10 ALCOの神田
その人物は木の上にいた。
なんとかと煙は高いところが好きだという言葉が思い出される。
しかし、何度も煮え湯を飲まされたその女に軽口を叩く気分にはならない。
こちらの援軍とまったく同じタイミングで現れたその女の名は、神田。
ALCOの副リーダーと目されている人物である。
「いいところだったんだぞ。本気でやり合える相手なんて滅多にいないんだからな」
「冗談はおやめなさいな。私が守なければ今ごろ、あなたはあちらの少年の攻撃を受けてグチャグチャのバラバラになって死んでましたのよ」
「あ? 当たる直前で華麗に避けるに決まってんだろ。途中でどんなピンチになろうが最後には俺が勝つんだからよ」
「これだから馬鹿は……」
神田はこれ見よがしに大きく溜息を吐いた。
直後、テンマが無言で岩塊を撃ち出して木の上の神田を狙う。
彼女は手にした鞭のような武器を振うと視線を向けることもなく容易く岩塊を粉砕した。
「説教中です。すこし待っていてくださいな」
「相変わらずムカつく女だぜ……!」
テンマが毒づく声は無視。
神田はひたすらショウへの文句を続ける。
「油断が命取りになるっていい加減に学びなさい。あなたも万能ではないんですわよ」
「へえへえそーっすね、まあ俺は誰にも負けねえけど」
「というか、二日連続で勝手な私闘とかどういうつもりですの!?」
「あいつらから仕掛けてきたんだから仕方ねえだろ!」
「だから常に私たちと一緒に行動しなさいと言ってるでしょう! 追われてる立場のくせに何で平気で自宅に帰ってるんですか!?」
「うるせえババアだな……」
ショウの小声での悪態に対し神田は無言で鞭を振った。
先端の球体がギリギリで避けたショウの立っていた地面をドリルのように抉る。
「お? やんのか?」
「お望みならお灸をすえてやりたいところですが……とにかく、今日は帰りますわよ」
「やだ」
「このクソガキ……」
ショウは怒り心頭な様子の神田から目を背け、ゆっくり歩いてきているレンの方を向いた。
「おい、龍童!」
「……なに」
レンは油断なくショウたちの動きを見ていた。
その気があればいつでも攻撃できただろう。
とはいえショウも神田も呑気な言い合いを続けながらも全く隙を見せていない。
テンマの攻撃をあっさりと防いだことからもわかるが、彼らは油断しているわけではないのだ。
そしてショウはとんでもない提案をする。
「続きからやり直しだ。さっきのもう一回やれ」
「は……?」
「なんか右手にすげえオーラ集めてただろ。あれで攻撃してこいって言ってるんだよ」
「えっと……」
流石のレンもショウが何を言っているのかよくわからないらしい。
「それからそっちの女! お前もさっきと同じタイミングでもう一回邪魔しろよ!」
いきなり水を向けられたマナが物陰でビクッと体を震わせた。
彼女がこっそりと妨害したことをショウは気づいている。
「大馬鹿者ですわね。そんなことをしたら今度こそ確実に死にますわよ」
冷静な突っ込みを入れる神田。
実際その通りで、レンの竜撃破を生身で受ければ普通の人間は間違いなく死ぬ。
先読みで防御するのならともかく、ノーガードで食らうような状況を自ら求めるのは、どう考えても自殺行為でしかない……のだが。
「誰が死ぬかよ。完璧に避けるか防御するかして、カウンターでぶっ飛ばしてやるよ。ほら龍童! さっさとかかってこい!」
「……ぷっ」
「くくっ……」
アオイは思わず吹き出してしまった。
隣ではテンマも声を噛み殺して笑っている。
変わらない。
ショウはショウのままだ。
彼がどんな思いでアミティエから離れ、ALCOに与したのかは聞いてみなければわからない。
だが第一班の班長であり、皆が頼りにした最強の能力者の内面は、仲間だった頃と少しも変わっていない。
それがアオイたちには何故か可笑しかった。
「ほら、あなたがあまりにもバカで彼らも戦意を失っているようですわよ」
「ちっ……」
神田が有線式振動玉でショウの背中を小突く。
レンがいつまで経っても攻撃して来ないのを見ると、彼は透明な翼を広げて空高く舞い上がった。
「しらけた。今日は引き上げるわ」
それだけ告げると、瞬く間に空の彼方と飛び立ってしまう。
立ち去る時は一瞬。
あんな奴どうやっても捕まえられっこない。
アオイたちにそう再認識させるほど、圧倒的な速度と機動力だった。
後に残ったのは作戦に失敗した討伐隊の四人と神田のみ。
可能なら彼女だけでも捕らえるか倒すかしておきたいが……
「では、私も失礼させていただきますわ」
「逃がすと思うか?」
テンマが前に出る。
「素直に逃して下さるとは思っていませんが」
神田が右手を無造作に振るうと、ザザザッという音が響いた。
テンマは周りを……特に自分の後ろに視線を向けて音の正体を知る。
「強制的に道を開けていただくことは可能と認識しています」
彼の立っている場所を中心に、右から後ろを通って左へと、半円状に地面が抉られていた。
神田がJOYでそれを行ったことは明白である。
長い鞭を自在にしならせ、先端についた震動球で地面を抉ったのだ。
彼女の間合いの中では常に周囲三六〇度からの攻撃を警戒しなければならない。
攻撃の瞬間を知覚することすら難しく、背後から必殺の一撃を受けることも十分あり得る。
武器召喚タイプの極めて単純な能力。
しかし、この女のそれは桁外れに強い。
テンマは黙って道を開けた。
神田は悠々と公園の出口へ向かって行く。
「クソが……」
テンマが悪態をつく。
マナは反対側の出入り口に突っ立って動かない。
そしてレンはショウが飛んで行った方角を苦々しく睨みつけていた。
アオイも神田を捕らえたい気持ちはあったが、犠牲を覚悟しての特攻はしたくない。
「あなたたちも、いい加減に目を覚ましなさいな」
去り際の神田の呟きが耳に残ったが、湧き上がる苛立ちと自分の置かれた立場が、その言葉の意味を考えることを拒否させた。
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