4 JOYの適正

「ところで青山はこれからどうなるんですか?」

「とりあえず今は別の病室で安静にしてもらってるけど、最終的には保護した他のSHIP能力者と同じように扱うことになると思うよ」

「やっぱりそうなるよな……」


 アミティエの活動で保護したSHIP能力者は、その特殊な力で一般社会に迷惑をかけないため、二つの処遇のうちいずれかを当人の意志で選ばせることになる。


 能力を封印して普通の人間に戻るか。

 もしくは組織の監視下で、アミティエの一員としてその力を役に立てるかだ。


 紗雪がアミティエに加入するなど考えたこともなかったが、あの馬鹿力は何かと実用的だろう。

 ただ、シンク個人としては彼女には能力者組織の活動に参加して欲しくないと思う。


 時には死と隣り合わせの危険もある。

 それに、シンクにとって日常の象徴でもある紗雪がこちら側の世界に足を踏み入れてしまうのは、理屈抜きに何となく嫌だった。


 かといって、紗雪のあの馬鹿力がなくなってしまったら、ぶん殴られて死ぬほど痛い思いをすることもなくなってしまうし、バイクを持ち上げられて帰宅のを阻止されたりすることも二度となくなってしまうと思うと、少しだけ寂しく……


「あいつの能力はぜひ封印しましょう」


 なるわけない。

 むしろ封印してくれたら万々歳じゃないか。

 シンクは一刻も早くそうすべきと主張したが、アテナはなぜか苦笑いをする。


「一応、本人の意思を尊重しなきゃけいないルールだからさ」

「そんなの別にいいのに。あの暴力女を放置しておくのは有害ですって」


 現にシンクはしょっちゅう被害を受けている。

 ついでに言うならレンの傍にあいつを近づけるのはヤバイ。


「しかし、万が一アミティエの一員になったらあの馬鹿力にJOYが加わるのか……」


 ただでさえ手の付けられない女だ。

 ジョイストーンを手にしたらどんな暴力的な能力が生まれることか。

 シンクは想像するだけで頭が痛くなったが、


「その心配はしなくて大丈夫よ。仲間になっても紗雪さんにジョイストーンは渡せないから」

「やっぱりあいつに能力を持たせるのは危険だって判断されてるんですね!」

「じゃなくて、彼女には適正がないのよ」

「適正?」

「ジョイストーンを支給するためにはね、適正検査を受けて、能力を使っても大丈夫っていう完璧な保証を得られなきゃダメなの」

「俺、そんなの受けてないですけど」

「本人にも気づかれずに簡単に行えるような検査よ。こっちで用意した特殊な道具に触れてもらうだけでいいの。アミティエに勧誘された人はみんな事前に検査を受けてるはずよ」

「それ、事前にこっそり行った検査に合格した人間を勧誘してるってことですか?」

「まあ……うん、そうなの。実は」


 なるほど、単なるランダムで選ばれたわけではないのだ。

 シンクは今さらになって自分がアミティエに誘われた理由を知った。


「それで、アオイは彼女がSHIP能力者だってわかったときにすぐ検査したんだけど……」

「青山に適正はなかったってわけか」


 アテナは首を縦に振った。


「JOY適正がないSHIP能力者が活動に参加するのは危険なの。第三班にもジョイストーンを持っていないSHIP能力者はいたでしょう?」

「いますね」


 シンクの脳裏に何人かの顔を思い浮かべた。

 名前が出てくるほど親しい奴はいなかったが。


「彼らは他のメンバーと比べてると、すごく厳しく組織内での活動を制限されているの。特に、間違っても人のジョイストーンに触れないようにね」

「適正がないやつがジョイストーンに触れるとどうなるんですか?」

「触れるだけならいいけど、力を引き出そうとすると、身体の中がぐちゃぐちゃになるわ。最悪は死ぬ可能性もあるの」

「……冗談っすよね?」

「恐ろしいことに本当よ。気軽に使っているけど、ジョイストーンは本当に危険なモノなのよ」


 そんなふうに言われたら急に恐ろしくなってきた。

 自分にはたまたま適正があったが、もしなければ死んでしまうようなことをしていたのだ。


「あと、安全な使用年齢制限を過ぎても同じよ。だから組織は一九歳を超えたら強制引退なの」

「こいつがそんな危険なモノだったとは……」


 シンクはポケットの中で自分のジョイストーンの感触を確かめた。

 紗雪の性格を考えれば、好奇心で使ってみたいと思う可能性は十分に考えられる。

 自分なら大丈夫だとか根拠のないことを言いながら。


 やはりアオイが真実を隠していたのは正解だったのかもしれない。


「だったらなおのこと本人には黙って封印しちまえばいいのに」

「繰り返しになるけど、組織の決まりだからね。倫理的にも青山さんにはしっかり事実を伝える義務があるもの。マナから軽く説明してもらっておいたけど、まだ全部を伝えたわけじゃないから」

「マナ先輩が来てるんですか?」

「少し前に帰ったけどね。やっぱり共通の知り合いから話した方がいいと思って」


 なんだつまらない。

 せっかく来てたのならこっちの見舞いに来てくれてもいいのに。


「っと、もうこんな時間。私はもう帰るわね」

「今日はどうもありがとうございました」

「いいって。それと明日はよろしく」

「はい」


 明日アテナさんを学校まで送っていく約束。

 もちろん忘れるわけがない。


「青山さんに会いに行くなら四階の階段すぐ側の部屋だよ」

「いや、それはいいや」


 いま会いに行っても何を話せばいいのかわからない。

 というか傷は癒えたし、このまま退院してしまおうかと思っている。

 アテナが小さな鞄を手に持って退出すると、シンクも病室を引き払う準備を始めた。




   ※


 そこは青白い部屋だった。

 部屋全体が巨大なコンピューターに占拠され、内部から漏れる薄い光が室内を妖しく照らす。

 床一面にコードが這い回っており足の踏み場もない。


 部屋の中央にはルシフェルがいた。

 頭全体を覆う巨大なヘッドマウントディスプレイを装着。

 四つのキーボードを目にもとまらぬ速さで交互に使い分けている。


 力強くエンターキーを叩く。

 そして彼は小声の早口で呟いた。


「システム、オールグリーン。効果対象、都筑市全域。作戦開始は一○○○ヒトマルマルマルを予定」


 口元に笑みを浮かべ、なぜか右手を高く突き上げて、堕天使を名乗る男は高らかに叫んだ。


「さあ、魔界の蓋が開く時が来た!」

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