第十三話 グランドジャスティス
1 アオイの思案、ルシフェルの思惑
アオイはフレンズ本社にやって来ていた。
その服装は普段のバトルドレスと大きな丸帽子。
これは彼女が戦闘態勢に入っている証の服装である。
同じく黒一色のスーツ姿のガードマンの横を通り過ぎ、凄まじく速いエレベーターで最上階の社長室へと向かう。
三方ガラス張りの特等室に入るなり、ルシフェルの怒号が飛んできた。
「なにやってんだよ!? この役立たず!」
いきなり役立たず呼ばわりされてキレそうになった。
子供の癇癪と自分に言い聞かせ、部屋の奥まで歩み寄る。
「班長二人に龍童まで投入してなぜ勝てない! 納得できる理由を説明しろッ!」
「それ以上にショウが強かったからに決まってるじゃない」
「うるさいっ!」
皮肉交じりに返すと、ルシフェルは机の上の高価そうな置き時計を地面に叩きつけた。
文字盤が外れ折れた秒針が吹き飛ぶ。
先日の討伐作戦は大失敗に終わった。
レンに前衛を任せ、アオイとテンマがサポートに徹する。
そんな確実性を重視した慎重策を用いても、ショウに勝つことはできなかった。
念のために呼んでおいたマナもたいして役に立たなかった。
あと一歩の所でALCOのサブリーダーの神田が乱入。
結局、ショウには逃げられてしまう結果になった。
アミティエの最大戦力を用いても、元第一班班長の余裕の表情を消すことすらできなかった。
逆を言えばそれだけの貴重な戦力を失ったわけだ。
本社に対して敵愾心を抱いているルシフェルが怒り狂う理由もわかる。
実行に移す気があるかは知らないが、いつか反旗を翻す時の切り札になり得るのはショウだけなのだから。
神器を持つショウはおそらく唯一、『本社の能力者』とも互角以上に戦うことができる。
最初期からの能力者(厳密には今代における)であるショウをルシフェルが配下に加えられたのは偶然に寄るところが大きい。
もともとショウは他人に飼い慣らされるような男ではない。
いや、それを言えばアオイやテンマだってそうだ。
班長クラスは誰一人として本心からこんな奴に従ってはいない。
フレンズ社長の地位があるとは言え、中身はふざけた格好の中学生。
その地位すらもラバース総帥である父親から与えられた親の七光りだ。
一応、会社の本業であるゲーム作りには様々な口出しをしているようだが、単なるアドバイザーであって経営者としての業務は行っていない。
要はフレンズ社やアミティエのお飾りボスとしてふんぞり返っているだけの存在だ。
そろそろ潮時かもしれない。
パイプ役としての立場を利用して本社に取り入る手段を模索していた所に、この失策。
もはやアミティエに残る理由もほとんど存在しないと言っていいだろう。
しかし、まだ時期尚早である。
ルシフェルはともかく班の仲間たちを裏切るつもりは今はない。
無責任な班長と思われているのは知っているが、アオイなりに班員のことは気にかけているのだ。
今は班も違ってしまったが、彼のことも……
「――くっくっく」
アオイが思考を巡らせていると、ルシフェルが机に突っ伏したまま奇妙な笑い声を上げた。
気でも触れたのかと思ったが、顔を上げた彼の瞳は常になく強い光を帯びていた。
「いやはや、この僕としたことがつい取り乱してしまったよ」
強がりなのか、いつもの格好つけなのか判別出来ないので、黙って様子を見る。
ルシフェルは椅子から立ち上がると、芝居じみた大股歩きで窓際に移動した。
「なあ、アオイくん」
「何」
「先ほどの私の失礼な発言はどうか許してほしい」
突然の態度の変化に加え、しゃべり方も気持ち悪い。
自分の中で何らかの折り合いをつけたならもう付き合う必要はないだろう。
謝罪なんか求めないから、一刻も早くここから出て行きたいんだけど……とアオイは思ったが、
「君が僕を利用しつつ本社に取り入ろうとしている事は知っている」
予想外のことを言われた。
顔には出さないが、アオイは動揺した。
ルシフェルは自分のことを便利な連絡係くらいに考えている。
その気になればいつでも出し抜ける男だと、そう思っていたのだが。
「……言っている意味がよくわからないけれど」
それでも面と向かって肯定するほど愚かではない。
急にこんなことを言い出したルシフェルの真意はまだ読めない。
将来はともかく、この場で反旗を翻して袂を分かつのは得策ではないだろう。
