4 ヒイラギとのドライブ

 ALCOアジトの建物を出ると、外の景色は全く知らない場所だった。


 何の変哲もない住宅街の路地である。

 今から戻って道を聞くのも決まりが悪い。

 とりあえず大通りを探して歩くことにした。


 一分ほど歩いたところでクラクションの音が響いた。

 後ろからやってきた車がシンクの横で停まる。


「はぁいお兄さん。良かったら乗っていかない?」


 パワーウィンドウが下がって車内から女が声をかけてくる。


 この女には見覚えがあった。

 前に二班と三班が合同で千葉に行ったときに関わった女だ。

 たしか炎と冷気を操る細剣使いだったか。


「えっと、あんたは……」

「お久しぶり。『ドリームス』のヒイラギだよ。今はALCOでお世話になってるけど」


 ということはこいつも最初期からの能力者の一人なのか。

 何を思って声をかけてきたのかは知らないが、馴れ馴れしくするような間柄ではない。


「別にいい。一人で帰る」

「寝てる間に連れて来られたんでしょ。ここがどこだかわかってるの?」

「んなもん、駅まで行けばわかること――」


 ふと、シンクは大変なことを思い出した。

 手持ちの金がないのだ。


 母親からは結局借りられず終い。

 このままでは駅に着いても電車に乗れない。

 バイクも川崎西部の路上に放置したままである。


「駅までは結構歩くよ? 遠慮せずに乗っていけばいいじゃない」

「そうだな、じゃあ頼むわ」

「心変わり早っ!」


 そういうことで、シンクは助手席に乗り込んだ。


 ずいぶんと車高の低い車である。

 しかも足も満足に伸ばせないくらいに狭い。

 車には興味ないが、スポーツカーというやつだろうか。


「せっかくだから家まで送ってってくれ」

「しかも図々しいね……別にいいけど。最初からそのつもりだったし」


 シートベルトを締めると同時に車が発進する。

 しかも、ものすごい急加速だった。


「おい、ちょっとスピード出しすぎじゃねーか」

「え? これくらい普通だよ」


 狭い路地だというのに七十キロくらい出ている。

 自転車が横から飛び出してきたらどうするつもりなんだ。

 しかもよく見たらこいつ、シートベルトをしてないじゃないか。


 一時停止も安全確認もせずに大通りに出る。

 右から来た車が急ブレーキをかけクラクションを鳴らす。

 なにやら怒鳴り声も聞こえてきたが、ヒイラギはどこ吹く風である。


「町田か」

「すぐそこはもう都築市だけどね」


 しばらく走ると標識が見えた。

 正面に見えるのは国道二四六号線である。


「新九郎くん、でいいんだよね? 君、なんで和代さんたちと一緒にいたの?」


 赤信号で停止すると、ヒイラギはタバコに火を付けながら質問してきた。


 こいつどう見ても未成年だよな?

 下手したら免許を持ってる年齢かどうかも怪しい。


「偶然だよ。実家近くを歩いてたら、たまたまあいつらが通りかかって車に乗せてもらっただけだ。仮想世界に閉じ込められるまではALCOの人間だとは知らなかった」

「ふーん。歩いてたの?」

「バイクがガス欠してな……あ、そうだ。やっぱり自宅はやめて川崎インターの方に向かってくれ。そんで悪いけど、ちょっとガス分けてくれよ」

「給油ポンプなんてないよ。スタンドで入れればいいのに」

「……財布を忘れたんだよ」


 また恥ずかしい失態を晒す羽目になった。

 しかし、嘘をついてこいつの機嫌を損ねるのも得策ではない。

 こんなところで放り出されたら自宅に行くにも実家に行くにも数時間は歩くことになる。


「VIPカードはもらってないの? レッカーを呼んで後払いにすればよかったのに」

「……」


 その手があったか。

 シンクがさらなる失敗の上塗りを無言で耐えていると、ヒイラギは携帯端末を差し出してきた。


「馴染みの車両移送業者に繋がってる。場所とナンバーさえ伝えれば、どこに置いてあっても引っ張り上げてくれるよ」

「あ、ああ。悪い……」

「そんじゃ家まででいいよね。久良岐市だっけ?」


 信号が青になる。

 二四六を右折すると、すぐ左折して裏道に入る。

 このまま十六号線まで出てバイパスに乗るんじゃないのか?


