長であるルシフェルの抹殺だったが、こちらは残念ながら果たせなさそうだった。

 奴は普段からふらりと単独行動で姿を消すクセがあり、その行き先は社員の誰も把握していない。

 試しに二人ほど殺してみたが情報は得られなかった。


 とりあえずルシフェルの私室だという、パソコンとベッド、そしてよくわからない大型のカプセルしかない部屋は手榴弾を投げ込んで徹底的に破壊しておいた。


「ノブさん、ジョイストーンなんか集めてどうするつもりなんですか?」


 ツヨシが信行に問いかける。

 不思議な力を与えてくれるジョイストーンは確かに魅力的な武器だ。

 以前はツヨシもその力に溺れて調子に乗ったことがある。


 けれど、そんなモノを手にしたところで所詮は虚栄しか張れない。

 それが暴人窟での生活を経た今ならわかる。


「処分するのさ」


 信行は別の社員に命じて溶液の入ったポリタンクを運ばせた。

 それを受け取り、ふたを開けながら淡々と説明をする。


「JOYインプラントって知ってる? かのアリス博士が発見した技術でね。硫酸にも耐えるジョイストーンだけど、ある特殊な液体に浸すだけで簡単に溶けるのさ」


 ポリタンクの中身を木箱にぶちまける。

 もうもうと煙が立ち上がり、シュワシュワ音を立ててジョイストーンが変質を始めた。

 人質の社員たちから「ああ……」という嘆息がもれる。


「いかにも体に悪そうだけど、これ飲んでも平気なんだよ。胃から体内に吸収されたジョイストーンは永遠に本人の力として自在に使えるようになるのさ。文字通りの超能力者になれるわけだね」


 そういえばアオイやテンマがジョイストーンを手で持って使用しているところは見たことがない。

 あれはきっとそのJOYインプラントを受けていたのだろう。


「そんな方法が……」

「でも気をつけなきゃいけないことがあってね。二つ以上のジョイストーンを混ぜてこれをやると、グチャグチャのドロドロになって二度と使い物にならなくなっちゃうんだ」


 信行の言う通りだった。

 煙の収まり始めた木箱の中をのぞき見る。

 そこには混じり合って形を失ったヘドロのような物だけが残っていた。

 半透明に美しく輝いていたジョイストーンの面影はもはやどこにも残っていない。


「これだけ混ざっちゃ使い物にならないねえ、くっくっく」

「な、なんてことを……」


 社員の一人が絶望の表情で膝をつく。

 信行はその男に散弾銃の銃口を向けた。


「こんなモノをバラ撒いて若者の将来をメチャクチャにするのって、麻薬を売りさばくのと一体何が違うのかな?」

「ジョイストーンを麻薬なんかと一緒にするな! これは人類を進化へと導く偉大な発明だぞ!」

「あっそ、狂信者乙。でさ、最期に聞きたいんだけど、これって下水とかに流しても平気? ネズミとかゴキブリとかが食べて変なミュータントとか生まれちゃったりしない?」

「黙れ、このテロリストが! 貴様らなどすぐにアミティエの戦士たちが――」


 男が最後まで言い切るより早く、信行は引き金を引いた。

 破裂音と共に頭蓋と脳漿が飛び散る。

 頭の上半分を失った男はグラリと傾いて床に倒れた。


「そっちの君、質問は聞こえてたよね? で、どうなの?」


 信行は銃口を縛られた女社員に向けて尋ねる。

 彼には人を殺した直後の気持ちの乱れなど微塵もない。


「ど、動物を使った実験では、そのような結果は見られなかったと……」

「そう、ありがとう」


 散弾銃を下ろし、信行は仲間に命令を下す。


「荒牧っち、悪いけど木箱の中身をトイレにでも流してきて。詰まったりしないよう小分けにね」

「わかりました」

「それからツヨシは彼女の縄を解いてあげて」

「え、いいんですか?」

「目的は達成したからね。武器も持ってないし、解放してあげても問題ないよ」


 ツヨシは言われたとおりに女を後ろ手に縛っていた縄を解く。

 なにか臭うと思ったら失禁していた。


「あ、そうだ。あとアレなんて言ったっけ。ジョイストーンのあり場所がわかる機械」

「シーカーですか?」

「そうそれ。ねえお姉さん、よかったら貸してもらえないかなあ」


 信行が優しく尋ねると、なぜか彼女はガクガクと震え始めた。


「ん、どうしたの?」

「信行さん、シーカーならそこにありますよ」


 ツヨシは机の上に置かれた小型の壁時計みたいな形をした機械を指差した。

 シーカーはアミティエの活動で何度も使ったことがある。


「お、よかったよかった」


 信行はシーカーを手に取って操作する。

 ボタンは三つしかないので適当に弄っても使い方はわかる。

 画面をのぞき込んだ信行は、なぜか驚いたような顔をしてツヨシを手招きする。


「ねえ、これってさ」

「ああ……」


 ツヨシは画面をのぞき込んで頭を抑えた。

 詳細な地図がカラーで描かれた映像は、明らかにある一つの事実を指し示している。


「はい、お姉さんアウトー!」

「ぐぎゃっ!?」


 女性社員の腹部に銃口を押し当て散弾銃の引き金を引く。

 臓物を背中からぶちまけ、それでも虫の息で転がる女を蹴り飛ばして彼はツヨシに命令をする。


「ポリタンクを持ってきてね。残りのジョイストーンを溶かしにいくよ」

「は、はい!」


 いったい何故、信行はジョイストーンをここまで憎悪するのか。

 わからないがツヨシには彼の命令に逆らうという選択肢などなかった。


 彼についていけば大丈夫。

 それはかつてシンクに対して感じていたのより遙かに強い確信だった。


 ある種の信仰心にも似た思い、

 そう、俺はこの人に従うために生まれてきたんだ。

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