4 テロリスト

 県警本社が暴徒に襲われたというニュースがカーラジオから流れてきた。

 シンクたちは護送車の中で武器の点検を行いながらそれを聞いていた。


「ずいぶん派手にやったみたいだねっ、フクダさんたち」


 ハルミがくっくとおかしそうな含み笑いを漏らした。

 しかし、その声に反応する者はいない。


 誰もがこれから行われることへの緊張感と、自分たちの同胞がしでかした罪の大きさに飲み込まれないように耐えるので、精いっぱいだった。


「任せた結果だ。好きにやらせればいいさ」


 シンクは顔を上げずに答える。

 手持ちのカービン銃の使い方は大体覚えた。

 実際に射撃したときの反動も確認しておきたいが、限りある弾薬はできるだけ無駄にしたくない。


「まだ実感が湧かないのかなっ? 新九郎はこの暴動の首謀者なんだよっ」

「わかった上で言ってるんだよ」


 彼らが行っているのは政治的なテロ行為ではない。

 生活の向上や社会の変革などの明確な要求もなければ、落としどころすら考えていない。


 無理やり墓場に押し込められたゾンビ共が蘇り、本能の赴くまま生者を食らうようなものだ。

 もちろんその中でも目的を持って行動しているシンクのような人間もいる。

 だが、所詮は同じ穴の狢である。


「で、お前を信じて美味い部分を他人に譲ったわけだが、情報に間違いはないんだろうな」

「大丈夫だって、忍者の情報を信じなよっ。君の望み通りもっとも効率的にラバースにダメージを与えられることを約束するよっ」


 現在、暴人窟を飛び出した者たちはいくつかの集団に分かれて行動している。

 十台の護送車にそれぞれ別れ、一台につき三十人ほどが乗っている。


 便宜上番号を振り、事前に作戦を立てた上で連絡も無線で取り合えるようになっているが、ほとんどは現場の状況を見てその隊の指揮官任せにしている。


 フクダのグループには二号車から四号車を与え、彼の望み通りに県警本社を襲わせた。

 武器もやや多めに積ませてやったので派手に暴れ回っていることだろう。

 即応機動隊に囲まれた時も率先してぶちかましてくれた。


 信行のグループは五号車と六号差。

 彼らはPF横浜特別区にあるラバースビル、つまりフレンズ本社を襲撃する手筈である。


 本来ならシンクが直接そこに乗り込むつもりだったのだが、事前の打ち合わせで信行が立候補し、役目を譲ることになった。

 彼とは深く立ち入った話をしたことはないが、どうやら過去に能力者と何らかの確執があったらしいことは聞いている。


 七号車から十号車は荏原派を中心にフクダや信行のところの余りの人員を割り振って、それぞれ県内の別の場所に向かわせている。


 七号車と八号車は川崎市にある第二暴人窟の解放。

 その後は適当に車を奪わせて分乗し、湾岸線からから多摩川沿いに産業道路、一京、二京、中原街道、三京、二四六、東名の主要街道を塞がせる。


 九号車と十号車はそれぞれ県西部の暴人窟の解放へ。

 同じように鬱屈を抱えた仲間たちを解放して混乱を拡大させる。


 PoKcoは国家から独立した治安維持機構であるが、これだけの大事件になれば警視庁や軍の介入も十分にあり得るだろう。


 陽動はいくらあっても多すぎることはない

 本命はあくまでシンクたちの乗る一号車なのだ。


 ちなみに小田原の第四暴人窟に向かっている十号車は今も彼らのすぐ後ろを走っている。

 久羽線から三ツ沢線を通って吉田新道を下り、程ヶ谷バイパスを経由し東名高速を小田原方面へ。


「意外と調子いいな。程ヶ谷バイパスあたりで渋滞に巻き込まれると思ったんだけど」


 誰かがそんなことを口にする。

 さすがに武器の整備も終わって退屈を感じ始めてきたようだ。

 東名に乗る直前で軽い渋滞があったものの、この時間にしては珍しく流れがスムーズである。


「町田インター近くの三・五立体が開通したからねっ。もうあそこは渋滞スポットじゃないよっ」

「あ、あれ完成したのか。十年くらい前に崩落があってずっと中止になってたんだっけ?」

「うわ懐かしい。暴人窟に入る前はよく通ってた道だぜ」

「……外の世界もいろいろ変わってるんだな」

「つーかハルミ君はなんでそんなことまで知ってるんだよ」

「何度も言ってるだろっ。オイラは忍者だからさっ」

「答えになってねえよ」


 車内に笑い声が響く。

 彼らは別に訓練を受けたテロリストでも軍人でもない。

 何事も起こらない弛緩した状態が続けば、緊張感は長続きしないのである。


 と、そんな気分を引き締めるような音が後方から近づいてきた。

 パトカーのサイレンである。


『そこの所属不明の護送車二台、直ちに停車しなさい』


 やっぱり来たか。

 こんな目立つ車で走っていれば当然だろう。

 なにしろ県警本社を襲撃した奴らも同じ車両を使っているのだから。


「やりますか?」


 RPG7を肩に担いだ部下の一人が立ち上がろうとする。

 シンクはそれを制して前方の小窓から運転手に告げた。


「併走させて体当たりしろ。運転席を潰すつもりでな」

「了解」

「十号車にも無線で伝えておけ」

「おっけーっ」


 ハルミが軽い調子で返事をする。

 サイレンの音が近づき、パトカーから聞こえる声は次第に怒気を強め始める。


『おい、止まれって言ってるのが聞こえねえのかクズ共! また暴人窟に放り込むぞ!』


 車内の空気がピリッと張り詰める。

 その理由は緊張や恐れではなく、怒りだった。

 民間警察の上から目線の暴言にシンクも県警本社を襲撃した奴らが少し羨ましくなった。


「どうやらオイラたちの正体はバレてるみたいだねっ」


 十号車の指揮官に作戦を告げたハルミは無線機を壁に戻して肩をすくめる。


「遠慮はいらない。相手が誰かを知った上で甘く見ているバカには現実を教えてやれ」


 シンクは顔を歪め、躊躇なく合図を送った。


「全員、何かに掴まれ!」


 そう叫んだ直後、車体が大きく揺れて強い衝撃が来た。


 窓から格子越しに外を見る。

 運転席部分が大きくへこんだパトカーが側壁に激突。

 さらに後続のもう一台も巻き込まれて大破した。


「へっ、ざまあみろ!」


 誰かが叫ぶと、車内は盛大な歓声に包まれた。

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