「なんでこんなに親切にしてくれるんだ?」


 一応面識もあるし、助かったも確かだが、今のところシンクは彼女たちの仲間ではない。

 親切に見せかけて何らかの罠である可能性も警戒しなければならないと思った。


「ん。ちょっと君と話したいと思ってね」


 田舎びた景色の通りを抜けると環状四号線に出た。

 ここを左に行けば新柿、右にずっと行けば遠回りだが久良岐市に出る。


「君さ、私たちの仲間になりなよ」


 ヒイラギはそう言いながら咥えていたタバコを窓から捨てた。

 すぐ目の前に灰皿があるのにマナーの悪いやつだな。


「神田には保留って伝えた筈だけどな」

「いや、絶対にそうするべきだって。だって君もL.N.T.の生まれなんでしょ?」

「記憶には無い。もしかしたらそうかもしれないけど、心情的にあんたらの仲間って気は全くしないんだよ。俺は今のところラバース側の能力者組織に所属してるんだぜ」

「アミティエのこと? 裏切り者扱いされて追い出されたって聞いたけど」

「……裏切ってねえし。ルシフェルは勘違いしてたけど、俺にそのつもりはないからな。とりあえず一度戻って仲間と話し合うつもりだ」


 第四班のメンバーたちの顔が頭に浮かぶ。

 はっきりと自分の口から仲間なんて単語が出たことに自分でも少し驚いた。

 ルシフェルの野郎が何で勘違いしたのか知らないが、シンクはアミティエを裏切ったつもりはない。

 神田たちと一緒にいたのも、仮想世界に閉じ込められたのだって、ただの偶然に過ぎないのだ。


「そういうあんたらこそ裏切り者扱いされてるぜ。仲間に連絡も入れないでいいのかよ」

「うーん。『ドリームス』は元から横の繋がりが弱い組織だったから、その辺はあんまり気にならなかったかな。タケハとかは仲間と連絡取りたいって言ってるけど、和代さんが止めてるんだよね」


 ヒイラギの所属していた千葉の能力者組織ドリームス。

 あそこはアミティエの班一つ分の人数で千葉県と茨城県の全域を担当している。

 そのため一人あたりの担当範囲が広く、アミティエのように頻繁に集まったりもしないらしい。

 アミティエとは違って組織内の仲間意識が最初から弱いのだ。


「考え方は人それぞれだよ。私は気にもしなかったけど、君が向こうの仲間の方が大事だって言うならそれは尊重されるべきだと思う」


 脇道に入ったと思ったら、すぐに再び大通りに出る。

 頭上には東名高速道路の高架が走っていた。


「うおっ、もうこんな所かよ」

「んふー。早いっしょ?」


 渋滞スポットである国道の交点を見事に避けた形である。

 裏道だけを通ってバイパス入口まで来てしまった。


「ま、最終的には君が選ぶことだもんね。迷ってるなら背中を押してみようかなって思ったけど、考えた上で私たちの仲間になるなら大歓迎だよ。別にアミティエに戻っても恨んだりしない。戦うことになったら手加減はしないけどね」

「……ああ」


 ほんの少し会話をしただけだが、ヒイラギもマコトも悪いやつではないと思う。

 なぜ能力者組織とALCOが敵対しなければならないのか。

 何が真実で、何が嘘なのか。

 本当に戦うべき相手は、自分が大切にしなければならないものは一体何なのか。


 シンクはこれまで漠然と活動してきたけれど、アミティエに戻ったら仲間とよく話し合って、いろんなことを見定めてみようと思う。


「あっ、でも一つ忠告しておくよ」


 車がバイパスに入る。

 ヒイラギは待ってましたとばかりにアクセルを踏み込んだ。

 あっという間に時速一五〇キロを超える。


「いくらなんでも飛ばしすぎだろ!」

「アオイって女には気をつけた方がいいよ」


 シンクの突っ込みを無視してヒイラギは言った。

 正面を見る彼女の横顔は今までになく真面目な表情をしている。


「以前にあいつと戦った時に直感した。表面上は明るく振る舞ってるように見えても、本性は何を考えてるかわからない冷血女だ。自分の目的のためなら躊躇無く仲間を裏切るタイプの人間だよ」

「……肝に銘じておくよ」


 自分もアオイの事は良く思っていないが、それを他人に言われるとなぜか嫌な気分になった。

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