7 ルシフェルの新世界
『名前を入力してください』
少年はモニターに映った文章を眺めていた。
ぼさぼさの黒髪の高校生くらいの少年である。
服装は普段の室内着であるスウェットシャツとジャージ。
机の上に片ひじをつきながら反応のないマウスを連打する
「ちっ、ブラクラかよ!」
ネットで動画サイトを見ていたら、いきなり全画面表示のアプリケーションが開いた。
Delを押してもタクスマネジャーから強制終了させようとしても反応しない。
これはあれか、一昔前に流行ったいわゆるワンクリック詐欺ってやつか。
それらの詐欺は随分前にネット規制が厳しくなった時代にほぼ絶滅したはずだが。
しかも見ていたのは信頼できる日本で最も有名な動画サイトだ。
普段から様々な(視聴者の望まない多くは邪魔な)仕掛けをしてくることでも有名である。
これもその一環なのだろうと楽観し、とりあえず付き合ってやるつもりで最近見たアニメのイケメンライバルキャラの名前を入力した。
『リオット』
彼……リオットはその後、いくつかの質問に答えていった。
好きなゲームは何か、好きな武器や好きな女の子のタイプはどんな子か。
本当に他愛のない質問ばかりである。
どうせ動画サイトには捨てアドしか登録していない。
リオットは思いつくまま適当に、時にはギャグを交えつつ答えていった。
最後の質問に答える終わると、急に画面が真っ暗になった。
「おい、なんだよ」
マウスを操作してもキーボードを叩いてもまるで反応がない。
やっぱりウィルスだったのかと焦っていると、左上に白いカーソルが明滅した。
大昔のパソコン画面のような黒字背景の白文字だ。
そこには不自然なカタカナ文字でこう打ち込まれていく。
『ソレデハ、テンソウシマス』
直後、リオットの体は画面の中に飲み込まれた。
※
そこは奇妙な空間だった。
謁見の間、と言うのが一番近いだろうか。
部屋の奥には巨大な玉座があって、手前は短い階段になっている。
入口から玉座までは血のように真っ赤な絨毯が道を作っている。
左右には青い炎が点る燭台が並び、部屋の壁面は分厚いカーテンで覆われている。
全体的に暗い部屋である。
黒を基調に所々に赤を流し込んだ禍々しい色彩。
ファンタジーゲームだったら魔王でも待ち構えていそうな雰囲気であった。
事実、この部屋を設計した人物はここを『魔王の間』と名づけていた。
玉座に座るその人物は堕天社長ルシフェルである。
彼の正面には部屋の雰囲気に相応しくない近未来的なコンピューターが鎮座している。
家庭用のパソコンよりも遙かに巨大で冷蔵庫が二つ並んだくらいの体積があった。
ディスプレイは正面に大きいのが一つと小型のものが扇状に八つ並んでいる。
画面に映っているのはどこかの風景だった。
血のように赤い空。
雲もないのに閃く雷光。
生き物のように蠢く暗黒の森。
円錐のように聳え立つ峻険な岩山。
およそ地球上とは思えない景色である。
よく見れば様々な生き物が動いているのが見える。
八つのサブディスプレイにもすべて似たような風景が映っている。
中には雪山やら廃都市らしき場所もあった。
「ふむ、今度こそ……」
ルシフェルは呟き、コマンドを入力する。
画面の風景が急激な変化を始めた。
空はめまぐるしく明るさを変化させる。
赤と黒が混じり合い、マーブル模様に変わっていく。
風雨に山肌が削られ植物は目に見えてぐんぐんと成長してゆく。
ほとんど何が起こっているのかわからないレベルで生物は種の版図を広げていく。
何千倍の速度で過ぎてゆく時間。
良い結果が出ることを期待しつつ、しばらくは様子見の放置だ。
「ふう」
ルシフェルはため息を吐いて玉座に背中を預けた。
目まぐるしく景色を変えていく画面をじっと眺める。
画面の中の景色はこの『魔王城』の外で実際に起こっている現実である。
世界は魔王城を中心に八つの領域に分かれており、それぞれに百数十種の動植物が生息している。
この世界におけるルシフェルは『神』であった。
コンピューター端末を使えば時間の操作や生命の構築、滅亡まですべてを操ることができる。
実際に何度も滅亡させてやり直しを繰り返していたが理想の世界はまだ作られていない。
あるパターンでは奇妙な二足歩行のナメクジが他の種族を駆逐してしまった。
あるパターンでは何千万年経っても生命は昆虫から進化しなかった。
失敗した世界は使えそうな種族だけを記録してリセット。
記録した生物は次の世界で投入するデータソースとして役立てる。
この魔王城は地球のどこにも存在しない。
出入りはネット空間を介在するがそれは入り口に過ぎない。
時間の概念すら一致しない、地球とは全くの別の次元に存在しているのだ。
ただし、元々はルシフェルが作り上げたデータ上の仮想世界であった。
非常にリアルな世界構築VRプログラム、つまりゲームのようなものである。
それを現実と相違ない次元に引き上げたのはミイ=ヘルサードの力。
この宇宙の外側の力を自在に操るという彼の力は、ルシフェルの作ったコンピュータープログラムを実在する『世界』に変えた。
今はまだ魔王城以外の場所は立ち入り禁止である。
外に出た瞬間に時間の流れに取り残されて、ほぼ永久に脱出不可能になる。
次にヘルサードが訪れるまでにはしっかりと理想の世界を完成させておきたいと彼は思った。
その時こそルシフェルはこの世界を統べる王に……
いや、『魔王』なるのだ。
「ふふ……」
十四歳のラバース御曹司が理想に胸を熱くしていると、通路右側のカーテンの奥からノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼するわよ」
アオイが書類束を片手にカーテンをかき分けてやってくる。
現在は利便性を重視してこんなところに出入口を作っているが、世界が完成する頃には消す予定の暫定通路だ。
「とりあえず、何人か絞ってみたわ」
アオイから受け取った紙束に目を通す。
五十音順に無数の名前が連なったリスト。
ざっと眺めてルシフェルは苦笑を漏らした。
「『リオット』が八人もいるね」
「何か有名なキャラクターなのかしらね。採用したら適当に名前を変えさせるわ」
「思い入れがあるようなら構わないよ。大事なのは中身だからね。最終的には君の判断に任せるけど」
「名前の前後に
ルシフェルたちが話しているのは新生アミティエのメンバー候補生についてだ。
アオイにはその面接役を務めてもらっている。
ネットを通して送り込んだウィルスからPCを乗っ取る。
簡単なアンケートを取らせ、見込みのありそうな人物を魔王城に召還する。
もちろん、事前に呼び出す人物の下調べは済ませてある。
面接で採用となった人物は最後に
性格や能力の点から不合格とした候補生は記憶を消して元の生活に戻してやる。
現在、ざっと一〇〇人くらいの新メンバー候補が集まった。
元からの能力者に加えて、最終的には一五〇〇人ほど採用するつもりだ。
昨日のモンスター襲撃とアミティエによる対処は、本社の情報工作員のおかげで世間的にはテレビ局のヤラセとして落ち着いてしまったが、若者たちの心に確実な「もしかしたら?」という考えを植え付けた。
そこに強制召喚からの実演を見せてやれば興味を惹かれるのは当然だろう。
参加者全員にVIPカードとまではいかないが、仕事に就いてもらえば給料も払う。
若くして警察官や企業の大人たちを顎で使える特権階級になれるというのも魅力的だろう。
いつの時代も世の中に鬱憤を持っている若者は多い。
ルシフェルのために働いてくれる兵隊はすぐに集まるはずだ。
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