もちろん、自分を害するような行動に出るならばその限りではない。
ショウを失った腹いせにアオイを処断しようという可能性も否定できないのだ。
「今さら隠す必要はないよ。野心のある人間がより大きな権力に惹かれるのは当たり前のことだ」
「そう、それで?」
可能性を考慮した上で、あえて挑発に乗ってやる。
仮にドアの向こうに黒服を待機させていたとしても関係ない。
どんな武器を持って来ようと班長クラスを止められる一般人など存在しない。
返り討ちにしてその場で絶縁状を叩きつけるだけ。
どうせいつかは縁を切るつもりだったのだ。
予定より少し前倒しになるだけである。
「こう見えて僕は君のことを高く買っているんだよ。すごく期待もしている。ショウに対する期待の百分の一程度の期待だがね」
「それは、それは……」
アオイは拳を握りしめた。
いい加減に平静を保つのも限界である。
目の前のクソガキの次の言葉次第では、彼が行動を起こすより早く首を刎ねるつもりだ。
「では、期待に応えてあげましょうか。私の力を見せてあげるわ」
「早まらないでくれ。僕が言いたいのは、もう少しだけ待っていて欲しいってことなんだ」
「何を待てと言うのかしら」
「君たちみたいな班長クラスはともかく、それ以外の能力者なんて少し特殊な武器を持っただけの一般人も同然だ。わかっているだろう?」
「だから?」
改めて言われるまでもない。
能力者組織がいくら特殊な活動をしていても、その本質はクラブ活動の延長上だ。
何年か前に特異点の男によって巻かれた種を刈り取るだけの単純な作業に過ぎない。
ほとんどの能力者は社会を変えるほどの力なんて持ち合わせてはいない。
班長クラスにしても、本物の軍隊と戦って勝利できるほど力はない。
それができるのはショウか本社の能力者くらいのものだろう。
「むしろあなたがそれを理解していたことに驚くわ。てっきり御山の大将を気取って、世界を手にしたつもりになっていると思っていたのだけど」
「それは手厳しいね。だが僕は誰よりも現実をわかっている。壮大な茶番の後のステップ。ショウを失うのは惜しいが、彼には僕のプロジェクトの犠牲になってもらおう」
「一体、何を言っているのかしら?」
「君は僕が何もせずに遊んでいるだけと思っていただろう?」
改めて答える必要も感じられないほどにその通りである。
与えられた権力を笠に偉そうにふんぞり返っているだけの子供。
彼のことをそうとしか見ていなかった者はアオイだけではないだろう。
「実を言うとね、君たちが遊んでいる間に僕も自分の仕事を進めていたんだよ」
窓に手をかざし、肩越しに振り返ったルシフェルは、薄く笑っていた。
「ショウは貴重な
「その神器を持つショウをどうやって殺すというの?」
JOYをインプラントした人間が死ねば能力は再びジョイストーンに戻る。
しかしショウの神器は防御に特化しており、討伐隊が総力を尽くしても傷一つ付けられなかった。
ルシフェルはアオイの質問に答えない。
「もし君が僕に対して忠誠を誓うというのなら、奪い返した神器を君にプレゼントしてもいい」
「な……」
代わりに彼女の心を鷲掴みにするような発言をする。
金塊の山を目の前に差し出される以上に魅力的な申し出である。
現実的かどうかはともかく、想像するだけで気持ちが高揚するような提案だ。
無理よ。
否定の言葉を発する前に、アオイは打算を働かせる。
今後、本社に取り入ったところで成り上がるにはさらなる努力が必要だ。
だが最強と言われる能力を手にしていれば話は違ってくる。
ルシフェルの下というポジションは気にくわないが、能力者組織第一党としてのアミティエを統括する立場なら、本社の上役に対しても今以上に口が効くようになるかもしれない。
そう、これは決して裏切りではない。
自分は元々アミティエ所属だし、本社もそれは理解している。
今ここで一方的に関係を断つのはどちらにとっても特にはならないはずだ。
コイツが何を企んでいるのかは知らないが、結果を見届けてからでも遅くはない。
葛藤の末にアオイが絞り出したのは、彼との関係を続けることを了承する言葉だった。
「わかったわ、もう少しだけ様子を見てあげる」
「十分だよ。今はそれだけでね」
ルシフェルは満足そうにニヤリと表情を歪めた。
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